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虹色アゲハ  作者: よつば猫
カラスアゲハ
20/41

 そうは思っても……

かつては騙す対象にしかなれなかった揚羽に、筋金入りの結婚詐欺師を落とす自信などなく。

その色恋勝負を隠れ蓑に、どう陥れようかと頭を悩ます。


 そこでふと、鷹巨の力を借りれないかと思い付く。

そうつまり、証券による投資詐欺を考えたのだ。

大手証券会社のやり手営業マンである鷹巨の知識をもってすれば、さすがの久保井も太刀打ち出来ないだろうと。


 そうして揚羽は、非通知で鷹巨を食事に誘い出した。



「それにしても、ほんとに連絡くれるなんて……

やっぱ聡子さんは信用出来るなっ」


「あのね……

たまたま用が出来ただけで、ほんとは連絡するつもりなんてなかったから」


 相変わらずお人好しな鷹巨を前に、思わず事実を口走ると。

その本人がふっと吹き出す。


「ほら、そういうとこ。

全く嘘つかない人なんていないんだし、そうやって突き通さないとこが信じれるんだよ」


「あんたがバカすぎて、突き通すのがアホらしくなるからでしょ」


「ほらっ、弱者には優しい」


「あぁもいい加減にして!

やっぱり帰るわ」

席を立とうとした矢先。


「うわごめん!

嬉しくて調子乗りましたっ」

テーブルに両手をついて頭を下げる鷹巨。


「まったく……

そんなんじゃまた利用されるわよ?」


「だから、利用していいって言ってんのに」

そう返されて。


 揚羽は今さらハッとする。


 鷹巨に投資詐欺の協力を仰げば……

例のごとく、喜んで一肌も二肌も脱ぐだろうと。

それじゃやってる事が毒女と同じだと。


「そうだ、用ってなんだった?」


「……今してるわよ。

この店来たかったから、付き合ってほしかっただけ」


「え、俺にっ!?

うわどーしよう、すげぇ嬉しんだけどっ」


「いや、たまたまあんたしか捕まらなかっただけだから」


「それでも嬉しいよ!

一歩前進っ?」


「むしろ後退?」


「え、なんでっ!?」


 一喜一憂する鷹巨が微笑ましくて、揚羽はふふっと笑いを零した。

久保井の件は難航しそうだけど、まぁいいか……


 すると。


「可愛い」

鷹巨がそう揚羽の頭をぽんぽんした。


「……誰にやってんの?

今のでもっと後退ね」


「わあごめん!

あまりに笑顔が可愛いくてっ……

あ、そうだ!

あさって大阪に出張なんだけど、お土産何がいっ?

お詫びになんでも買ってくるよ」


「バカなの?

しれっと盗聴器仕掛けるヤツから受け取ると思う?」


「ああっ、そっか〜!

じゃあ何なら受け取れる?」


「さぁね、マンションとか?

次は大阪住みたいし」


「マンション!?

いやそれは、さすがに……

遠距離になるし」


 揚羽はガクッと気持ちがずり落ちて。


「いやソコじゃないでしょ!

あぁもバカすぎて……

なんかもう呆れるの通り越して、癒されるわ」

と力なく笑った。


「ほんとにっ!?

うわバカでよかったぁ〜」


「……やっぱ呆れるわ」


「ええっ、振り回す……

いくら秋だからって、聡子さんの心秋空すぎだよ」


「あんたが予想の上行くバカだからでしょ」


「そんなにっ?

でも俺、今まで言われた事ないけど」


「気づかないほどバカだったんじゃない?」


「うわ、突き付ける〜」


 揚羽はふふっと吹き出しながら……

狡猾な久保井の後なだけに、その間抜けさにほっと癒されていた。





 そんな次の日。

同伴出勤した揚羽が、バックヤードで席に着く準備をしていると……


「この卑怯者!」

いきなり柑愛から、顔面に生ビールをぶちまけられる。


 痛った、目に入ったし……

それを我慢しながら、揚羽は冷ややかに嘲った。


「なんの言いがかり?」


「とぼけないでよっ!

彼に別れようって言われたわ。

だからもう、保険も解約しなくていいって。

あんな話されてすぐこうなるなんて、揚羽さんがなにか言ったとしか思えない!」


「推測でこんな事するわけ?

