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幸運ミキサー協会  作者: つっちーfrom千葉
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*第五話*

 三方さんは相手がどんなにたちの悪い人間でも怖じけづくことなく自分の意見をぶつけられる性質のようで、まあ、傍から見ていると彼女のそんなところが一番怖いのだが、暴走族まがいの若者たちを、怖れているようなところは少しも見受けられなかった。黒づくめの若者たちも特に気分を害した様子はなく、余裕の態度で彼女の質問を聞いていた。そして、リーダー格の黒髭を生やした立派な体型の男が、紳士的な態度で跨がっていたバイクから降りると、落ち着いたゆっくりとした口調で話し始めた。


「あなた、三方さんと言ったっけ? イキのいいところは嫌いじゃないが、俺らにその質問をするのは筋違いだぜ。俺らの目的は走ることだ。それは道の上だけじゃねえ、人生を走っているんだ。つまり、欲望目指して生きているわけじゃねえ。金欲物欲がある連中の人生は蛇行しているからな。それをまず言いたいんだ。だが、さっきから、お金を得ることが正しいだの、手段が悪いだの、ギャンブルは汚れているだのと、きゃんきゃんと議論しているおまえさん方を、あえて非難するつもりもない。自分の生き方のどこかしらに少しでも満足出来なくなると、すぐにいきり立って他人と衝突する。それが人間だからな。人間は心のどこかで自分の行為だけを正当化する装置がある。それは、自分の道徳を否定されるということは、これまで生きてきた半生のすべてを否定されることに他ならないからだ。わかるか? つまり、議題が金だろうが、ギャンブルだろうが、個々の人間は他人には決して譲れない自分だけの意見を持っているってことさ。知性の有る無しは関係ないね。いや、いっそ俗人の方が精神が未熟な分、心のコアはより強固で、どんなくだらない理屈でさえ、他人には突き崩せないかもしれない。俗人は顔を真っ赤にして自説を繰り返す。相手が学者であれ政治家であれ、弁護士であれ、一歩も引かない。誰もが自分の中のその部分を犯されることを一様に嫌うのさ。だから、自分の見解を否定されることが我慢ならなくても、他人を否定することはしちゃいけねえんだ。なぜなら、大まかに言えば、他人っていうのは他人じゃねえ。自分の中の容認出来ない、あるいは想定していなかった、目に見えていなかった、本筋以外の意見が、帽子を被って服を着て似たような顔をして歩いている。それが他人という存在なんだ。自分の脳の中には、普段は否定さえしている意見だってきちんと冷却されて保存されているものなんだ。他人を否定する人間は、結局のところ、自分の中にいるもう一人の自分をけなしているのと同じなんだ。なぜなら、他人が投げ掛けてくる、自分の一番妬み嫌う意見こそが、実は自分の心の一番奥底に、すでに忘れられていながらも、ひっそりと、しっかりと根を張って、神木のように存在しているものだからさ。特に、俺らのような、たいした学歴もなく財産もない人間たちは、普段から考えていること、あるいは道に迷ったときに考えが及ぶ限界はだいたい一緒なんだ。この街のどこでも、貧相な身体つきの男が、ビール缶みてえにテカテカとしたラベルだけを顔面に張り付けて歩いてるんだ。これが学歴だ、職歴だ、俺の資産だ、って言ってな。てめえがどんなラベルを持っているかなんて、誰も気にしちゃいねえのにさ。本人だけは必死なのさ。他人の目が、他人の心理が、自分をきちんと観察してくれているか、自分のラベルに興味を抱いているか、それだけ気になるのさ。俺を、俺の歩んできた道をもっと見てくれってわけさ。生まれたときは、みんなが同じ体型と能力を持っていたわけだが、歩んできた道が違ったために、別の思想や知識を持つに至っただけなんだ。同じ境遇だったら全員が同じように育ったはずさ。型ではめて大量に作り出すクッキーみたいにな。貧乏人の中にいる利口もグズも、公立の図書館でぶ厚い本を一冊読めば、すぐに追いつける程度の差しかないのさ。たった1センチや2センチの差で、敵を100メートルも置き去りにしたような錯覚に陥り、一時はそれに安心し、あるいは負けている側はすべてを失ったように絶望しているが、実際についている差は、たった数時間の劇的な体験でひっくり返せるほどの薄さしかないのさ。だから、そこを悟っている俺らには、あんたら全員の心情が、すべて被って見えるのさ。あんたらは全員が光を見たことがない、ただのもぐらさ。ここにいるのは、もぐらの大群だ」


