1-5 一話 「花火はお好きですか?」4
「花火はお好きですか?」
空を見上げたまま彼女はそう言った。
「あ・・・・の── 」
彼女は今、なんと言った?
普段なら「YAHOO!!花火なんかよりキミの瞳のほうが好きサ!MY HONEY!!」
ぐらいウィットに富んだ口説き文句の1つでも言える俺が、この時ばかりは
言葉どころか、身動き1つ出来ぬくらいに、ガッツリ持って行かれていた。
水色に赤い和金が描かれた浴衣、肩より少し長いだろう栗色の髪を帯紐と同じ
組紐でポニーテールにしたその姿───、
偶然にも昼間俺が妄想したカノジョ・・・いや、同じ姿に驚いたからじゃない。
彼女を取り巻く空気はまるで、香りさえ漂わせているだけでなく
周囲の温度までもが、全く違っているような神々しさだった。
理想の人なんて、そんな安っぽい言葉で語るには、まったくもって
足りないくらいに俺はすっかり───
「惚れちゃった?」
「・・・はぃ、惚れ── 待て、おいまてお子様。」
「えー!違うの―?真っ赤な顔して茜姉ぇを見つめてたのに―?」
「口あいてたよ?」
しゃがんだまま両腕の頬杖をついて見上げる前髪ぱっつん少女がニシシと笑う
「お嬢ちゃん?100円あげるからネ、向こうで綿菓子でも買ってきなさい」
そう言いながら、Gパンのポケットに無造作に突っ込まれていた
100円硬貨を取り出して小娘の頭の上に置いた。
「チョット!子供扱しないで、ちゃんと高校生だしィ!」
「胸だってちゃんと膨らんでるしィ!!」
教えてあげようお嬢ちゃん、そうやって聞いてもいない主張はな、たいてい
コンプレックスの現れなんだぞ、つまり、残念ながらそのドヤ顔で前に突き出してる
お胸はナイってこった。
「ウソはいけないよおチビさん」
「よろしい、では確認するので見せてみなさ───」
「───イ゛ッ!?」
刹那、下腹部辺りに強衝撃と激痛
「エロ兄ィ!去年の4月からちゃんとコーコーセーだよヘンタイっ!!」
しゃがんだまま、小娘の手は固く握られ、その腕は俺の方に真横にまっすぐ延び
そこには女神に見とれた超絶美男子が立ち尽くしていた。
どことは言わぬが、ちょうどいい高さに。
すばらしい───、これは・・・裏拳
力なくその場に崩れつつも
「お寂しい──胸部の───ほとんど── 中学生── じゃ── ねぇ、かッ」
言ってやらずにはいられまい・・・
そんなやり取りを見ながら、彼女はうちわを口元に寄せて
屈託のない笑顔で笑っていた。
~~~ ~~~ ~~~
高校生活最後の夏の思い出、ひと夏の淡い恋。
毒母、いや美咲さん、あなた様のご助言のおかげで成就いたし候。
「コブ付きだけど・・・」
「ねぇねぇ?今なんか言った?」
「あのね、小童。ニッコリ笑いながら拳を固めるのやめてね。」
花火大会が続く中、俺はこのお子様に、お詫びと称した屋台巡りを
タカられていた。んで───、結局買うんじゃねーかよ綿菓子・・・
でもまぁ女神と知り合えたのはこの小動物のお陰でもあるわけだが・・・
今日、花火を見に来るといった普段の俺から言わせればただの酔狂な行動が
図らずともこんな展開になるとはね。
「コブ付きだけど・・・」
「ねぇねぇ?今なんか言った?」
「あのね、ニッコリ笑いながら肩パンすんなっ───と」
そう言いながら小娘の綿菓子の上半分以上一口にかぶりついてやった。
「あっ・・・」
あっ・・・───、じゃねーよ乙女みたいな声出しやがって
間接キスがどうとか言ったらアレだぞ、アレだ・・
俺も照れちゃうぞ
「んー。綿菓子食ったのひさびさだわー。」
「・・・・・」
頬を染めて乙女な顔してんじゃねーよ、照れちゃうだろ、おませさんめ!
「フフフ、咲夜ちゃんにお兄ちゃんが出来たみたいね。」
「・・・・うん」
茜さん?そういうの照れるんで俺の居ないところでやって下さいね。
この姉妹、宮田 茜さんと宮田ちっちゃい方さんは、川を挟んだ
向こう側の町に住む───
「咲夜ぁ!」
茜さんは春から大学生の───
「咲夜ぁぁ!!」
「うるさい、勝手に人の思考にツッコミ入れてくるな───」
「チューしてその小生意気な口を塞ぐぞ!」
「ッ・・・!!」
「////」
・・・してないし、しないからな?
え、えっと、宮田 茜と宮田 咲夜、川を挟んだ向こう側の
町に住む、大学生と女子高生姉妹、いつも姉妹で行動しているらしく
今日も二人で花火を見に来たらしい。
先週も二人で京都市内まで出向き
呉服屋で今日の浴衣を新調したのだという。
というか、咲夜の方が一方的になついているって感じだな。
懐っこいのは人に好かれるいい性格なのだが───
それはつまり、これから常に小さい方がおじゃま虫と言うわけだ。
「・・・さん」
「まことさん?」
「は、ひゃい!」
「さっき空に向かってスマホかざしてたけど、花火の写真ですか?」
変な声出た、そうだった美咲に送る青春の証拠。花火の写真を撮ろうと
何度もトライしてたんだった。
「うん、露出とかシャッタースピードを色々試してみたけど
やっぱりスマホのカメラじゃうまく撮れないね」
スマホをギャラリーモードにして茜に見せる。
「あぁやっぱり!詳しい人でもダメなんだね、フフッ」
「わたしも試してみたんですけどなんかダメで・・・」
はにかみながら茜も自分の薄紅色のスマホを見せてくれた── くそっ、カワイイな・・・
てー、待てー?
これはもう絶好のチャンスなんじゃねーの?
年頃の男女のマストアイテムであるスマホが二台並んだらそれは
電話番号とSNSのアドレス交換を──って
わかったから、おまえにも見せてやるから腕にぶら下がって
人のスマホ奪おうとしないで小宮田ちゃん・・・
「じゃ後で、これと、んーこれと、この写真送りますんで───」
「ウンありがと、フフやったぁ、冬までの待ち受けにするね!」
どうやら夕方歩きながら何枚か撮ったスナップが気に入ったみたいだ。
と、なんだかんだありつつ、茜と連絡先の交換も自然な流れでしてしまった・・・
下の方から小動物が涙目で水色の子供スマホをオレに突き出してる。
わかったわかったお前にも猫の写真送ってやるからな。
朱に染まった土手が群青になり、花火に染められバラ色に。
でもそんな特別な夏になる期待は長くは続かなかった。
花火大会が佳境に向かい、会場の歓声が次第に大きくなっていく頃
それまでの楽しい出来事が突然暗転する───
堰堤脇の木陰より現れた黒スーツ姿の男たちは、突然茜の肩に手を置いた
「宮田 茜さんですね?ご同行願います。」