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深刻なバグが発生しました。  作者: 四片紫莉
第二章

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63/111

63 突入、尻尾

 ぶわりと膨らんだ黒が廊下を埋め尽くすように広がっていく。純恋は素早く瑠璃を抱き起こすと、司狼と人志の傍まで下がった。


「紬!」

「紬ちゃん!」


 思わず叫んだ人志と瑠璃の声に呼応するように、黒が一瞬動きを止めた。生き物のように蠢くそれは僅かに逡巡するような様子を見せた後、ゆっくりと色を薄めていく。

 人志は思わず前へと飛び出した。溶けるように消えていく黒の中から紬の身体が見え始めたのだ。


 名残惜しそうに絡みつく黒を振り払い、紬を抱き起こす。固く目を閉じた彼女は、くたりと全身の力を抜いて人志に身をゆだねていた。


「紬、紬ッ!」

「あんま揺すんな、人志! 要、バグはどうなってる?」


 司狼の問いかけに機材がノイズを立てて応えた。エメラルドの瞳に校舎内の映像が映っては流れていく。


『……一つもない。赤城心結のプログラムが残ってるだけだ』


 これを消してしまえば、これまでのことは一部を除いてなかったことになるのだ。人類解放の会が起こした大規模なテロは外に控えている警察の特殊部隊に鎮圧されることになる。

 この影響はおそらく、要の観測するモニターに映る()()にも及ぶことだろう。


 要と、紬を除いた人間の記憶から今回の事件の詳細は消え去ることとなる。


 要は後ろを振り向きもしないまま、首謀者のことを考えていた。彼女の技術は彼の上層部にとって酷く不都合なものだ。全てをなかったことにするべきなのだろうが、それでは彼女に科すべき罪も存在しないことになってしまう。

 整合性を取ることは大事だ。それは要の大事な仕事の一つでもある。場合によっては彼女をこちら側に引き入れることも考えなければならない。


「むりだなぁ……」


 思わずと言った様子でぽつりとつぶやいた声がマイクに拾われることはない。凍り付いたような能面も誰に見られることもない。

 要には、赤城心結を受け入れることが出来ない。彼にとってあの女は慈しむべきものではない。むしろ――


「……おっと」


 小さな声を掻き消すようにべきん! 古木の折れる音が鳴った。要の手の中には大きめの木屑が握られている。落とした視線の先では、それと同じ分だけ机が削り取られていた。

 やっちゃった、と呟いた要は手の中のものをその辺に放り捨てる。パンパンと軽く手を払うと、大きく息を吸う。


「後始末は僕が引き受けるから。皆は紬ちゃんと、念のため秋野さんも連れて病院に向かって」

『……了解。一般のでいいな?』


 司狼の端末の中でインコが大きく頷く。指示を聞く前から人志が紬を抱き上げるのが見え、要は苦笑した。やはり彼女は()()()()()に好かれる才があるらしい。


「……ん、よし。今開けたから、外出れるよ。あぁ……特殊部隊の方も突入してきたね。認識は切ったから、彼らに二人を預けるのがいいかな。シロと人志はそのまま護衛として同行して、純恋は外に出たら裏に回ってタカたちと合流しよう」


 特殊部隊には意識を失った紬を瑠璃が連れてきたように見えることだろう。瑠璃自身にとってもそういうことになるはずだ。彼女はそもそもそういう事が出来る女の子なのだ。校内にばらまかれたバグに触れてしまい意識を失った友達を助けようと必死になれる子供。


 要はゆっくりと瞬きをする――どうにも眩しい。


「さてどうしようか……って言ってる間にこっち来てるね。う~ん……」


 特殊部隊の動向をモニタリングしつつ呟く。一部が真っ直ぐにこちらを目指している辺り、大枠の情報は生徒たちのSNSなどから得ているのだろう。


「あぁ……そうだな。よし、決めた」


 ふつりとモニターの電源を落とす。同時に扉が勢いよく開かれた。乱雑に開いた扉からこちらに向かって武器が向けられている。要はそれを見ながら、悠々と部屋を横切って歩き出した。


「被疑者確保! 意識がないようです!」


 そんな声が背中から聞こえてくる。特殊部隊の群れの中を歩いて突っ切る要に、声をかける者もぶつかる者も誰一人としていなかった。


「そうと決まれば、()()()にも相談しないとね」


 要が心なしか早足になる。端末の中のインコが小さく鳴いた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 紬は他の被害者たちより一足先に病院へと担ぎ込まれた。幸いにして紬以外、生徒に大きな被害は出ていないようだ。逃げている途中で例のゾンビに襲われて怪我をした者が数名いる程度で、意識不明に陥ったのは()()()()()()紬だけだった。


 検査室の中にまで入り込むことは出来ず、人志と司狼は扉の前で待機していた。瑠璃は他の無事な生徒より先に警察によって事情聴取を受けている。


「紬ちゃんは不運だった、ってことになりそうだな」


 警察の話を堂々と瑠璃の隣で聞いていた司狼が顎を撫でる。壁にもたれて座り込んでいた人志は顔を上げて司狼を睨んだ。


「今回の事件で積極的に狙われた訳じゃないってことにされたってことだよ。紬ちゃんが被害にあったのは()()()()だった……とはいえ」


 司狼は言葉を切ったが、人志はその続きを正しく予想していた。


「人類解放の会は明確に紬を狙ってる。しかも、今回の件がもみ消されたのをあっちが認識してんなら……余計面倒なことになるな」

「つっても赤城心結は捕まったしな。例のヘルメットの製造には痛手だろ、と思いたいとこだけどなぁ……」


 人志が舌打ちする。心結の性格上、あのプログラムは人類解放の会に開示されていることだろう。自慢げに見せびらかして高説を垂れているのが目に浮かぶようだった。


「あんなバ~カをメインに据えた計画だ。末端も末端の奴らだけだろうな」


 縦にした手のひらをすとん、と反対の手に振り下ろす。トカゲの尻尾たちも次々別の病院に検査のため運び込まれていた。

 骨折している者、無数の打撲傷を負った者、死に体の者。彼らに共通しているのは意識不明のまま目を覚まさないことだけだ。数少ない意識のある者もさほど情報は持っておらず、捜査は難航している。


「あいつらはバグが原因だからいいとして、紬は何で目を覚まさねぇんだ」


 よくはねぇけど、と言葉をぐっと呑み込んだ司狼は扉に目を向けた。いくつかの管に繋がれた彼女は他のバグ被害者と違い、眠っているだけとのことだった。


「今回の件で白貴稲荷神社も関係してることはほぼ確実だが……バグと神社に何の関係があるってんだ?」


 どさくさに紛れて結局持って来てしまった史料をぱらぱらとめくる。小さな神社だが、それなりに歴史が長いらしく地域に根差した神社としてひっそりと栄えてきたとのことだった。


「……蟲封じ?」

「何て?」


 怪訝そうに見上げてくる人志に、いや、と意味のないことを言いつつ該当の(ページ)を開いて見せる。


 白貴稲荷神社の主神は稲荷の神――すなわち狐だ。この狐は子供に憑く蟲が好物とされている。


「子供に憑く蟲?」


 一部を読み上げた人志と司狼の目が合う。何かの暗喩かと二人が思考を巡らせる中、部屋の中で紬がゆっくりと目を開いていた。

死に体の人はあれです、要の実験体。


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