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幸運ミキサー協会  作者: つっちーfrom千葉
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*第四話*

「はいはい、反論します、させて下さい。まず、お金がないと駄目ってどういうことですか? 昼間は仕事をがんばって、夜になったらテレビを見て布団に入るという、そういう平穏な暮らしを送るだけじゃ満足出来ないっていう意味ですか? 気に喰わないですね。あなたたち、顔も態度も気に喰わないです。話を聞いていると、どうやら私のこと嫌いなんでしょう? 私だってあなたが嫌いです。揃いも揃って、会費さえ払えば、後から来たくせに、どんな態度を取ってもいいみたいに思ってるんですか? この会は不幸のどん底にある人を、少しでも引き上げるのが目的なんです。本当に貧しい人にとっては、ミキサーのパワーで少し運を上げたよって言ってあげれば、例えそれが実感の出来ない微量の幸運であっても、やがては心の平穏に繋がるんです。明日に希望が持てるようになるんです。社会の冷徹な仕組みを許せるようになり、他人を妬む気持ちが多少なりとも消えるんです。会長はそういう会員同士で慰める合う組織を目指しているんです。叶えたいのは、あなただけの欲望じゃないんです。目指すは全員の希望なんです。ここは金持ちを作るための組織じゃないんです。自分の果てない欲望を叶えるための組織じゃないんです。ルイヴィトンもオメガも糞喰らえです。お金目的で来ている人は帰って頂きたいですね」


 三方さんは一歩も引かずにそう返事をした。三人組の女性たちも、彼女の意見が正しいのかどうかはともかくとして、会長の意向という言葉を突き付けられては、多少部が悪くなったと思ったのか、一度口をつぐんでしまった。あるいは、彼女たちの方が遅く入会したので、三方さんに比べて会の規則に精通していないところを露呈したのかもしれなかった。簡単に反論することは難しいようだった。しかし、恨めしそうな顔で睨みつけることだけは忘れていなかった。

 しかし、三方さんの全員の意思を統一しようとする、そうした強引な仕切り方が、時間が経つにつれて、会場に集まっている血の気の多い人達の感情を逆なでしていったらしく、今度は別の女性から反論が返ってきた。


「じゃあ、ギャンブル目的でここへ来ている人達はどうなるんです? 今日も汚い格好した人達がいっぱい来てますよね? その人たちだって金運目当てってことですよね? 知りたいんですけど、競馬や宝くじを当てるためにここへ来ている人達はどうなんですか? 規則の上ではいいんですか? それとも駄目なんですか? たしか……、会長も宝くじを奨励していたと思いますけど」

今度は三方さんが返事に困る番になった。彼女は新たに喧嘩を売ってきた相手を睨みつけたまま、返す言葉を探して、しばらく無言で立ち尽くしていた。くだらない議論を続ける我々をあざ笑うように、上空を大きな烏が一羽飛んでいった。


「会長が宝くじを毎回買っているのは、ミキサーの効果を確かめるためです。純粋にお金が欲しいと思っているわけではないです。クジをギャンブルとして見ているのではなく、確率と運で遊んでいるだけなんです。『へっへへ、こういうゲームはまとめて買わないと面白くないんだ』なんて、言っているところをよく見ますもの。目的はあくまで研究のためです。少々の運の上昇では、生活の中でその効果を見出だすのは難しいですけど、宝くじなら効果のほどがはっきりとわかりますからね。ミキサーの効果が確認できたら、会長はその力を会員全員のために使ってくださるはずです。間違いありません」

「ギャンブルで幸運をつかみたい人だって、ここにいたっていいんだろ? 幸運を何に使うか、何に使ってはいけないかの規定は、確か無かったはずだぞ」


 腕を胸の前で組みながら、比較的端っこの方に佇んでいたジーンズ姿の若者が、突然そう言い返した。最初は仲がいい似た者同士の集まりだと思っていたが、どうやらこの会も一枚岩ではないようだ。例えば、金持ちの集団は何をするにしても、皆が心に余裕を持っているので、競う中でも譲り合いの心はあろうが、今、この言い争いを見た限りでは、心に余裕のない貧乏人の方が仲間でつるむのは苦手という印象を持った。彼らは極端に卑屈で、社会のどこへ出てもライバルとの競争に負け、先立つものも何もない癖に、自分の心のどこかに、決して譲れない主張を持っていて、自分の意見を言い出せる唯一の場はこの会場だと思っているようだった。どうやら、運を巡る争いは、負けてはならない最後の砦だと思っているらしい。

