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幸運ミキサー協会  作者: つっちーfrom千葉
6/6

*第六話*

「会長様! 我々の救世主様!」

会場のどこからかそんな叫び声が飛んできた。会長は満足そうにまた一つ頷いた。


「ははは、皆さんの嬉しそうな顔を見ていると、私まで気持ちが高ぶってきます。今や、人類史上、かつて類を見なかったほどの羨望の眼差しが、私に向けてびっしりとそそがれているわけです。庶民の運を少しでも向上させたいという、私の目論みは、徐々に多くの人を巻き込みながら、少しずつ願望を叶えながら、今やこんな領域にまで高まってきたわけです。私の姿が全国放送で流される日もそう遠くないでしょう。人間の心を真に動かすところまできたわけです。ところで、皆さんは政治家に期待していますか? していませんよね、当然です。あんなものは自分のことしか考えていない。では、特定の宗教を信じていますか? これもしていない……。わかりますよ。神からの施しなんて、いつもたらされるかわかりません。来世で幸せになるなんて言葉は信じてはいけません。それに、そんなものを待てないほどに皆さんの状況は切迫しておられる。どうです、皆さん、すぐにでも運が欲しいんでしょう? お金や地位が欲しいんでしょう?」


 会長がそう呼びかけた瞬間、会場中から怒号のような歓声が沸き起こった。全員が拳を天に向かって高々と突き上げていた。まるで、人気音楽グループのコンサート会場のようだった。大声を出していない人間は一人としていなかった。みんなが興奮のるつぼだった。会長は四方を取り囲む群衆に再び手を振り返してから話を続けた。

「わかりますよ、皆さん。皆さんは残念ながら才能を持って生まれられませんでした。長年生きてきてわかったことは、スポーツも学問も、芸術の才能もまったくなかったということです。そして、見た目にも非常に凡庸であられる(会場から、苦笑が漏れた)。そして、その上に運もないときたもんです。これではいけません。一般庶民そのままです。ろくな人生になりません。真冬に薄いジャンパーを着て、道路に座り込んでスポーツ新聞を読む未来です。一生お金に追われて苦労する羽目になります。しかし、皆さんは懸命なことに、今のこの段階で、このままではまずいということに気づかれたわけです。才能も美貌もないが、何とかお金が欲しいと切に願われたわけです。いいでしょう! その心意気を買いましょうよ、ねえ! 我々は図々しいのか? いやいや、本来、人間は汚いもの! それでいいじゃないですか!」


 会長がそこで右腕を天に突き上げると、会場のボルテージは一気にマックスまで上がった。感極まってむせび泣く者、極度の興奮に襲われて頭を抱える者、爆竹を打ち鳴らす者、隣の人間と抱き合う者もいた。そしてみんなが会長の次の言葉を聞こうと首を伸ばして待ち望んでいた。

「確かに我々には能力はなかった。財産もなかった。しかし、我々には幸せへの粘着力があります。セロハンテープよりも強力な粘着力がね。ですから、図々しさ極まって、この会場までのこのこと足を運んだ自分を責める必要はありません。いや、そのぐらいの腹黒さ、他人を出し抜く心を持たなくては運を逆転させることなぞ出来ません。何しろ、上にいる連中、官僚や資産家なんぞはもっと汚いですからね。我々も堂々と行きましょう。さあ、皆さんを幸せへと導く秘密兵器を持ってきましたよ!」


 会長がそう叫んで道路の方を指さすと、ゴロゴロと何かを転がすような音がして10人ほどの上半身裸の若者がダンプカーほどもある巨大な台車を引っ張ってきた。私もこの瞬間を待ち望んでいたので慌てて立ち上がり、その方向へ顔を向けた。台車の上には高さ8メートルもありそうな巨大な樽が乗っかっていた。あれが幸運ミキサーだろうか? 実物は想像していたよりもずっと大きく立派なものだった。例え、これが詐欺集団だったとして、あんな大きなものをこしらえてまで他人を騙そうとするだろうか? 私にはそう思えなかった。実際、私は彼らに未だに一円も支払っていない。福原さんや会長の話ににわかに信憑性が生まれてきた。私も徐々に興奮してきた。