 三方さんはそれを聞いて地面を蹴り上げ、さらに一歩前に踏み出した。それはもう、今にも殴りかからんばかりの勢いだった。

「黙って聞いていれば、何を悟りきっているの? そんな屁理屈を聞きたかったわけじゃないわ。要はあなたたちだって、結局は運が欲しくてここへ来たわけでしょう? じきに会長が現れてミキサーが回されれば、喜び勇んで列に並んで、その中に入っていくんでしょう? 自分は人生を悟っているから私たちとは違う、俗人と議論はしたくないって主張して、俗人を馬鹿にしながらも、俗人と同じ行動を取っているのよ。俗人の研究者も理解者も結局は俗人なのよ。私たちがもぐらなら、あなたたちはもぐらに食べられるミミズです。いや、寄生虫です、ウジ虫です。本当に私たちと違うと言い張るのなら、ミキサーに目もくれず、今すぐこの会場に背を向けて帰って下さい!」


 若者の中の何人かが三方さんを指さして何か反論をしようとしたが、先ほどのリーダー格の男がそれを制した。

「勘違いしないでくれ。ここは俗人の集まりだが、やっていることはそれほど間違っていない。それどころか、極めて画期的だ。あの会長という人間は本物だからな。あいつは狂った理想を持っている。

『この人間社会のカースト制度を俺のミキサーが打ち崩す』

 目を輝かせながら、いつもそう言ってやがる。どこかの金儲け目当ての俗人が主催している霊能力集団とは訳が違う。ああいう腐った集団のリーダーが持っているのは、理想じゃなくて妄想だからな。社会の厳しさに心を狂わされ、現実に負けて、妄想に走るしかなくなった軍団だ。しかし、この会のやっていることは見た目には間違っているかもしれないが、本物だ。改心した元ギャングの政治参加と同じさ。いわば、社会的には認められない純金製の拳銃さ。あと三年、いや二年もこの組織は続かないかもしれないが……、こういう社会に背を向けた行為、運命に逆らうような行為が、人の世で長続きした試しはないからな。だが、俺はそれでも、この組織の最後を見届けたい。奴が失敗して地面にはいつくばって、みんなに泣きを入れるところまでを見たい。人間社会には勝利だけがあるわけじゃねえ。歴史上のどんな勝負にも見られなかったかっこいい負け方だってある。奴は運命を敵にまわしながら、いつもへらへらと笑ってやがる。必要以上の無茶をしている。天才か本当の馬鹿か、どっちかだ。会員をこんなにも集めた以上、もう後戻りは出来ないのにな。だが、あれは失敗を怖れている顔じゃねえ。あの人間離れした、こ憎たらしい笑顔をずっと見ていたい気もするぜ……」


 走り屋のリーダーは少し遠い目をしながらそんな話をした。三方さんも一時は議論を忘れ、その話に聴き入っていた。会長の生き方を褒められたことで、少しは冷静さを取り戻したのかもしれない。リーダーは話を続けた。

「さっきも言ったように、貧乏人に生れついたからには、ここで1%運を上げたからって、何が変わるわけでもねえ。明日も今日と同じ日々が続くだけさ。家に帰り着いたら、豆腐とメザシを喜んで食べる生活に何も変わりはない。ミキサーに入っても入らなくても、俺達の未来は不幸一色で決まっているのかもしれない。だがな、もし、このミキサーの性能が本物なら、ここでイベントに参加した、自分以外の人間の運は確実に上がってしまう。自分は現状を選択し、同じ毎日を送るだけだが、ミキサーに入った連中の未来は変わるかもしれない。雨粒にダイヤが含まれているような可能性だが、それでも、ミキサーに入った人間の未来には何かが起こるかもしれない。明日、100万円を拾うのかもしれない。自分に参加者すべての人生を追っていける千里眼があったなら、『ああ、やはり、ミキサーに入った奴らの人生は十年後もそんなに変わってねえな』って安心できる。だが、俺はそんな便利なものを持っていない。あんたらのこれからの人生がどう変わるのか、あるいは何も変わらないのか、俺には見えない。知性がないから予測も出来ない。自分の人生はいっこうに変わらないのに、他人は変わってしまうかもしれない。俺がゴザの上に独りで寝ている間に、大金と金髪美女を抱いている奴らがいるのかもしれない。そう思っていたら、居ても立ってもいられなくなってな……。自分の不幸が続くのはいっこうに構わないんだが、他人が不幸から抜け出して急に笑い出すのは許せねえ。突然生まれ変わった笑顔を見たくねえ。すでにこの場は敗者復活戦だが、先に笑うのは俺でありたい。今さら、こんな奴らに負けたくねえ。自分と同じ貧乏人たちがこんなにも集まって、未来に狂った夢をかけようというのなら、俺もその夢に乗りたいのさ」


 走り屋仲間の何人かが、それを聞いて頷きながら同意の拍手をした。身を震わせながら感涙をこらえる者もいた。周りでこの喧騒を見ていた参加者の中にも、感動したのか、腕組みをして唇を噛み締め、深く頷く者もいた。

