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深刻なバグが発生しました。  作者: 四片紫莉
第二章

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52/104

52 リビングデッド、到着

 事が起こったのが授業時間だったためか、部活棟に人気はない。早々に近くの渡り廊下へと向かう三人の前には動きの鈍い黒が漂っている。


「ちょっと下がってろ、一掃する」


 言われた通りに人志から距離を取る瑠璃と紬。それを確認すると人志は黒い玉を取り出して指先で弾いた。

 猛スピードで空を進む玉の軌跡が黒を蹴散らして霧散させる。廊下の向こうの壁にぶつかる前に重力を戻せば、床に引っ張られた玉は廊下へと落ちた。


 見晴らしの良くなった廊下を進み、渡り廊下を歩く。渡り廊下の窓もブラインドがかかっていて外の様子はわからない。見慣れた校舎だというのに異世界のようだ。

 本校舎へと続く扉を警戒しながら引く。が、何かが引っかかっているらしく動きが鈍い。人志が体重をかけながら横に引くと、何とか半分ほど開いたが、ガコ、と一つ音がしてそれ以上は動かなかった。扉から顔を出した人志が眉間にしわを寄せる。


「うわ、お前かよ」


 人志の視線の先にはもはや見慣れたフルフェイスヘルメットがあった。扉にもたれかかるように倒れていたらしい彼の件のヘルメットが扉に挟まっている。

 人志はそれを雑に足でのけると、二人にこちらに来るようにと合図を出した。扉から出てきた二人が同じようにうわ、と小さく驚く。


「この人、どうしたの? 動かないけど……」

「気絶してるだけだ、命に別状はねぇよ」


 お前も気をつけろよ、と言いながら更に廊下の端へと追いやっておく。雑……と瑠璃が呟くのが聞こえたが、黙殺した。そもそも人類解放の会に人志が優しくしてやる筋合いもないのだ。


「紬、虫は見えるか?」

「……ううん、今のところいないよ」


 それを聞くと人志は予備の警棒を展開し、緩く振った。バチッ、と静電気が弾けるような音がして、黒い靄が霧散する。階段までの廊下を歩きながらバグを処理していく。瑠璃と紬はその後ろに続いていた。


「……ん?」


 最後尾を歩いていた瑠璃は物音が聞こえた気がして振り返った。静かな廊下は人志のお陰で見晴らしがいい。瑠璃はぱちりと瞬きをした。……渡り廊下へと続く扉が、からからと滑って閉まっていく。

 何となく薄気味悪さを感じてしまった彼女は違和感を知らせようと二人に向き直った。が、それとほぼ同時に腕を掴まれて力強く引っ張られる。


「キャアッ!」


 たたらを踏んだそのかかとの数センチ後ろで、ガツンッと床が鈍い音を立てた。思わず上げた悲鳴が廊下に木霊する。彼女の腕を引っ張っていたのと反対の手で、人志が警棒を振り被るのが見えた。

 その警棒が、ライフルの銃身で彼女を殴ろうとしたフルフェイスヘルメットの男の胴体を捕らえるのも。


「寝たフリか、よッ!」


 叫んだ人志が男の身体を壁に叩きつけるように警棒を振り抜く。純恋と同じく頭は守られているから大丈夫だろうと雑に扱っているが、あばらは確実にヒビが入るか折れたかはしたはずである。

 人志の狙い通り壁にぶつかった身体がずるずると自然の重力に引かれて床に落ちる。ふ、と詰めていた息を吐いた人志が、次の瞬間には息を呑んだ。


「な、んだコイツ……?」


 人志の目の前で、男ががばりと起き上がったのだ。まるで腹を見えない糸で天井から吊り上げられたかのような、不自然な動きだった。

 立ち上がった後も下手な傀儡師が動かしている人形のように覚束ない足取りでこちらへ向かってくる。頭の位置が定まらないのか、一歩進むごとにがくんがくんと揺れていた。ヘルメットのせいで見えない表情は不気味でしかない。