「これが幸運ミキサーです。初めて見る方もいるでしょう? もっと感動して下さい。もっと興奮して下さいよ。今日、これを見られる方は幸せです。中に入れる方はもっと幸せです」

 その呼びかけに乗せられたように多くの人が会長の側からミキサーの方へと移っていった。会場の興味は、少しずつ会長から樽の方へと移っていった。駐車場にミキサーが運び込まれると、多くの人間がそれを取り囲み、興味深そうに中を覗いたり、外壁を触ったりしていた。会長を包み込んでいた群衆が少し解けると、すかさず、福原さんが近寄っていって会長の肩を叩いた。会長は彼女の姿に気づくと目で何か合図をした。

「やあ、どう? 最近の人集めは?」

会長は先ほどまでとは打って変わって冷静な表情になってそう尋ねた。

「そうですね。何度参加しても効果がないって言われて、脱会される人も少しはいるんですが、各地で募集をかけていますから、全体の人数は前回と比べて、微増というところです」

「そう……、こんな浮ついた世の中だからね…。アニメだ、アイドルだって、すぐにぐらぐらと浮かれよって……。毎日コンビニの弁当を食べているのに、自分が貧乏だってことに気づかない連中さえいる。この国はすでに破綻状態だよ。大衆にもっと深刻さが伝わるといいんだけどね」


 会長は眉間にしわを寄せてさらに声を押し殺してそう呟いた。会話が終わると、福原さんはその次に私に会長の側まで来るように指示を出した。私は恐る恐る群衆を掻き分けて会長の隣までたどり着くことができた。

「会長、この方が今月の新会員です。見た目にもパッとしないんですけど、運量の低さも相当なものがありまして……」

福原さんは私のことをそのように紹介してくれた。会長は厳しい顔付きのまま、私のおでこに左手をかざした。

「ああ、ずいぶん低いね。このままじゃ、あなた、落ちるところまで落ちるよ。お父さんもろくな死に方しなかったでしょう? 早いうちにうちの会に捕まって良かったね。少しずつでも、運を上げてから帰ってね」

私はそのように太鼓判を押されてしまった。私は愛想笑いをしてから話しかけてみた。

「幸運ミキサーの性能のことなんですけど、もちろん、皆さんの説明を信頼してないわけではないですが、これから一回入ったとして、どのくらいの効果があるんですか?」

会長は真剣な顔を崩さずに、眉間にしわを寄せ、いい質問だと言わんばかりに何度か頷いた。


「そうだね……。まあ、一緒に入ってくれる幸運者のレベルにもよるんだよね。年間何億も稼ぐようなスポーツ選手とか芸能人に来てもらえば、我々の悩みは一発で解決するんだろうけど、よほど、おつむがおめでたい人でもない限り、わざわざ自分の運を下げに来てくれるわけはないからね。芸能人なんて、顔だけが良くできていて、才能は何もない、みたいな連中がいっぱいテレビに出ているけど、ああいう連中でも運量は我々の二倍もあるんだよね。司会者の質問に、たいした受け答えも出来ないで、ゲスト席でゲハゲハと笑っているだけで、年に数千万も稼ぐからね。羨ましいというか、小憎らしいんだよね。そういう恥知らずな連中がうちに来て運を分けてもらえれば、社会全体の運回りという意味ではちょうどいいんだけどね。しかし、テレビに出てるような人達は高嶺の花なんだよね。ミキサーの性能に関する詳しい話をしてしまうと来てくれるわけはない。そこで、近所にいるちょっとしたラッキーマンを連れて来るしかないんだよね。言い方悪いけど、みんなのために犠牲になってくれる人だよね。そこまで理想を下げれば来てくれるゲストはいるんだけど、まあ、連中だって少し金を多く持っているだけで、普通の仕事をしているんだから、我々に毛が生えたようなもんだけど、そういう中途半端な人間を連れて来るしかないよね。偏差値52くらいの人間だって我々から見れば神様だからね。今日集まってきたような人達の運量はそれほど低いからね。まったく見たくないほどだよね。だからね、うーん……、当初は全員の運量1%アップを目標にしてたんだけど、これだけ大量にろくでなしが集まってしまうと、とても目標達成は無理だよね。まあ、無理にでもミキサーを動かしてやってみたところで、せいぜい上がるのは0.1%ぐらいかな? これだと、喫茶店でミルクティーを頼んだら、先日よりも砂糖が一つまみだけ多く入っていたとか、その程度の運だよね。ほとんど実感は出来ないし、日常生活が変わるわけがない。ギャンブルが当たるようになるわけでもない。それでも、やるしかないよね。俺もみんなに期待されていて、精神的には相当追い詰められているけど、ここまで盛り上げておいて、都合が悪い、条件が揃わないって言って、何もやらなかったら、暴動が起きるからね。それでなくても、精神的にちょっとおかしい連中ばっかりいるんだから……」


