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深刻なバグが発生しました。  作者: 四片紫莉
第二章

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54/111

54 原因、復活

 軽やかに階段を駆け上がっていく司狼は三階へ向かう踊り場の手前で一度足を止めた。そこに明らかに学生ではない姿の男が横たわっているのが見えたからだ。警戒しつつ近づくと、衣擦れと固いものが擦れるような音が聞こえてくる。


「あー……これか」


 思わず呟いた司狼の前で、ゆらりと影が立ち上がった。節々で電気信号が停滞してしまうのか、錆びたブリキの人形じみた動きでこちらに手を伸ばしてくる。

 ぎこちない動きを避けるのは容易いが、司狼は階段を背に立っている。彼が身を躱せばこの男は頭から真っ逆さまに転げ落ちていくだろう。


 アイスブルーの目を細めると、辛うじて首の周りに靄が漂っているのが見て取れた。司狼はそれをじっと見つめる。


「……こっちには来ねぇか」


 認識しているにも関わらずバグが襲ってくることはない。その代わりを務めるかのように、男が向かってくる。動きはたどたどしいものの躊躇いはなく、司狼は舌打ちを落とした。


 片足を軸にくるりと回る。遠心力を携えた踵が男の横っ腹に突き刺さった。壁にぶち当たった男は重力に引かれて一旦床に倒れ込んだが、少し眺めている間にがくがくと膝を震わせながら立ち上がった。

 おぉ、と感心とも呆れともつかない声を漏らした司狼は相変わらず男ではなくバグを観察するように眺めていた。そうして一つ、呟いた。


「よくわかんねぇなぁ」


 ゆらり、陽炎が立ち昇る。手のひらに灯る炎を握り潰すように拳を握ると、司狼は殴りかかろうとしてくる男の腹に膝蹴りを一発見舞った。糸が切れたようにがくんと蹲った男のうなじを見下ろし、白熱する拳を振るう。

 ヂッ、と小さな音が上がる。微かにたんぱく質の焦げる匂いが漂った。


「オッケー、か? あぁうん、動かねぇな。よし!」


 土下座するような体勢で地面に這いつくばる身体を足先でつつく。某ハーフヘルメットの猫を真似て指差し確認し、万一目を覚ました時に落ちないようにと上り階段の方に寄せておいた。


 目的としていた三階に辿り着き、廊下を見渡す。立ち並ぶ教室の中には人の気配が満ちていた。人志の言葉に従って、息を潜めている。司狼が男を小突いていた音は聞こえていただろうが、確かめようと扉を開ける者はない。

 が、廊下の突き当たり。『生徒会室』とプレートが掲げられた部屋の扉が薄く開き、からからと横に滑っていく。


 警戒するように菫色の瞳が辺りを見渡して、ぱちりと一つ瞬きをした。そうしてくるりと丸くなる。


「シロさん?」


 おう、と司狼が片手を掲げて見せる。純恋の表情がパァッと明るくなったのを見て、こちらも薄く笑った。

 ととと、と小動物染みた動きで駆け寄って来たのに、思わず頭に手を置く。ぐりぐりと癖の強い黒髪を撫でれば気持ちよさそうに目を細めていた。


「どうやって中に……って、聞くまでもないか」

「そうだな。今は別行動だが、要も来てる。俺らはこのまま人志たちと合流して虫の方の対処に当たるぞ」


 うん! と元気よく頷いた純恋が自身の端末へと指先を滑らせた。それを追いかけるようにマフィンが画面内を駆け回る。


「ん、オッケー。要さんとシロさんの端末とも連絡取れるようにしたよ」


 パッと顔を上げた純恋の視界が唐突に暗くなった。疑問符を浮かべるより先にふわりと身体が持ち上げられた。

 司狼が力強く床を蹴った衝撃が伝わってくる。強く抱き込まれ、純恋はその広い肩越しの光景をただ見ていた。


 ヘルメットの男が黒い警棒を横一線に薙ぎ払う。前に飛んで避けた司狼は振り向きざまに前蹴りを見舞った。肺の近くに沈み込んだ足裏が骨に響く衝撃を伝えてくる。男は仰向けに倒れながら廊下を背中で滑っていった。