 人志は紬と瑠璃を背に庇いながらじりじりと後退する。幸い男は何故か銃を撃とうとはせず、鈍器として振り回しているだけなので回避はそう難しくはない。動きも酷くカクついていて鈍いので、先程のように不意打ちでもなければ紬と瑠璃(一般人)でも避けられるだろう。


 しかしだからこそ、この状況が異常なのだと突きつけられる。


「これ、もしかして他の奴らも……?」


 人志の最悪の想像を裏付けるようにあちこちから悲鳴が上がるのが聞こえた。ドアや壁を殴るような鈍い音と、ゾンビだの何だのと誰かが泣き叫ぶのも聞こえてくる。


 がくがくと膝を折りながら何かを掴むように手を前に突き出してこちらに迫ってくる様子は確かにゾンビと形容したくもなる。多分、おそらくまだ、生きてはいるはずではあるが。

 フィクションでは頭をぶち抜けば動きを止められるものも多いが、テロリストとは言え気軽にお試しするほど人志の倫理観は死んでいない。ただ、両手足折れば止まるかどうかぐらいは試して見てもいいかもしれない。


「人志君、あの、あれ……」


 考えを実行に移そうとした人志を止めたのは、背後からのか細い声だ。くい、と人志の袖を引いた紬が、震える指でヘルメットの男を指さす。


「あの人の首の後ろ……蜂、が止まってる」


 多分、マイクロチップが埋まってる辺り。それを聞いた人志が見開いた目を凝らせば、確かにその辺りに小さく黒い靄が溜まっているのが見えた。紬によればそれは虫の形をしているらしい。


「バグが人間を操ってんのか……?」


 思い浮かんだ可能性を呟く。男の動きが自分の意志によるものでないのは明白だ。そしてバグはマイクロチップに異常を起こす。

 ならば、試してみるべきは一つである。


 人志は周囲に人気がないのを確認すると、軽く床を蹴った。一瞬で男に肉薄して後ろに回り込む。膝裏に回し蹴りを食らわせれば、男は関節の動きに従って膝を付いた。前のめりに倒れ込んだ男の肩の辺りを踏みつけて床に押し付けると、首の後ろを警棒で薙ぎ払う。

 バチッ、と微かだが確かな手ごたえがあった。同時に踏みつけていた脚に感じていた抵抗が消える。


「……止まった、な」


 人志は動かなくなった男の傍らにしゃがみこんでヘルメットを外した。目は閉じられているが息はしているし、脈もしっかりしている。

 半開きの口から垂れる涎には微かに血が混じっていた。あばらが折れた状態で動いたせいで内臓に傷がついたのかもしれない。


「その人、大丈夫なの?」


 瑠璃が恐る恐る尋ねると、人志は何とも言えない顔をした。怪我をしている上、()()()()()()()()()は正直なところ未知数だ。

 答えあぐねていると、不意に不規則な足音がこちらに向かってくるのに気づいた。廊下の向こうから、何かを引きずるような音も混ざって三人に近づいてくる。


「走るぞ!」


 二人の腕を引き、階段へ向かう。自分と二人にかかる重力を消し、ほとんど飛ぶように階段を駆け上がった。

 目的地である五階まで一気に上ると、人気のない廊下を駆け抜けて音楽室に二人を放り込む。今度は扉を閉め、身体で抑えるように体重をかけてもたれかかった。


 廊下から聞こえてくる足音は疎らで、近づいたり遠ざかったりを繰り返している。取り敢えずこちらのことは見失っているようだった。

 外に意識を割きつつも瑠璃と紬の様子を窺うと、二人とも青い顔をしていた。空中浮遊で酔ったのか、現状に恐怖しているのかはわからないが。


「オイ、大丈夫か?」

「う、うん……」

「人志君は大丈夫?」


 よゆー、といつかも言った言葉を返す。紬が微かに笑った。

死んでないけど、生きてると言えるかと問われるとう~ん


閲覧ありがとうございます。

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