「それでしたら、自分の身内だけでやってみようと考えたことはないんですか? これだけ多くのダメ人間を集めてしまうから全体に配れる運量が少なくなってしまうんです。ご自分の家族だけでミキサーを回して運を独占しようと、そうお考えになられたことはないんですか?」

会長は答えるのも馬鹿馬鹿しいとでも言うように、私の質問にすぐ首を横に振った。

「それはダメだな。どうしても、幸運者をゲストで招かないといけないからね。自分の私利私欲だけでやろうとすると、ゲストを呼ぶ口実がなくなってしまうからね。大勢の不幸な人間を救うという名目があるからこそ、その偽善に騙されて来てくれる人がいるんだよね」

「ああ、そういえば、そうですね。これだけの物を持ちながら、自分の親族だけで独占することが出来ないってのは歯痒いですね」


 私は一度感心して唸り、そう返事をした。思えば、私ごときがすぐに思いつくことを、この百戦錬磨の会長が考えていないはずはなかった。会長はふふふと少し笑ってから話を続けた。

「まあ、自分の親族だけを救うっていうのも、実はそれほど面白くないんだよね。俺の親戚なんて一枚でも一万円札を見たら、すぐに目の色を変えて飛び掛かってくるような連中ばかりで、総じてろくでなしなんだよね。親父もお袋もとんでもない守銭奴で、ふふふ、だから俺が生まれたんだけど、とても助けたいような人間はいないよね。ああいうのを救うくらいなら、何も知らない他人を助けた方がマシだよね。僕には女房も一応いるんだよ。まあ、彼女も運気の低さという点では人に負けないんだけど、かなり我が強いからね。いわば金欲物欲の固まりでね。それでいて、猿山のボス猿のような仕切りたがりだからね。こういう場に連れて来ると、目をギラギラさせて、他人への配慮を欠いたような自分勝手な発言を繰り返すからね。他の人が不愉快にならないよう、今日は何も知らせず家に置いて来たんだよね。何しろ、ここに集まっている連中にとって、私は神も同然なんだから、私の威光を削ぐような人間に来てもらったら困るからね」

 

 会長はそう説明した後、私についてくるように促して歩き出した。彼は人混みを掻き分けながら巨大にそびえるミキサーの手前まで歩いていくと、そこで足を止めて、ミキサーの外板をコンコンと叩いてみせた。

「どうだい? いい出来だろ? これはアメリカ製なんだよ。元々はシェリー酒を漬けておくための樽なんだけど、それをヨーロッパから大量に運んで、向こうで解体して、幸運ミキサーとして組み直したんだ。企画開発はもちろん日本でやったけれど、設計図だけを向こうに送って、アメリカの技術者に作ってもらったんだ。日本製に比べれば、安全性の面で劣るけど、向こうは何しろ安くできるからね。日本では重役になるような高いレベルの技術者が、向こうでは職にあぶれて路地裏をふらふらとしているんだ。だから、こっちの3分の1くらいの値段で作れるんだよ」

「へえ~、これが幸運ミキサーですか……」


 私はその巨大な樽を見上げてため息をついた。外板はすべて赤茶色のぶ厚い木板を組み合わせて作られていて、外板の一部に夢でも見た、大きな鋼鉄製のレバーのようなものがついていた。レバーのすぐ横には、人間の目の高さほどの位置に液晶モニターとたくさんのボタンがついていた。どうやら複雑な操作をするらしかった。

