しがないサラリーマン
「※」から視点や展開が変わります。
今日も実に暑い。
私の心は憂鬱でしかないのに、どうして照りつける太陽はこんなにも眩しいのだろうか。
これは何かの嫌がらせか?まぁいい。
私はしがないサラリーマン。
今日も朝から営業で、汗を垂らしながら彷徨っている。
ネクタイをして上着を持っている姿は実に奇妙に見えるらしく、周囲のクール・ビスな輩は私を見てせせら笑う。
私だってクール・ビスには賛成だ。
ただ、上司が否と言うならば、私とてNoと言わざるを得ないのが現実だ。
社畜と言うなら言いたまえ、そうほざける輩は「ゆとり」だ。
実に羨ましい限りだよ、全く。
あ〜あ、この不景気でロクに商談もまとまらないのに、どうして灼熱の「東京砂漠」の中を彷徨わねばならないんだ。
嫌な世の中だ…
「こんな世界、どうにかなっちまえばいいのに。」
※
ふっとビル風が吹き、担いでいた上着が浮き上がった。
上着から落ちた携帯には、着信を知らせる光が灯っている。
開いてみると着信が数件、メールが一通届いていた。
「お父さんの持病が悪化して…とにかく病院に来て!」
頭の中に嫌な想像が巡り、その場で立ち止まった。
着信音が脳内の沈黙を切り裂く。自分で設定したはずのメロディが、まるで他人事のようにしか聞こえなかった。
「お父さんが…お父さんが…!」
その先は聞かずとも分かった。
父には昔から持病があった。
父は小さな会社を経営していたが、不況の煽りを受けて業績は悪化。
歳と共に悪くなる持病を押して経営していたが、状況は悪くなるばかりだった。
高校を卒業する時、父から会社を継ぐ気はないかと誘われた。
当然断った。
お払い箱はゴメンだ。
このまま倒産すれば、家も何も失う羽目になるぐらいは分かっていたが、どうして自分が尻拭いの真似事をしなければならないのかという思いが強かった。
今にして思えば、ある種の反抗だったのだろう。
家を出て働き始めてから、事の重大さをひしひしと感じ始めていた。
無意識のうちに走り出した。
いま父が死んだら、家は、母は、借金はどうするのか?
従業員だっている。事務所の後処理、負債の整理だってある。
母だけで手に負える話ではない。となれば、会社を辞めて実家に帰る必要がある。
会社を継いで、少しでも負債を減らさなければ。
経営なんて何も知らないのに?どうやって?何をすれば良い?どうすれば
ドンッ!
鈍い音が周囲に響いた。
気づけば、体が宙を舞っている。
赤信号に気づかず、車に刎ねられたと理解するのには時間がかかった。
最も、実際は一瞬の出来事であるが。
体がゆっくりと落ちていくと共に、視界も暗くなってゆく。
灼熱の太陽は、もう見えない。
世界が暗転する。