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人形の夜

 この世に生まれ落ち、生を営むのなら。

 この低俗で愚直で理不尽で美しい世界で生き延びるために。


 与えられた役割を。


 望まれた使命を。


 全うすべき役目を。



 それは全て彼女に課せられ、枷られたるものだった。


 だがその重荷に耐えきれず、耐えようともせず、彼女はただの人形となることを選んだ。




 演じることも出来ず、理解することも出来ない彼女(けっかんひん)は、愛を知らぬ。



―――


 ウェンズィーラキアはその濃紺の瞳に真っ直ぐと王太子を映した。それが彼女と王太子の初めての出会いであった。


 そのままウェンズィーラキアは目を閉じ、誓いをその唇に受ける。それだけの儀式であった。



 儀式を終えた彼女の肩書きは、王太子妃となり、周囲は爆発するような音の拍手と歓声を上げた。


 それが彼女の贈る、人形劇の始まりの合図。

 ウェンズィーラキアは観客を見ても表情ひとつ、変えることはなかった。



―――



 彼女、ウェンズィーラキアは大層良い名家の子女だった。今となってはその名家の象徴であった家名は王家を現す文字に塗り替えられたが。


 彼女の両親は良い人間でも良い父母でもなかった。ただ彼等は良い操り師だった。

 両親というよりも、ウェンズィーラキアにとってはウェンズィーラキアを作ったひとという言葉が似合う。


 女の子はお人形さんでなくては。キラキラに着飾るだけで、我が儘も言わず、動かず、ただ操られるがままでいなければ。


 言われる言葉は全ての行動を抑制してきた。それらに抗うことは早々にやめてしまったウェンズィーラキアは、簡単に何かを言うことをやめた。それが楽だと知ってしまったから。


 ウェンズィーラキアには兄がいたが、名家の子息として、彼は人形ではなく演技者として生きていた。彼は考え伝えることも演じることも出来たので人間だった。


 ウェンズィーラキアも良い人間でも良い子供でもなかった。ただとても良い人形だった。人としては、よく出来た人形だった。人としては、あまりに欠陥のある姿だった。


 そのまま何事もなければ人形として歪んだ道を歩めただろう。だが、その歪みは許されなかったようで。



 権力に固執し、金に執着し、貪欲なまでに贅を欲した製作者(りょうしん)は呆気なくその命を盗まれた。それと一緒に兄も消えた。恐らく一緒に死んだのだろうと周りはまことしやかに語る。

 ウェンズィーラキアは、決して探しはしなかった。



 そんなとき、王太子妃の候補となった。両親が死に、遠縁が家を継ぐことになって後ろだてが弱くなりすぎた彼女がその舞台に選ばれたのは、人形だったからだ。後継問題が難化することに臆した関係者による推薦。難しい事は彼女にも知らされていない。


 幸いなことにウェンズィーラキアは名家で血筋がはっきりしており、なにより後ろに権力に溺れた人間がいない。

 それにウェンズィーラキアは人形という名に相応しく、その表情はないもののお飾りとして上等な見目を持っている。


 ウェンズィーラキアとしても、飾りとしてなら応えられるとし正式な婚約者として迎え入れられることに否はなかった。


 そして婚儀は円満に進み何事もなく終わった。



 両親を亡くした不遇の姫が王子さまと結婚して幸せになる。それが今までの彼女の物語(じんせい)らしい。

 そんな物語を聞き民衆の人気も高くなり、ウェンズィーラキアは座るだけでいい、人形が人間として扱われる舞台を手に入れた。


 けれど結局、舞台は舞台。どれだけ外から人間扱いされていても、彼女は観客の見えない舞台の上ではお飾りにもなれぬ人形であった。


―――


 初夜も終わり、朝を迎える。

 ウェンズィーラキアに侍従としてついた男は、彼女に朝の挨拶を告げる。


「……痛かったわ」

 ウェンズィーラキアは何も思っていないような顔でポツリと溢した。羞恥のかけらすら見せぬ彼女に、侍従も何も思っていないような顔で答えた。


「さようでございますか。それはようございました。おめでとうございます、奥様」

 昨日までは「ウェンズィーラキア様」と呼んでいた男は今日から呼び方を変えたらしい。だがウェンズィーラキアはそんなことも気にしていないようだった。


「心配してはくれないの?」

「貴女様が涙の一つでも流せばどうにか」

「そう」

「正直なところ、まだ痛いとかいう感覚があったことの方に驚いております」

「……そう」


 淡々とした会話には何も含まれない。ウェンズィーラキアはベッドで寝たままその日の予定を考える。

 お飾りというのは大層することがない。それに不平も不満も、逆に喜びも感じない彼女はそのまま目を閉じることにした。

 考える事はひどく疲れが溜まる。ああしろこうしろといわれれば、何も言わずそれに従うのに。自分の言葉のいらない家は楽だった。台本が用意された生活は楽だった。今はとても面倒だ。


「また眠るのですか」

「そうね」

「私、奥様が眠ると暇なのですが」

「そう」

「まあ、奥様が起きていても暇なのですが」

「……」


 そしてその日もつつがなく終わる。

 王太子のお渡りは定期的に行われた。このような人形を抱いて何が楽しいのだろう、とは思っても、彼女はそれを口にする気はない。



 儀式についた行為に好意はない。


 今の王太子には側妃こそ居ないが時間の問題かもしれない。

 ただ、子どもが一人でも出来れば娶りやすくなるだろうが、まだ新婚ともいえるこの時期に下手を打つと後々に響く。虚偽の物語は根強く民衆に羨望されている。



 気がつけば羨望を向けられる城下町とは違い、城ではにこりともしないウェンズィーラキアは呪われていると、祟りの姫だという噂が立っていた。家族の死も不幸も、気がつけば彼女のせいらしい。


 だが、そんなこと彼女は気にも留めない。

 


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