第四十二話「偽物の孤独」
薄暗い研究施設の一室で、褐色の肌をした青年が、鏡を見つめていた。
黒髪、赤い瞳。
その顔は、パニッシャーと呼ばれる男に、瓜二つだった。
いや、当然だ。
彼はその男の、クローンなのだから。
「おはよう、ナンバー7」
白衣の研究者が、部屋に入ってきた。青年は、振り返る。
「おはようございます、博士」
声まで、本物にそっくりだ。
だが、その瞳には、四歳児のような純粋さが、あった。
「今日も良い仕事をしたそうだな」
研究者は、端末を見ながら言った。
「シオンのコンサート会場。見事に騒ぎを起こしてくれた」
「はい。指示通り、破壊活動を、行いました」
青年の声は、機械的だった。
褒められることを期待しているような、微かな期待が、込められている。
「でも、誰かに邪魔をされたんだってな」
青年の肩が、少し落ちた。
「申し訳ありません。褐色の肌の女性が……とても、強くて」
「ふむ」
研究者は、興味深そうに顎を撫でた。
「その女性について、詳しく教えてくれ」
青年は、記憶を辿る。
彼の知能は、異常に高い。一度見たものは、完璧に記憶できる。
「私と同じような肌の色でした。黒髪で、赤い瞳。顔は……」
彼は、少し首を傾げた。
「なんというか、私に似ていました。もし私に姉妹がいたら、あんな感じかもしれません」
研究者たちが、顔を見合わせた。
「興味深い。その女性のエネルギー値は?」
「計測できた限りでは、三万近く。私と同程度でした」
また研究者たちが、ざわめいた。一人が、小声で囁く。
「まさか、本物の娘か?」
「その可能性は、ある。調査が必要だな」
青年は、黙って聞いていた。
本物。
その言葉が、胸に突き刺さる。
自分は、偽物。コピー。複製品。
生まれてからずっと、そう呼ばれ続けている。
「ナンバー7」
別の研究者が、声をかけた。
「次の任務だ。今度は地球近辺で、アマノガワ同盟の輸送船を襲え。民間人に被害を出して、パニッシャーの評判を、落とすんだ」
「はい、承知しました」
青年は、頭を下げた。
逆らう理由もない。これが自分の存在意義なのだと、教えられている。
「よし、準備ができたら、出発しろ。ああ、そうだ」
研究者は、思い出したように言った。
「今回の任務を成功させたら、ご褒美を考えておこう」
青年の瞳が、輝いた。
「本当ですか?」
「ああ。何か欲しいものは、あるか?」
青年は、少し考えた。四歳の精神年齢にしては、その思考は、複雑だった。
「名前が……欲しいです」
研究者たちが、笑った。
「名前か。ナンバー7では、不満か?」
「はい」
青年は、素直に答えた。
「本物には、名前があります。竹彦、という名前が。私にも、私だけの名前が、欲しいです」
「ふむ、まあ考えておこう」
研究者は、適当に流した。
「次は?」
「自分の部屋が欲しいです。今は監視室で寝ていますが、プライベートな空間が……」
「贅沢だな」
別の研究者が、鼻で笑った。
「お前は道具だ。道具に部屋なんて、必要ない」
青年は、俯いた。
でも、心の中で、思う。
(いつか、本物を殺して、本物になる。そうすれば、全部手に入る)
名前も、部屋も、家族も、全て。
研究者たちは、青年の心を読めない。
彼らは青年を、単純な道具だと思っている。確かに精神年齢は幼いが、その知能と学習能力は、驚異的だ。
「では、出発します」
青年は、踵を返した。
部屋を出る前に、もう一度、鏡を見る。
そこに映る、顔。本物と同じ顔。でも、自分は、偽物。
(いつか必ず)
心の中で、誓う。
(本物を殺して、俺が本物になる)
*
施設を出て、用意された小型船に乗り込む。
操縦は、完璧にマスターしている。戦闘技術も、本物には及ばないが、一般人から見れば、超人的だ。
エネルギー値、三万。
本物の四十万には、遠く及ばない。でも、普通の人間の千倍以上の力が、ある。
船が、宇宙空間に飛び出した。
「ブリオンの、使徒」
青年は、組織の名前を呟いた。
自分を作り、利用している者たち。
彼らの目的は、知っている。
銀河のリセット。新たな情報爆発。全てを無に帰して、新しい世界を作ること。
狂っている、と青年は、思う。
でも、従うしかない。今は、まだ。
船は自動操縦に切り替えて、青年は、狭い船室で膝を、抱えた。
孤独、だった。
本物には、家族がいる。妻が三人、子供が三人。調査で知っている。温かい家庭、笑顔、団欒。
自分には、ない。
監視室のベッドと、冷たい研究者たちの視線だけ。
「家族……」
呟く。
いつか、欲しい。
自分を愛してくれる誰か。自分を偽物ではなく、一人の存在として見てくれる誰か。
でも、今はまだ、無理だ。力が足りない。本物を殺すほどの力が。
端末が、鳴った。
研究所からの、追加指示だ。
『標的の輸送船には、カーカラシカの重要物資が積まれている。破壊する前に、積荷の情報を、収集せよ』
「了解」
青年は、立ち上がった。
任務の時間だ。感傷に浸っている暇は、ない。
また人を殺すのか、と思う。でも、それが自分の役目。拒否権は、ない。
(いつか、自由になる)
心に誓いながら、操縦席に、座る。
目標まで、あと六時間。
その間、青年は本物の記憶を、反芻する。研究所で見せられた映像、データ、戦闘記録。
本物は、強い。圧倒的に強い。四十万のエネルギー値は、伊達ではない。
でも、弱点もあるはずだ。
家族への、愛情。それが弱点になりうる。
あの女性、コンサート会場で戦った相手。もし本物の娘なら……。
「利用できる、かもしれない」
青年は、呟いた。
四歳の精神年齢とは思えない、冷酷な計算。
でも、同時に、羨ましさも感じた。彼女は本物の家族。自分は、偽物。
船は静かに、目標へ向かって進む。宇宙の闇の中、孤独な偽物を、乗せて。
*
研究所では、主任研究者が、報告書を読んでいた。
「ナンバー7の成長は、順調です。戦闘能力、知能、すべて予定通り」
「精神面は?」
上司が、尋ねた。
「まだ幼いです。扱いやすい。名前が欲しい、などと言っていますが」
「与えるな」
上司は、冷たく言った。
「名前を与えれば、自我が強くなる。道具は、道具のままでいい」
「承知しました」
「それより、あの女性の件だ。本物の娘の可能性があるなら、利用価値が、ある」
「調査を進めます」
「急げ。ブリオン様の復活まで、時間は、ない」
研究者たちは、頷いた。
彼らにとって、青年は駒に、過ぎない。使い捨ての、道具。
でも――青年の中で、何かが育ち始めている。
憎しみ、羨望、そして、渇望。
本物になりたいという、狂おしいまでの、願い。
*
宇宙の彼方で、梅子は仲間たちと、夕食を終えたところだった。
「今日も、疲れたなー」
クウラが、伸びをする。ラエルザが、苦笑いを浮かべた。
「まったく、騒がしい一日だったっすね」
梅子は、窓の外を見た。
なぜか、胸騒ぎが、する。




