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08

 地平から日が昇る。

瑠璃色に覆われていた空が徐々に地平から杏子色に染まっていく。

昇りくる太陽に負けずと輝いていた星が1つまた1つと消え去る。

闇の女神の時間から、光の女神の時間へと塗り替わって行く時刻。

だが、まだそのことに気づかず、完全に日が昇り、また1日が始まるまでの最後の夢を見ている時刻。

とある街の一角で、街路樹に止まって眠っていたはずの鳥たちが一斉に飛び立った。

それと同時に、安眠を貪っていたマリーも飛び起きた。

すぐ隣の部屋から発せられた激しい殺気に。


「な、なに!?」

お気に入りのピンクのブランケットを跳ね飛ばして起き上がったマリーの耳に、部屋の外から何かがぶつかるような激しい音が聞こえて来た。

慌てて部屋を飛び出したところで、斜め前のトウコの部屋の扉が吹き飛び、リョウが転がり出てきた。

リョウはそのまま壁に激突して倒れ込んだ。

そこへ、部屋から飛び出して来たトウコが、起き上がろうとしてきたリョウの頭と、短剣を握った左手を踏みつけた。

ミシっとリョウの頭から嫌な音がする。

リョウは頭を踏みつけられたまま殺意のこもった目でトウコをにらみつけ、トウコもまた据わった目でリョウを見下ろした。

「ああ、最悪だわ。ホント最悪…」


 半裸の2人の姿はボロボロだ。

頭を踏みつけられているリョウは、左目が腫れあがって完全にふさがっており、右腕もあり得ない方向に折れ曲がっている。

短剣を握った左手は無事なようだが、トウコに踏みつけられて物騒な音が鳴っており、左手も時間の問題だとマリーは思った。

トウコも左頬がざっくり切られており、なによりも右肩の付け根にリョウの短剣が深々と突き刺さっていた。

「ちょっと!何があったのよ!とりあえず2人ともやめなさい!」

マリーが叫ぶが、2人は睨み合ったまま。

リョウが左手の短剣を離す気配はない。

トウコもまた、リョウを踏みつけている足を退ける気はなさそうだ。

その様子を見て、マリーが深くため息を吐いた。


「おいお前ら。いい加減にしろ」

普段のマリーらしからぬ、ドスの聞いた低い声。マリーからも殺気があふれ出る。

トウコの気配がふっと緩む。

が、次の瞬間リョウの左手首を踏みつけていた足に力を入れた。

パリンと涼やかな音と共に、青いガラスの欠片のようなものが手首の周りに舞い散る。

それと同時に、ゴキっと響く鈍い音。

左手首の骨が砕けたことを確認したトウコは、リョウからようやく離れた。


「アンタ、ホント容赦ないわね。恋人の手首砕くなんて…」

「仕方ないだろう?あのまま離れたら間違いなく私が刺されてた」

「あぁぁクッソ、いてえ…」

倒れたまま呻くリョウを冷たく見下ろし、トウコが呟く。

「先に足を壊すべきだった。今からでも壊すか?」

「ああもう!やめなさい!」


 倒れているリョウから引き離すようにトウコの体を押しながらマリーが問うと、

「さあ?寝てたら突然襲われた」

肩をすくめながら何でもないようにトウコは答えた。

しかし、右肩に突き刺さったままの短剣のせいで、そのしぐさはどこかぎこちなかった。

「ホントにあんたたち何なのよ…。とりあえずトウコを先に回復するから。リョウはしばらくそこで頭冷やしてなさい」


 マリーがトウコの右肩からリョウの短剣を引き抜き、回復魔法をかける。

淡い光がトウコを包み、傷がみるみるふさがっていく。

「どう?腕は動く?」

右肩を回しながら問題ないことを確認したトウコが軽く頷いた。

「大丈夫みたいだ。悪いね、マリー」

「顔も傷は残ってないわね。んもう、女の子の顔を切りつけるなんて。傷が残ったらどうするのよ!」

「…顔に傷があったぐらいで丁度いい。どうせ俺と結婚すんだし関係ねーだろ」

未だ襤褸切れのように倒れているリョウを、マリーが睨み付けた。


「結婚しようとする女を殺しにかかったくせに何言ってんのよアンタは!!どう?少しは頭冷えたのかしら?」

「ああ。…回復頼む」

「本当に大丈夫なのね?治った瞬間、トウコに襲い掛かったら承知しないわよ!?」

「大丈夫だっつってんだろ。もうなんもしねーよ。」

「それにしても手ひどくやられたわねアンタ。いい男が台無しね。ウケるわ、その顔」


 治癒魔法の淡い光が消えると共に、傷も一緒に消えたリョウが起き上がり自室へ入って行こうとしたところをマリーが呼び止めた。

「ちょっと!トウコに襲い掛かった理由を言いなさい!理由を!」

「着替えたらすぐ出ていく。その女の顔見てたら、また襲い掛かりそうだからもう少し頭冷やしてくる。今日は8時に南門集合だろ?ちゃんと行くからよ」

マリーの問いにリョウは答えず、苛立ちの残る声でそう言うと部屋の扉を閉めようとした。


 壁にもたれ、じっとリョウを見ていたトウコが、

「忘れ物」

そう言って腕を動かした。

トウコの右肩に突き刺さっていた短剣が、リョウの顔のすぐ横、扉に突き刺さった。

苦々しい顔で盛大に舌打ちしたリョウは、扉が壊れそうな勢いで扉を閉めた。


 それを見届けたマリーが大きく息を吐き出すと、

「私も着替える」

トウコも自室へ戻ろうとしたため、慌ててマリーは声をかけた。

「ちょっとトウコ!ホントに何が合ったのよ!?」

「知らないってば。本当に寝てたらあのバカから襲われたんだよ」

言いながら荒れ放題になっている部屋へとトウコが入って行く。


 その背中を見ていて、今更ながら気づいた。

「トウコ、やっぱりそのショーツ、アンタに似合ってるわね」

似合っていると言われた、黒地に濃いワンレッドの刺繍が入ったショーツを脱いだトウコが振り返る。

「護衛の仕事が始まったらヤれないからって、あれもこれもって着替えさせられたよ」

「お揃いのブラもあったでしょう?あれは?」

「さあね。この部屋のどこかに落ちてるんじゃないか」


 嵐が吹き荒れたようなトウコの部屋。

その中で、トウコがクローゼットの引き出しから何の飾り気もない下着を引っ張り出した。

「マリー、お腹空いた。今日の朝ごはんは何?」

「朝ごはんってアンタねえ。リョウもリョウだけど、アンタも大概よ!こんな状態でよく朝ごはんとか言えるわね!」

「そんなこと言っても、お腹空いた状態で仕事なんてできないじゃないか。屋台で何か買ってもいいけど、マリーのご飯の方が美味しいから私はマリーの朝ごはんが食べたい」

のんびりと答えるトウコにマリーが盛大にため息を吐いた。


「用意してあげるから、落ち着いたらリョウがキレた理由を聞いておきなさいよ。こんな騒ぎは2度とごめんだからね」

「あの様子じゃしばらく理由は言わないと思うけどね。ただの痴話喧嘩ってことでいいじゃないか」


「普通の痴話喧嘩では殺し合いはしないのよ…」

疲れたように呟きながら朝食を作るためにキッチンへ向かった。


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