 姫抱きにしていた純恋を抱え直し、仰向けに倒れ込んだ男を足先でひっくり返す。炎を灯した爪先でうなじの辺りの空を蹴れば、バチッと軽い手ごたえが走った。


「ふぅ……」

「びっ……くりしたぁ」


 純恋は思わず司狼の胸板にしがみつきながらそう零した。アレがゾンビかぁ、と司狼に下ろしてもらって倒れた男に近づいていく。

 その後ろをついて歩いていた司狼が不意に眉をひそめた。


「コイツ……?」

「あぁ、やっぱり」


 純恋が腰に下げていた警棒を抜き、伸縮式のそれを振り抜いて展開させる。一歩下がった背が、立ち止まっていた司狼の胸に軽くぶつかった。


 がくがくと痙攣する身体がゆっくりと起き上がってくる。息が荒いのか、ヘルメットの内側が曇っては晴れるを繰り返していた。吐き出した息に混じっていたのか、赤い斑点が散らばっている。


 反射的に前に出ようとした司狼を制し、純恋が男に向かって踏み込んでいく。小さな身体が男の懐に入り込んだかと思うと、真上に振り抜かれた警棒がヘルメットの留め金を破壊する。

 純恋は続けざまに後ろに回り込むと、ヘルメットの後部を跳ね上げるように警棒で打ち据えた。衝撃でヘルメットが脱げて宙を舞う。


 男が倒れるのとけたたましい音を立てて廊下にヘルメットが転がっていくのはほぼ同時だった。


「おぉ……」


 思わず感嘆の声を漏らし、司狼は我に返る。ふぅ、と息を吐いた純恋に駆け寄った。


「大丈夫か?」

「うん! こっちもこれで多分大丈夫、だと思う」


 二人揃って倒れた男を見下ろす。今度こそ動く気配はない。


「これで大丈夫ってのは?」


 爪先で男をつついて尚も確認しつつ司狼が尋ねる。すると、純恋は生徒会室の扉近くまで飛んで行ったヘルメットを回収しに走っていった。


「これなんだけど、ヘルメット同士で独自の簡易ネットワークが構築されるんだ……今みたいな状況でもヘルメット同士は連絡取れるようにしてあるんだろうね」


 ほーん、と投げ渡されたヘルメットを受け取る。ずしりと重いそれを何気なくひっくり返して内側を覗き込んだ。


「で、それが多分さっきのゾンビの原因」

「あぁ! そのネットワークが汚染されてる状態なのか」


 バグを払ってもそのネットワークを介して再びバグが取り付く。ヘルメットを被っている者だけが感染するのも、男が司狼たちの前で再び立ち上がったのもそういうことのようだ。


「人志君が……っていうか、紬がかな? バグが群れてるって話もしてたからその影響かなって」

「なるほどねぇ……ヘルメット取っちまわないと堂々巡りってことか」


 あるいはその群れを何とかするか。そう呟いた司狼に純恋がこくりと頷く。

 そうなると人志たち――特に紬との合流は必須だ。司狼は端末のスリープを解いた。浅葱色の羽が画面を横切っていく。


「アサギ、要と人志に連絡。『純恋と合流した。次ゾンビ見かけたらヘルメット剥げ。後、人志はなるべくその場から動くな』」


 嘴近くに表示されたメッセージアイコンを鷹が甘噛みして画面外へと飛び立っていく。さほど間を置かず帰ってきたアサギは同じような封筒のアイコンを司狼に差し出した。


『ヘルメットの件は了解。今は五階の音楽室にいる。後、紬と紬のダチと一緒にいる』


 何とも簡潔なメッセージが人志の声で再生される。司狼はアイコンをタップしたその指でアサギの羽を繕ってやった。目を細めて喜ぶ鷹に少し笑って端末をスリープにする。


「こりゃ階段にいたヤツも復活してるかもな」


 指差し確認したのに、とぼやく司狼に純恋がくすくすと笑った。

明日の私が頑張るからヨシ!


閲覧ありがとうございます。

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