チャプター2-6
時にリビングは幸せの象徴になる事がある。
「うふふー」
「……ご機嫌だね、母さん」
「あら、やっぱり分かるー?」
「……まぁね、そりゃ」
帰ってくるなり、ずっと幸せオーラ満開でニコニコしているのだから嫌でも分かるし、何があったかも大体察せる。
「今日ねー、繁さんとお風呂入っちゃったー♡」
「……そう、良かったね」
やっぱり、いつも通り父さんと惚気てきたのか。
うちの両親は昔から仲が良く──いや、良過ぎて近所の人がおしどり夫婦といえば黒川さんと口を揃えて言うレベルだ。最早、代名詞になっていると言ってもいい。だが、いつも笑顔が絶えず話しているとか、出かける時はいつも二人一緒とか、スーパーのレジ袋を片方ずつ手に取り二人で持ってて微笑ましいとか、見かけた人が幸せそうな夫婦と感じるくらいで──外では比較的まともだ。
だが、家ではとんでもないイチャラブを披露する。まず、キスは挨拶(息子の前でも)。ベタベタくっつくのは当たり前。やたらとお互いを褒め合うし、寝る時なんて……本当に自重してほしい。そんな両親の唯一の救いはペアルックをしない事ぐらいだ。
ともかく、うちの両親は超がつく程甘々な関係で甘過ぎて『あまーい!』と叫ぶのもバカらしくなる。今みたいに父さんが忙しくなる前は毎日一緒にお風呂に入っていたので、偶に一緒に入れると大喜びするのだ。
「でね、繁さんったらー」
「待って、母さん。 世の中には言わぬが花って素敵な言葉があるんだ」
「私は花より団子派だからいいのよー」
何となく言いたい事は分かるが、それは絶対に間違っている!
「頼むから、僕の血糖値を上げないでよ」
「えぇー、良い話なのにー」
「そんなの関係ないよ」
良い話だろうと両親のイチャラブを聞く息子にかかる負担は果てしなく重い。せめてもの慈悲をいただきたい。
「あのね、シンちゃん。 日本には裸の付き合いって言葉があるのよー?」
「それは精神的な意味合いの言葉だよ」
「細かいことはいいじゃない。 裸なら本音を語り合えるのは一緒よー」
「それはキャベツとレタスぐらい違うよ」
「もう……あ、シンちゃんもやってみれば、きっと分かってくれるわー!」
「……ソウダネ、ウン」
母さんと話して、やや呆れていると、
──ガチャリ。
リビングのドアが開き、パジャマ姿の都ちゃんが入ってきた。
「お風呂上がりました」
「それじゃあ、母さん。 惚気るのも程々にね。 都ちゃんもいるんだから」
「むぅ、はーい」
年甲斐もなく膨れる母さんを横目にリビングを後にして、お風呂場へと向かう。すると、洗面所のドアに手をかけるのと同時に後ろから声をかけられた。
「あの!」
「どうしたの、都ちゃん?」
「……んと…ですね………お、お……にぃ。 お……ぁ、うぅ……おやすみなさいっ!」
「え……うん、おやすみ」
都ちゃんは丁寧にお辞儀をすると慌ただしい様子で階段を駆け上がっていった──と思った次の瞬間。『ひぅんっ』という声とともにガタ、ゴッ、ドンッと血の気が引く音が轟いた。
「み、都ちゃんっ。 今すごい音がしたけど」
「だ、大丈夫! 大丈夫ですっ!」
心配して様子を見に行こうとしたら、それを制止するように都ちゃんとは思えない大声が返ってきた。
「え、でも」
「ほ、本当に大丈夫ですっ!」
また勢いよく階段を駆け上がる音が響く。どうやら急いで部屋に戻ったらしい。
何であんなにも取り乱して……。
「ふふ」
つい笑みが溢れた。
さっきの都ちゃん可愛かったな。耳を真っ赤にして、恥ずかしそうにモジモジして、困ったような瞳は一昔前のチワワのCMよりグッとくるものがあった。これはもう可愛すぎて今すぐにでも絵にしたい気持ちに──ん、絵にしたい?
「……何考えてるんだろ。 まるで、昔の自分に戻ったみたいだ」
そんな事、絶対にあり得ないのに。今の、色を塗れない僕じゃ。
──絶対に。
♪
-都の日記-
4月23日 今日はお兄さんと2人でご飯に行けて良い一日で終わるはずだったのに最後の最後にミスをしてしまいました……。
いつもお世話になっているお兄さんに『お礼をしたいです』って言いたかっただけなのに……恥ずかしがって……ちゃんとお礼したいのに……。
ううん。気を取り直して、明日頑張ります。




