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君の影に。-僕と約束の妹-  作者: メロ
1st.第1話「女の子は、未知で出来ている」
23/35

チャプター3-4

 青二の家を後にしたのは十九時過ぎだった。

「帰るにはまだ早い、か」

 最低でも二十一時を過ぎてから帰りたいので、まだ時間を潰す必要がある。なので、パッと思い付いた時間を潰せるであろう場所──本屋へ行く事にした。


 本屋に着くも、特に欲しい物もなくブラついていると、無意識のうちにコミックコーナーへと足を運んでいた。

「これ今日発売だったんだ……忘れてたな」

 それは好きなマンガ家であるGo・リラ先生の短編集。webで掲載していた読み切りを一冊にまとめたもの。今まで電子書籍でしかなく、紙媒体になったら絶対に買うと楽しみにしていた。なのに、それを忘れていたなんて滑稽だな……。

 ──だが、今買えば問題ない。

 平積みにされた本に手を伸ばすと、隣に居た人と同時に取ってしまった。

「わわ、すす、すみませんっ!」

「いえ、こっちこそ、すみませ……あれ、貴方は」

「白間さんの保護者代理で来ていた……黒川くん」

 偶然にも、その人は都ちゃんの担任の秋房先生だった。この町は狭いとはいえこんなところで会うとは。

「あの時はどうもです。 秋房先生」

「あ、秋房先生っ!? ……えへへ」

 不思議な巡り合わせがあるものだと驚いたのも束の間。何故か、恍惚の笑みを浮かべて、上の空になっている秋房先生。一体、何がそんなに嬉しいんだろうか?

「あの」

「ハぅッ!? す、すみません……同僚以外に秋房先生と呼ばれるのが嬉しくて……つい」

 同僚以外? という事は、普段児童から秋房先生って呼ばれていないのか? 先生なのに?

 いや、穏やかで親しみやすい雰囲気があるから渾名で呼ばれてるとか。それとも、単に学校の外で先生と呼ばれるのが嬉しいって意味なのだろうか。

 そう、あれだ。まだブレイク前の芸人が町を歩いていると『あ、この間おもしろ草で見た』って言われると嬉しい的なやつだ。……うん、絶対に違うな。

「あ、でも、黒川くんは名前で呼んでくれて大丈夫ですよ。 その、何というか、ですね……」

 秋房先生が何を言いづらそうにしているのかは大体察せる。僕は小学校と直接の関係はなく、厳密に言えば部外者と変わらない。なので、わざわざ先生呼びするのもおかしい。

 なら、お言葉に甘えて。

「分かりました、紅羽さん」

「く、くれ……は……」

 下の名前で呼んだ途端、紅羽さんは目を丸くしてフリーズしてしまった。

「あの、どうかしましたか?」

「ハぅッ!? す、すみません……てっきり名字で呼ばれると思っていたので……」

「あ」

 常日頃から下の名前で呼ぶ事が多い(青二や紫)ので、つい紅羽さんと呼んでしまったが、普通下の名前で呼ぶのは気を許し合う仲になってからだよな……。

「す、すみませんっ! 名字で呼んだ方がいいですよねっ! いや、名字で呼ぶべきですよねっ!?」

「い、いえ! 紅羽、紅羽で大丈夫ですっ! わ、私も、真一くんって呼びましゅね……!?」

 いきなり馴れ馴れしく接してしまったのを慌てて詫びると、紅羽さんの方が僕に合わせてくれた。流石は大人、アフターケアが上手い。……違うか。

 とりあえず、盛大に噛んでいたのは気にしないでおこう。

「ところで、真一くんもGo・リラ先生が好きなんですか?」

「えぇ、まぁ。 新作が出る度に買ってます」

「あの! どんなところが好きなんですかっ?」

「え、その、作者の人柄というか、何というか……人間性が好き、で」

「ふわっ、分かります! 分かりますよ!」

 瞳を輝かせ興奮冷めやらぬな紅羽さん。前にも、見た事あるな……これ。

「Go・リラ先生の人柄好きになりますよね! あとがきや作者コメントを見てると先生がどんな人かよく見えますよね! あと、好んで使うセリフでも! 昨今では画力や発想力等の技術面ばかりに目が行きがちですが、やっぱりマンガは人が描くものです! だから、普段の何気ない──」

 常日頃は大人しいのに、好きなものの事になると周りが見えなくなる程、熱くなって、饒舌になる。

「真一くん、聞いてますかっ?」

「はい。 ちゃんと……聞いてます」

 ジトーッとした目つきに、膨らませた頰。体格も、顔立ちも全然違うのに小さな影と重なる。


 ──今の紅羽さんは同じ、なんだ……都ちゃんと。


「真一くん?」

「あれ……すみません。 何か……急に……」

 突然、涙が頬を伝う。何で……何で、僕は、泣いて……。

「目にゴミでも入ったのかな……はははぁ」

「今、お時間ありますか?」

「……あります……」

「なら、少しお話しましょう。 これの事で」

 マンガを片手に、ニッコリと微笑む紅羽さん。僕たちはすぐさま近くの喫茶店へと移動し、マンガ談義に花を咲かせた。紅羽さんとは感性が近いおかげか。ほぼ初対面にも関わらず、話すのがとても楽しくて、あっという間に時間が過ぎていった──


「ごめんなさい。 つい熱くなってしまいました」

「いえ、僕も楽しんでましたから」

 帰り道。紅羽さんの家も同じ方角だったので、途中まで一緒に帰る事に。

「正直、あんなに熱くなるのは意外だなって思いましたよ」

「えへへ、Go・リラ先生の作品には特別な思い入れがありますから」

「……本当に好きなんですね」

「はい」

 恥ずかしそうに頰をかく紅羽さんは無邪気な子どものように見える。いや、実際そうなのかもしれない。誰しも、好きなものに対しては無邪気で、子どもと同じ──真っ直ぐな気持ちで向き合っている。

 それにGo・リラ先生の作品は紅羽さんにとって大切なものでもある。だから、あんなにも熱くなるんだ。周りが見えなくなる程……。


『──あれは……あれだけは、失くしちゃ……』


 分かっている。あのストラップも都ちゃんにとって大切なものなんだ。周りが見えなくなる程に……だから……。

(真一くん。 ……よし)

 しばらく歩くと、紅羽さんと別れる交差点へ着いた。

「今日は、こんな遅くまでお付き合いしていただきありがとうございました」

「そんなお礼を言うのは──っ!」

 紅羽さんがニッコリと微笑む。その笑顔はとても暖かくて、つい言葉を失ってしまった。

「えへへ、ちゃんと言っておきたかったんです」

「……紅羽さん……」

 何故か、その一言に胸が打たれた。

「それじゃあ、私はこれで。 またお話ししましょうね」

「はい。 ぜひ」

 別れの挨拶を交わし、一人で家路を辿る。

 一体、紅羽さんはどこまで知っていたんだろう。それとも、何も知らなかったのか。そんな確かめようのない事ばかり考えていると、あっという間に家に着いていた。

「…………」

 確かめようがない。そう思っていたが、玄関にある泥だらけの小さな靴が答えを教えてくれているような気がした。

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