「もうすでに準備は出来ているんですか?」

私がそう尋ねると、会長は、「こっちに来てごらん」と優しい口調で言って、私を樽の反対側まで連れていった。そこにはミキサーの内部を見渡せる覗き窓がついていた。

「ここから中を見てごらん」

私が覗き込むと、中は15人ほどが入れるほどのスペースがあって底の板から垂直に突き出した5本の握り棒が、天井まで伸びていた。その後で気がついたのだが、床の上にはすでに二人の人間が転がっていた。二人とも両手両足を太い縄で縛り上げられており、さるぐつわをはめられていた。我々が覗いていることを察すると、二人とも恨めしそうな目でこちらを睨んでいた。


「あれが今日のゲストだよ」

会長が二人を指さしてそう言った。

「あの二人はどういう方なんですが? やはり、お知り合いですか?」

「いや、すでに福原さんから説明は受けていると思うけど、この会を運営するにあたって、ゲストを探すのが一番大変なんだよね。何しろ、一度来てくれてミキサーに入った人はもう二度と来てくれないからね。なんだ、運を分け与えるって、こういうことだったのかと、怒って帰っていくからね。運を大量に奪われてしまうわけだから、それも無理はないんだよね。だから、この大きな会を主催するときは、いつも違うゲストを連れて来ないといけないわけだね。同じゲストはもう二度と使えない。来てくれたところで、力まかせに絞りきった雑巾みたいに運は吸い取ってあるわけだから、二回目には使えないんだよね。この辺りはスルメのようにはいかない。もう一度、一から人脈を作らないといけない。ただ、庶民ばかりが住むこの住宅街でそんなに何人も幸運な人間が見つかるわけはないからね。四方八方手を尽くして探すわけだね。今回の二人はどういう人間かというと、先日パチンコで大当りを20回も連続で出して15万円儲けた大工職人の若者がいたんで、それを無理矢理に引っ張ってきたのと、もう一人は町内会の副会長なんだけど、この人は30代後半の人妻と5回も不倫を繰り返していたんだよね。人づてにそれを知ったから、これは使えると思って今日はゲストとして来てもらったわけさ」

「そういうことですと、この人たちは多分幸運の持ち主だろうという推測で連れて来られたわけですよね? 彼らが本当に幸運者かどうかはまだわからないわけですね?」

会長は大きく頷いた。

「まあ、そういうことだよね。まあ、二人とも普段から周囲の人間に向けて『最近、俺はついてる』と散々言い触らしているようだから、それなりの運は持っているだろうけどね。運量がわかるのはミキサーに全員が入ってからだから、まあ……、やってみたら案外役立たずかもしれないけど、もう後には引けないからね」

会長はそう言ってから周りを見回した。多くの参加者の期待の視線が会長とミキサーにそそがれていた。

「さてと……、それじゃあ始めますか」

会長はそう言ってから再びマイクを握った。

「待ってました、会長!」

そういう声援が四方から飛んできた。


「では、皆さん、これからミキサーを始動させますのでね。大いに期待してくださいよ。何事も期待し過ぎるということはありません。そういう私もね、このミキサーには大きな期待をかけているんですよ。何しろ、これまでの人生で、他人に自慢できるようなことは何一つ起こりませんでしたからね。がらくたのような青春。がらくたのような仕事。がらくたのような友人。そして極めつけが、がらくたのような女房。私の人生はがらくたの寄せ集めです。私自身もですね、普段は電車を使って通勤しているんですが、自分の隣の席に若い美人の女性が座ってくれたらいいなと、さらに言えば、その女性が疲れきっていて、そのまま寝てしまい、私の方に寄り掛かってきてくれたらいいなと、いつも思っているんですが、これがまったく思うようになりませんで、毎回隣に座って来るのは汗くさい中年の男性ばかりなんです。神も仏にも見放された状態です。それは嫌だからと、私も何度かこのミキサーを使いまして、少しずつですが運量を高めて参りましたので、今度こそはと思いまして、昨日、多少の期待を持って電車に乗り込みましたならば、隣の席にドスンと腰を下ろしましたのは、太ももの太さがドラム缶ほどもあるような、これまで見たこともないような立派な体格の男性でして、私は壁の中に我が身がめり込むほどにギュウギュウと押されてしまいまして、ひどい目に遭いましたけれども、こういう悲惨な思いをするのも今日までにしたいものです」


