78 教育、遭遇
それから司狼は二日ほどかけて家具を選び、自室をコーディネートした。要と一緒に部屋の画像を検索したり、シミュレーションアプリで実際に置いた様子を確かめたりするのはこれまでにない経験だった。
フリールームのモニターとガラステーブル、皮のソファは二人で選んだものだ。後々人が増えることを考えて、共同部屋の方の家具は必要最低限に留めている。
選ぶ楽しさを、自分と同じような子どもにも味わってほしいとそう思ったからだ。
住む部屋だけでなく、司狼を取り巻く環境もあの日以来がらりと変わった。
先ず勉強や鍛錬に宛てられる時間が少し減らされたのだ。その分自由時間が増えていた。これまでの司狼の自由時間は精々睡眠用としてしか与えられていなかったのだ。
それは、能力を得てからは初めての遊ぶための時間だ。
同じ授業を受けていた要とは当然自由時間も被ってくる。もっとも彼の方は司狼と違い、時折外に出ているのか部屋にいない時もあるが。
要がいるときは司狼が部屋を訪ねるか、二人揃ってフリールームにいることが多い。一緒に映画を見たりゲームをしたりすることもあれば、特に会話もせずに各々でだらだらと過ごしていることもあった。
司狼はその時間を心地よいものだと確かに認識していた。初めての経験は大抵要がもたらしたものだった。
「自由って言うのは制限がある方が楽しめるんだよ。いかにその制限をかいくぐるか、とか二人で考えるのも面白そうじゃない?」
ちょっとした悪いことも要に教わったのだ。大人の欺き方、無邪気を装う方法。その多くは数年で筋骨隆々と育ってしまった司狼にはあまり向かない方法となってしまったが。
「可哀想な子を演じるのにはもう向いてないもんね。じゃあ、今度は僕らがどれだけ有能かを示そう。そうして彼らに与えられるだけ同じものを返そう。厳しく閉じ込めるんじゃなく、優しくしてくれればそれだけで大人しく従順な子になると思われるように」
青年たちは順調に成長し、やがて大人となる。その頃にはおおっぴらに司狼を化け物扱いする者はほとんどいなくなっていた。少数残った彼らも司狼が受け流す術を覚えたことで、むしろ多数の方からひんしゅくを買うしまつだ。
「印象ってのは大事だよね。シロの場合はギャップって言った方がしっくりくるかな? こんなに大きくて強くて乱暴そうに見えるのに、気遣いが出来て優しい子だもの……皆、好感を持ってくれるよ」
それから更に数年が経ち、要は警視庁CS対策課に秘匿部隊を設立し、その代表となった。当然そのバディである司狼も同じように秘匿部隊の所属となる。
設立後数年は表の組織の補佐として動いていたが、ある日とある地域にて電子機器の異常が頻発する事件が起きた。最初はただの不具合と思われていた。
が、プログラムを修正しようと向かったシステムエンジニアも数名相次いで意識不明に陥ったのだ。それもマイクロチップに重篤な障害が起きたことが原因で。
当然CS対策課は捜査のためにその地域へと人員を派遣した。そしてその人員こそが、要と司狼だった。
場所は京都の片田舎。数か月ほど前に凄惨な事件が起きた現場である神社のほど近くだった。立ち並ぶ木々に見えずとも張り付いたセミがやかましく鳴いて、余計に暑苦しく感じる夏の日のことだった。
「あっついね……」
「セミがうるせぇ」
それぞれ別の感想を述べながら、新しい方の事件の現場へと歩く。事件が起きたのは商店街で車では近くまでしか向かえなかったのだ。
片田舎の夏の商店街をうろつくスーツの男二人は酷く目立っただろうが、事件のせいで店は軒並み臨時休業で人気はなく、更に片方は認識の外だ。特に騒がれることもなく二人は現場に到着した。
レトロな店構えの小料理屋だ。とは言え、設備はほとんどが最新のものに入れ替えられているようで、古い飴色の机には各一つずつ注文用の端末が備え付けられている。
「問題の機器は……これ全部、なのかな?」
要は近くにあった端末の一つに自身の端末をかざす。途端に画面には意味不明なアルファベットの羅列が流れ出した。うわぁ、と声が漏れる。肩越しに覗き込んでいた司狼も顔をしかめていた。
「なにこれ……」
「めっちゃくちゃじゃねぇか、やべぇな」
通常の電子機器における不具合はプログラムのコードが適切でなかったり、外部からのジャミングによって誤作動を起こす、といったものが多い。
前者の原因としては初期不良や演算能力の不足。ジャミングにおいては何かしらの意図をもってのプログラムの改変が上手くいったりいかなかったりなどが挙げられるのだが。
「ジャミング……というよりは、プログラムの変質のようにも見えるね。とは言え、これをバグらせる意味って何だろう? 強盗にしては、欲がないし」
よく言うと風情がある、悪く言うと錆びれた商店街から抜き出せる利益はさほど多くはない。店の主人からすれば当然大打撃ではあろうが。
要は画面をスワイプしてプログラミングコードにじっくりと目を通していく。
「あーいや、違うな。引き出しじゃなくて、凍結……? 結果だけ見ればそうなるのか……ますます意味が分からないな。意図があってと言うよりは、実験的な意味合いが大きいのか……?」
ぶつぶつと呟いている要を横目に、司狼はぐるっと辺りを見渡した。が、ふとその視界の隅に違和感を覚え、動きを止める。
違和感の正体を突き止めようと無意識に目を凝らした。強い第六感がセミの音に負けないほどに警鐘を鳴らして、身体を戦闘モードへと切り替える。
「誰かいる?」
司狼の様子に気づいた要が小声で尋ねてくる。司狼は小さく首を横に振った。少なくとも周囲に人の気配はない。
――あぁ、そうだ。これが……これが、人であるはずがない。
肌が粟立つような、産毛が逆立つようなそんな感覚。本能からの警告を言語化出来ずにただその気配の方向を睨む。要も大枠察したようで司狼と同じ方角を警戒していた。
二人に視線の先にあるのは、店の奥にあったメニューモニターだ。古い型なのか、流れている文字が霞んで所々ノイズが走っている。
要は視線を固定したまま自分の端末をそちらへと向けた。レンズ越しの風景が、画面に映し出される。音を立てないままに、シャッターが切られた。
司狼もそれを確認しようと一歩足を動かした。が、直ぐにモニターへと手のひらをかざす。
「下がれ!」
吠えるより早く、手のひらが白熱した。
現在の二人ほぼ完成形。
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