「ギャンブラーですって? ギャンブラーがこの会場に来ているんですか? あなたたち、みんなギャンブラーなんですか?」

 彼女はさらに感情を高揚させ、身体をゆっくりと回転させながら辺りの人を睨みつけた。三方さんに威圧的にそう尋ねられて、何人かの若者がふてぶてしく笑った。俺らはギャンブラーだが、何か文句でもあるのかと逆に聞きたいようだった。三方さんは相手側のそんな不遜な態度を見て取ると、さらに声を荒らげて叫びだした。

「ギャンブラーなんて最低の人種ですよ! あなたがたは自分のなけなしの金を欲望のために注ぎ込んで、いわば、自分から望んで不幸になっておきながら、後から他の人に運勢を引き上げてもらおうとしているんです。あなたたちの不幸はすべて自業自得です。自分からお金を賭ける行為はすべて自己責任です。何度助けたって無駄です。幸運の無駄遣いというやつです」


「あんただって、ミキサーの力を使って、結局のところは、他人の運を奪ってまで幸せを得たいんだろ? だったら我々と一緒だよ。いや、それどころか、内心の正直なところを見せないで、都合よく善人面して参加しているところを見ていると、我々より悪どい人種だな」

 近くに座っていた齢80過ぎの老人がそうやり返した。さすが長年生きているだけあって喧嘩慣れしており、悪口の数を多く知っているようだった。三方さんの顔はますます赤くなっていった。彼女がいずれ、自分の意志とは別の力で暴走しかねないのは見て明らかだった。

「私がミキサーに頼っているのは、お金だけが目当てじゃないですからね。ちゃんと生活全体のことを考えています。これまでの貧しい人生より、少しの運がついて来ればそれでいいんです。大金までは求めていません。一獲千金なんてお断りです。身に余る大金はやがて不幸を呼びます。他人から必要以上に妬まれることになるからです。あなたたち、ギャンブラーの生き方と一緒にしないで貰いたいですね。同じ少額の財産しか持っていないにしても、真面目に生きてきてそうなったのか、ギャンブルで負けてそうなったのかでは、世間の評価はまるで違うはずです」


 彼女はまるでけがわらしい言葉を口にするように、ギャンブラーのところを大袈裟に強調して言った。これだけ多くの人間の反感を買っていても一歩も譲る気配はなかった。

「生活の向上なんて、それこそ、運に頼らずとも、自分の努力だけで何とかなる部分ではないですかね? 細かい部分を自分で補わず、こういう機関に頼ってくる人よりも、いっそのこと欲望の赴くままに大金を得て、はっきりとした幸せをつかみたいとまで言ってしまえる人の方が素直だと思いますがね。なぜって、世間から見れば、少ない幸せを求める人も大きく儲けたい人も、ミキサーという常人の理解しかねる機械に頼っている以上、変人に過ぎないからです」

 今度は青い作業服を着た男性がそう言い返した。周りにいた多くの人間が「そうだ、そうだ」と腕組みをしながら相槌を打った。自分がどういう思想を持ってここに来ているかではなく、ほとんど全員が、ただ強気な態度を誇示する三方さんを真っ向から打ち負かしにいっているようだった。言葉の暴力という常用文句もあるが、たいていの場合、他人に対して強く出過ぎる人というのは、その意見の正否に関わらず周囲に不快感をばらまいているものである。


「あなたたちだって、ギャンブル漬けになって、負けに負けて、自分ではもう、どうにもならないところまで来てしまったから、助けを求めて来たんでしょう? それが何です? まるで、生活困窮者の方がギャンブラーより地位が下のような言い方をして、それでも男ですか? 知性はあるんですか? 自分で言ってて恥ずかしくないんですか?」