「明日は違う運量で挑む明日!」

会長を励ますように、どこからかそんな声が飛んできた。

「さてと……、それでは最初に入るメンバーを決めますか」

会長がそう言うか早いか、三方さんが興奮の極みで顔面を真っ赤にして、すごい勢いで会長の元に駆け寄っていった。

「会長、どうか私を最初に入れて下さい! 実は先ほど、みんなから個々に話を聞いてみたんですけど、ここに集まった他のメンバーは、自分の物欲を満たすためにミキサーに入りたいと思っている人ばかりなんです。国民の心の平穏のことを考えている人はいませんでした。会長、会長、私は違います! 私は例え幸運を手に入れても、珠玉の財宝を手に入れても、決して浮かれたりしません。会長と一緒に世界から不幸な人を無くす旅に出るつもりです」

どこまでも独善と私欲に突き動かされた発言だった。しかし、その言い終わりを待たずして、福原さんがここぞとばかりに間に入ってきた。

「会長、今日も三方さんが開会前にみんなをけしかけてどんちゃん騒ぎを……。あまりの騒々しさに、近所から苦情が来たくらいです。この人は私の言うことを聞きませんから、少し、説教してあげて下さい」


「雨降って、地面固まる! 喧嘩は両成敗! いずれもけっこう!」

会長は大声で笑いながら、みんなにも聞こえるようにそう言った。どうやら、ここで説教などをして雰囲気を壊したくないらしく、開会前の馬鹿騒ぎを不問にするようだ。そのくらいの度量を見せないと開催者など出来ないのであろう。

「会長ったら……」

福原さんは少し頬を赤らめて、それ以上何も言わずに引き下がっていった。


 三方さんに続いて、次々と志願者が名乗りをあげた。やはり、ここでも普段からの発言力がものを言うようだった。先ほど熱く持論を語っていた走り屋のリーダーも自分から進み出て、ミキサーに最初に入りたいようだった。ほどなく20人が選抜されると、皆、ほくほくと嬉しそうな顔をしながら、会長に続いて次々とミキサーに入り込んでいった。私は今日が初参加だったので、他の参加者を押しのけてまで、自分から先に入りたいとは言えなかった。他の参加者に睨まれるのがそれほど怖かったのだ。志願者全員がミキサーに入ると、やがて、扉が閉じられた。


「大丈夫かな? 体調悪い人はいない? じゃあ、そろそろいこうか!」

 会長が中からそう叫ぶと、これまでどこにいたのか、作業服を着た技術者数人が駆け寄ってきて、液晶モニターで樽の状態をチェックしながら、始動の準備を始めた。先ほど紹介した通り、樽の中にはすでにゲストの二人が放り込まれていた。どこかで拉致されてしまい、無理矢理連れてこられたであろう二人は、会長が樽に入って来ると、その憎々しげな視線を向けて、何か言いたげな様子だったが、手足をきつく縛られているので文句も言えない状態だった。会長は騙してここまで連れてきたことを何とも思っていないようで、ニヤニヤと楽しげに笑いながら、二人の身体を蹴り飛ばして、皆の邪魔にならないよう隅の方へ移動させていた。

「今日の運量はどうかな?」

内部に設置されているマイクを使って会長がそう尋ねてきた。やや心配そうな口調だった。

「22人の平均値が39.4です」

外の作業員がモニターでそれを確認して、信じられないといった感じの顔をしてからそう答えた。

「やはり……、しかし……、予想以上に低いな……。それで、動かせるのか?」

「起動するギリギリの運量といったところです。できれば、特に運の低い方を3人ほど外へ出して頂けませんか?」

 会長はそう言われて急に不安に襲われたようで、一緒に入ったメンバーの顔を見回した。みんな、自分が指名されることを恐れて、目を逸らして下を向いてしまった。ゲスト以外でここに入っているメンバーには、自分の運量に自信のある人間などいないのだ。

