夜明けの空の下で
王宮の崩落から一年。
セントアルティミアの地には、かつての重苦しい空気は消えていた。
「フィリップ、またそんなに険しい顔をして。今日はお祭りの日よ?」
そう声をかけたのは、かつての公爵令嬢「フィリア」――今は新政府の特別顧問として活躍する、エリザだった。彼女は相変わらず優雅に笑い、フィリップに書類の束を押し付ける。
「お姉様……。王都の孤児院の運営予算、これ以上削るのは無理です。街の再建と学校建設で、国庫はもうギリギリでして」
フィリップは、長い髪を後ろで束ねた少年の姿で、溜息を吐いた。かつての「偽装」はもう必要ない。彼は自分の名前で、自分の顔で、この国の未来を築いている。
「ふふ、文句を言うなら、あそこで木陰で昼寝をしている『元聖人』に言ってきなさいな」
エリザが指差した先には、木漏れ日の下で悠々と寝そべるカインド・ピースフルの姿があった。彼は今、肩書きを捨て、名もなき旅人として、この国の守護者であり続けている。
「……あのおっさんは、俺をこき使うだけこき使って、最後は自由人かよ」
フィリップは苦笑しつつも、手にした書類にペンを走らせる。
かつて自分を殺そうとした者も、自分を救ってくれた者も、そして自分を追い詰めた王も、すべてが過去の歴史となった。
「ねえ、フィリップ」
エリザが柔らかな風に吹かれながら、空を見上げた。
「あの頃、あなたが言っていたわよね。『誰もが今日という日を笑って過ごせる国にしたい』って」
フィリップもペンを置き、彼女の隣に並んだ。街の広場からは、孤児たちが歓声を上げて遊ぶ声が聞こえてくる。誰一人としてお腹を空かせていない、誰一人として身分に縛られず、明日を夢見られる世界。
「……ああ。ようやく、少しだけ理想に近づけたかな」
「ええ。とっても素敵よ。……それに、あなたも今の姿の方がずっといいわ。やっと、嘘のない顔になったもの」
フィリップは小さく笑い、胸ポケットに入れたあの銀のペンダントを握った。かつては死を恐れ、身分を隠し、誰かを演じるだけの毎日だった。しかし、今は違う。
自分が何者であるかよりも、何をして生きたか。
その足跡こそが、自分という人間を証明してくれると知ったからだ。
「よし、仕事に戻るか。明日もいい日にするために」
二人は笑顔で、新しく生まれ変わった王都へと歩き出す。
その背中を、かつての「毒」と呼ばれた少年と「公爵令嬢」の幻影が、優しく見守るように光に溶けていった。