そんなだから捨てられるのよ」


 その瞬間。

怒りが頂点に達した柑愛は、揚羽に掴みかかろうとしたが……

駆けつけたボーイによって取り押さえられる。


「離してっ……

あんたなんかっ、いつか地獄に落ちればいい!」


「バカね、もうとっくに落ちてるわ」

揚羽は不敵にそう笑って。


「あんたも落ちたくなかったら、少しは頭冷やすのね」

ドスをきかせて冷たく言い放つと。


 ボーイからおしぼりを受け取って、洗面所に向かった。


 ところが……

髪も化粧もドレスも、あまりにビールとその匂いで酷く。

目も充血していたため。

ママの判断とお客様の厚意により、その日は退勤する事になった。



 そうして、ビル下でタクシーを止めると。

周囲から「あっ!」と声がしたが……

お客さんに今の状態を訊かれるのが面倒だった揚羽は、そのままタクシーに乗り込んだ。


 それから少しすると。

出勤したばっかりでもう帰路に着いている状況を、不審に思った倫太郎から……

〈なんかあったのか〉とメッセージが入り。

揚羽はすぐに電話をかけた。


「別に大した事じゃないわ。

逆上した柑愛にお酒かけられて、早くシャワー浴びたかったから帰ってるだけ」


『はっ!?

っんだよそいつ……

そんな女助けてやる必要ねぇだろっ』


「仕方ないわよ。

相手は凄腕の結婚詐欺師だからね。

周りが見えなくなるくらい、骨抜きにされてんでしょ」


『だからって!立派な暴行罪だろっ。

そんなヤツ訴えろよ』


「バカね、子供がいるのよ?

その子に罪はないのに、こんな事でなんらかの悪影響を与えるわけにはいかないでしょ」


 その言葉に、倫太郎は胸を締め付けられる。

自分も、そう思ってくれる家族が欲しかったと……


 そして、そんな目に遭っても相手の状況を思い遣ってる揚羽を。

にもかかわらず、1人で悪者になってる揚羽を。

抱き締めたくてたまらなかったが……

出来るわけもなく。


 せめて気の利いた言葉で慰めたかったが……

なんて言ったらいいのか、上手く言葉に出来ず。

2人の間に沈黙が流れる。



 揚羽もまた、倫太郎に甘えたくて電話を切れずにいたが……

心配もかけたくなかったため。


「……じゃあ切るわね」


「おい!」と引き止める倫太郎をスルーして、電話を終えた。



 そうして、自宅マンション手前のダミーマンションに着くと。


「聡子さん、大丈夫っ!?」

なぜか鷹巨が駆け寄ってきた。


「あんた、なんでいんの?」


「例の鳥カフェの友達から、聡子さんがびしょ濡れっぽい感じで帰ってたって連絡がきて」


 そこで揚羽は、タクシーに乗り込む時の声がその男だったと合点がいく。


「そう。

だからって、ここには2度と来るなって言ったはずだけど」


「ごめん。

けどそれどころじゃなくて……

聡子さんが大変な時に、呑気にそんな言いつけ守ってられないよ」

そう言いながら鷹巨は、紙袋からバスタオルを取り出して。

それを揚羽にふわりと掛けた。


「バカなの?

エレベーター昇れば自分ちなんだから、バスタオルで足止めされるより、さっさとシャワー浴びた方がいいに決まってるでしょ」


「そうなんだけど……

そういうのって、被害を受けてるのは身体だけじゃないと思うから」

そう言って鷹巨は、揚羽をそっと抱きしめた。


「……バカなの?

あんたも汚れるわよ?」


「うん、ちょっとでも俺がもらえたらなって」

抱きしめたまま、揚羽の頭を優しく撫でる。


 それは、少しでも心の負担を減らしたいといった趣旨で……

本当はやり切れない気持ちを抱えていた揚羽は、思わず抱き返してしまう。


「ほんとバカね……

そんな事したって、今だけ利用されて終わりよ?」


「だから、利用していいって言ってるし。

終わったらまた始めればいいよ」


「ふふ、そんなんじゃ永遠に始まらないかもね」


「ええっ、俺永遠にストーカー人生っ?」


「それか、永遠に利用される人生?」


「うわ、この際インコでも飼って慰めてもらおうかな」


「あんたの場合、インコにもバカにされてたけどね」


「ほんとだ!」と間抜けな鷹巨に、揚羽はふふっと吹き出しながら……

その優しいバカさにまた、じんわり癒されていた。





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