「仕方ないよ。今日は何とかこれで動かしてくれないか? 俺だって他人を責められるほどの運量を持っていないんだし」

会長は中から、せがむような声でそう呼びかけてきた。

「それでは、この状態で動かしてみます。皆さん、握り棒にしっかりとつかまって下さい。これから何が起こっても天を恨むしかないです」


 作業員はそう言ってから始動ボタンの青いスイッチを押した。すると、ブイーンという安い始動音が鳴り響いて、樽が左右に振動し始めた。それを確認してから、数人がかりで横に付いているレバーを時計回りにグルグルと回し始めた。ついにエンジンに火を入れるようだ。私も起動の瞬間を間近で見ようと思い、作業員が操作している液晶モニターの前まで移動した。

「これで幸せになれます。会長、ありがとう!」

 中では三方さんが歓喜の声をあげていた。まだ成功するとは限らないが、何か成功を願うような思いの篭った声だった。しかし、内部のモーターがうまく作動せず、作業員たちはしきりに首を傾げていた。いつもとは明らかに違う事態が起こっているようだった。幸運ミキサーは、ブイーン、ブイーンと苦しそうな音を出すばかりで、いっこうに動き出そうとしなかった。

「会長、エンジンに十分な出力がありません! やはり運量が決定的に足りないようです。どなたかを外へ出して下さい!」


 作業員が嘆願するように、外から懸命な声でそう呼びかけた。しかし、会長も今さら参加者を押しのけることは出来なかった。せっかく内部に入った人達にとって、樽の外へ出ろと言われることは死刑宣告にも等しいものだったからだ。先ほど、走り屋のリーダーも言っていたが、この期に及んで自分だけが押しのけられることは、嫉妬深いこの人達には耐えられないことなのだろう。

「このままでもいけるはずだから、その出力で回して! これまでだってもっと厳しい状況が何度もあったでしょ!」


 作業員は厳しい声でそう言われると、渋々の表情でエンジン起動ボタンを押した。その瞬間、ブーブー!という大きな音と共に、樽の一番上についている、異常を知らせる赤いランプが点滅した。外にいた全員が首を上げてそのランプに注目した。あのランプが点滅している間は起動出来ないらしい。液晶モニターには、『エラーです。全体の運量が低すぎて動きません』と表示されていた。内部の天井に取り付けられた巨大な風車(説明では、これが運量を吸い上げるという話だったが)もまったく動き出さなかった。失敗の匂いを感じ取ったのか、会場には次第に緊張感が漂い始めた。

「会長、無理です! エンジントラブルが起きています。このままでは危険です。今日はあきらめて下さい!」


 作業員はついに泣き出しそうな声になってそう訴えた。それでも会長は出てこようとしなかった。

「こっちの方で、少し運量を上げてみるから、それでもう一度やってみて」

会長は冷静を保ちつつそう言ってから、ポケットから栄養ドリンクを取り出し、それを一気に飲み干した。あれで運が変わるくらいなら、この世の不運な人はみんな真似をするのだろうが、何かの願掛けなのだろうか。三方さんは地べたにしゃがみ込んで、何かに祈り始めた。

「神様! このままではあんまりです! 底辺に生れついた人間は一生下を向いて生きなければならないんですか!」

彼女のそういう声が外まで聞こえてきた。外で見ている群集も樽を二重三重に取り囲み、「回れ、早く回れ」の大合唱だ。貧乏人たちの切実な願いは神に届くのだろうか?


 ミキサーは相変わらず、ヴィーーンと夜中の冷蔵庫のような無気味な機械音を発するだけで動き出そうとはしなかった。

「いつもはこんなはずじゃないんですけどね」

作業員はモニターを見ながらため息をついた。もはや、手の施しようがないようだった。

「欲望でしょ? みんなの底知れぬ欲望がそうさせるんでしょ?」

後方の方で誰かヒステリー気味の女性の声がそう言うのが聞こえた。

「内部にいる皆さん、欲望が大きくなりすぎて、ミキサーに負荷がかかっています。しばらくの間、欲望を捨てて下さい」

作業員は何か思いついたのか、マイクを取り出して、内部にいる人達にそう呼びかけていた。

「私の親父もとんでもない欲張りでした。これは血統です! 今さらどうしようもないんです!」

内部で大工の棟梁がそう叫んで、へなへなとしゃがみ込んだ。

「人間が、よ、欲望を捨て去ることなんてできますかね? あのバルザックだってモーツァルトだって、お金には相当うるさかったと聞いてますけど!」

続いて誰の声だろうか、そんな理屈っぽい言葉が返ってきた。

「余計な考え事をしないで! あんたたちの想像はすぐに欲望に行き着くから! おとなしく念仏でも唱えていなさい!」

会長が嘆願するようにそう叫んだ。会場中から、状況を心配するような、ここからの逆転を期待するような、ミキサーを応援するような歓声があがった。しかし、赤いランプはつきっぱなしで常時異常を知らせていた。