三方さんはどんなに険悪な状況に追い込まれても、一歩も譲るところはなく、もう後戻りはできないという形相で、叫び続けていた。

「だから、誰が悪いというわけじゃない。結果的にミキサーを使う以上、あんたもうちらと一緒だって言っているんだよ!」

先ほどの負けず嫌いな老人がまた言い争いに参加してきた。

「一緒ではないでしょう? 何でそんなに結論を急ぐんですか? 私はそもそも運気というものを、宝くじや競馬の当たり外れや、100円玉を拾ったとか、そんなさもしいことでしか語れない、あなたがたの態度を非難しているんですよ。言っておきますが、私の願望は違いますからね。私は自分の一生涯にかかる苦労を、何とか減らしたいだけなんです。半生を見回してみれば、明らかに他人よりも苦労しているのに、なぜか実入りは少なかったんです。充実した人生にはなっていないんです。そこを少しでも何とかして欲しいだけなんです」

 三方さんはすでに会場にいる全員に届くような大声を発しており、ここに集まった全員を敵にまわしても、一向に構わないといった態度だった。

「そう言って、貧乏人面して、正義面して、他人をギャンブラー呼ばわりして、俺達をここから追い出して、自分だけが幸せになりたいと思っているんだったら、あんたの方がよっぽど腹黒いよ」

「幸せの基準でのは人それぞれだろ? 金を拾うという行為は一般的には汚いかもしれないが、それを有効に使って充実した人生を送れるんだったら、それでもいいでしょうが。働いて得た金だって、競馬を当てて得た金だって、明日を生きる食料を手に入れるために使ったんだったら、それは同じ価値があるんですよ」


 こうなるともう、彼女の一声に対して、いろんな声が返ってきた。その中には、言葉にならない叫び声も混じっていた。誰にも聞いてもらえなくても、誰にともなく、自分の主張を繰り返しているだけの人もいた。

 ところで、この会場の片隅には、ピカピカの外国製の大型バイクを従えて、黒い皮ジャンとズボンを着込んだ、走り屋ふうの若者の集団がたむろしていた。見たところ、今日の催しの参加者のような風采だったが、隣近所の迷惑になり兼ねないような、このような馬鹿騒ぎの中でも平然としていた。私の先入観では、あのような格好をした暴走族まがいの若者の方が、こういう言い争いに参加して議論をさらに迷走させることを好みそうなものなのだが、彼らは煙草を吸いながらも、お坊さんの説教を聞くような、生真面目な表情でいて、この論争をまるで他人事のように澄ました顔で見ているだけで、何も騒ぎ出す気配はなかった。格好が派手なだけで実は内心大人しい人たちの集まりなのか、あるいは議論に参加するタイミングを見出だせなかったのか、それとも何か他の理由があって、傍観しているのかはわからなかった。大騒ぎを仕切っていた三方さんも、やがてこの集団に目をつけるようになり、彼らの妙に落ち着いた態度を見て取ると、それが許せなくなったのか、つかつかとそのグループの側まで歩み寄っていって、高ぶったテンションをそのままに呼びかけた。

「ちょっと、あなたたち、さっきから何も話さないけど、この議論についてどう思ってるの? 参加者だったら他人面しないで意見を聞かせてちょうだい。あなたたちは運を何に使うの? ギャンブルに使うのは正しいと思うの?」

「俺らに聞いてんの?」

質問が途切れてからまるで間を開けず、その中の一人が顔を上げて三方さんに聞き返した。喧嘩を買うような態度ではなく、いまだ冷静さを保っていた。

「当然でしょ? 周りを見なさいよ。みんな顔を紅くして興奮してるでしょ。彼らは私が怒らせたのよ。それはなぜかというと、うちの組織の根本的なルールに疑問が投げ掛けられているからなの。運をお金に変換するのは正しいのか? ギャンブルで掴んだ大金でも、他の勤め人が汗水流して得たお金と同価値と言えるのか? この2つの疑問に答えてちょうだい。他人事のように傍観していて、ミキサーが到着した後になって運だけ分けて下さいって言われても、それは聞けないわよ」

まだ続きます。よろしくお願いします。

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