「結局、あなたたちも他人を妬んでここへ来たのね? 自分の可能性を信じてみたいのね? ミキサーの性能を信じていて中に入りたいのなら、それはそれでいいわ」

三方さんは静かな口調でそう呟くと、広場の中央に戻っていった。その時、私をここへ連れてきた福原さんという女性が私の服を掴んで引っ張った。

「気にしないでね。いつもこうなのよ。ミキサーを回す前に自己主張をしないと我慢出来ない連中なの」

彼女は耳元に口を寄せて囁くような声でそう言った。

「ミキサーへの期待が大きすぎて、ずいぶん気分が高ぶってしまっているようですね」

私は同意してそう返事をした。

「会長が来れば、こんな馬鹿げた騒ぎは起こらないんだけど……。今日は遅いわね。準備に手間取っているのかもしれないな……」

 福原さんは遠くを見ながら、半ば諦めたようにそんなことを言った。私はこれだけ多くの人間を発狂間際の心境まで導く、幸運ミキサーとはいったいどんなものなのかと期待に胸を弾ませた。この大袈裟な騒ぎが一部の人間の錯覚や勘違いによるものだとは到底思えなかった。


 そのときだった。会場の片隅から悲鳴のような歓声が沸き上がった。それは、あまりにも突然で、雷鳴のようにも思えた。舞踏会に主役級のバレリーナが登場したかのような騒ぎだった。駐車場にいたほとんどすべての参加者が一斉に道路の方へ走り寄っていった。

「会長がお越しになられた! 会長が!」

 三方さんが目を血走らせて両腕をぐるぐると回し、半ば狂ったようにそう叫んだ。そちらの方向を見ると、大通りの方から、薄汚れた白いライトバンが走ってくるのが見えた。

「会長! 会長!」

「我らを救いに、やっぱり来てくださった!」

「期待通りだ! これで幸せになれる!」

「会長! やっと来たかあ!」

 皆が両腕を大きく振り上げて、口々に何か叫びながらライトバンを取り囲んだ。やがて、後ろのドアが開かれ、薄手の白いジャンパーを着込んだ中年の男性がゆっくりと地面に降りた。みんながその周りを取り囲み、最初は笑いかけ、次に握手を求め、小型カメラで写真を撮り、そしてひざまづいて感謝の意を伝えた。群衆に押しのけられてしまい、私は遠めにしかその姿を見れなかったが、会長と呼ばれる男は、見たところ50代前半の痩せた男で、頭髪には半分くらい白髪が混じっていた。茶色い縁の眼鏡をかけていて、無精髭を生やし、顔立ちは整っていたが、どこか根暗そうな印象があった。一見してどこにでもいる普通の親父であり、商店街で本屋でも経営していそうな感じである。この段階では、この男のどこにそんな魅力があるのか、さっぱりわからなかった。

「お顔を見せて下さい! もっとお顔を!」

「早く、お声を聞かせて下さい! あなたが話さなければ何も始まらない!」

「いつもの軽快な語り口でわしらを幸せにしてください! 嘘でもいい、嘘でもいいんですぜ!」

誰かがそんな声をかけていた。期待に胸を膨らませていた。まるで、人気アイドルグループが来たかのような騒ぎだった。

「会長様! 救世主様!」

三方さんがそう呼び掛けてから、群衆を手荒に押しのけて会長の一番近くまで行くと、ひざまずいて、両手を合わせて何かぶつぶつと祈り始めた。自分が会長に近い存在であることをアピールしたいようだった。


「皆さん、とにかく落ち着いて下さい」

会長は揉みくちゃにされながらも、なんとか広場の中央まで来ると、少し困ったような顔をしながら、まずはそう呼びかけた。その言葉を聞くと、群衆が一斉に静まり返り、会長の次の言葉を待っていた。しかし、群衆の後方からは、いまだに「会長! 会長!」と何かに憑かれたように呼びかける声が止まなかった。会長は両手を大きく振って参加者全員に挨拶をすると、群衆の一人一人の顔を確認するかのように、満足そうに四方を眺め回していた。群衆はみんなが地面に座り込み、会長によって起こされる次のアクションを待っていた。誰かが、マイクを持ってきてそれを会長に手渡した。その瞬間、割れんばかりの拍手が起こった。私は何が起きているのかわからなかったが、いつまでもキツネにつままれたような顔をしていても仕方ないので、みんなに合わせて一緒に拍手をすることにした。この場の空気に少しずつでも慣れていこうと思った。会長はにこやかに笑いながら群衆に向けて演説を始めた。

「皆さん、まずは落ち着いて下さい。これからミキサーの説明を始めますのでね。しかし、皆さんのこの興奮っぷりはどうでしょう? 困ったものです。キリストやブッダでさえ、こんなに人望を集めることはなかったでしょうからね」

 会長は少し照れたように、また当惑したように、はにかみながらまずはそう話した。

次の更新は7月6日です。よろしくお願いします。

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