『運量が負の値に大きく傾いています。運量の低い人はただちに退出して下さい』

モニターにはその文句がずっと表示されていた。ついに、樽の下部の方からモクモクと煙が吹き出してきた。樽の内部にもあっという間に煙が充満してきた。しかし、内部にいる参加者は激しく咳込みながらも、それでも外に出てこようとはしなかった。みんな目を血走らせ、天井を凝視しながら握り棒にしがみついていた。

「お金! お、お金がもっと欲しい!」

三方さんの声だろうか? 内部が曇ってしまって誰が言ったかわからなかったが、そういう叫びが確かに聞こえてきた。人間の欲望の極致を見る思いだった。外では、作業員たちが最後の思いを込めて、すでに重くなって容易には動かなくなったレバーを、力任せにグルグルとゆっくり3回ほど回した。

「神よ! 我々を救いたまえ!」

無神論者のはずの会長が、力いっぱいにそう叫んだのが聞こえた。しかし、みんなの願いは虚しく、ミキサーは最後にプッシュー! と凄い量の煙を噴出してから完全に動きを止めた。モニターには『タイムオーバー』と表示されていた。


「会長、完全に失敗です…」

作業員のその声を合図に参加者は次々と樽の外へ出てきた。全員がすすで顔を真っ黒にしていた。みんなが唇をねじ曲げ、絶望と失望とやり場のない怒りの入り混じった凄い表情をしていた。

「ちくしょう! この世は思い通りにならねえな!」

「どこからか、幸運者たちのあざ笑う声が聞こえてくるようだ!」

そんな叫び声が、辺りにこだましていた。

会長はタオルをもらってそれで顔を拭いていた。落胆しているようには見えず、案外、さばさばとした表情だった。ショックを押し殺しているのか、それとも、やるだけのことはやったということだろうか。

「会長、今回は失敗ということですよね?」

会長の身体にすがりつくようにして三方さんがそう尋ねてきた。

「もちろんですよ。こんなことなら、何もしないほうが良かった」

会長はため息混じりにそう答えた。作業員たちはミキサーの復旧を目指して頑張っていたが、機械の短時間での再生はどうやら絶望的だった。


「立ち直れそうか?」

会長がはっきりとした大きな声でそう尋ねた。

「直るまで一ヶ月はかかりそうです」

作業員のその声を聞いて、ほとんどの人があきらめたようにぞろぞろと家路につきはじめた。三方さんはまだあきらめきれないように呆然と立ち尽くしていた。

「さあ、帰るぞ!」

会長が大声でみんなに集会の終了を知らせた。福原さんの姿はどこにもなかった。私を無理矢理ここに連れてきておきながら、何の挨拶もなく反省の弁もなく、すでに帰ったようだった。

「会長、今日は残念でしたね……」

何も言わずに立ち去るのも気が引けるので、腕組みをして立ち尽くす彼にそう挨拶をしてみた。

「ああ、今日はちょっと不運者が多すぎたということだろうな。ミキサーの調子は、会場の空気にも左右されるからな……」

今さら、よくそんなことを言えるなと思いながら、私はその話を聞いていた。すでに太陽は傾き、薄暗くなっていた。

「ごらん、きれいな夕日だ。明日もきっと晴れるだろう。この星は晴れる日の方が多いんだよ。毎日笑っていられる人の方が遥かに多いわけだ。我々の運命だけがそれに乗れないのさ……」

彼は最後に寂しそうにそう呟いて、私の肩をぽんと叩いた。

この作品は2012年の4月頃に書いた作品です。

気軽に感想をいただければ幸せです。この作品はアラブ系千葉文庫(http://www9.plala.or.jp/applepig/)にも掲載しています。できれば、そちらの方にも遊びに来てください。

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