第25話:初夏の訪れと、氷水に踊る白き麺
森の緑が、いつの間にかその濃度を増していた。
春の柔らかな萌黄色だった針葉樹の梢は、日ごとに力強い深緑へと色合いを変え、頭上を覆う分厚い天蓋となって陽光を遮っている。
だが、その隙間から零れ落ちてくる日差しは、もはや春のそれではなく、肌をじりじりと焦がすような初夏の鋭い熱気を含んでいた。
木々の間を吹き抜ける風も、朝露の冷たさを残していた早朝とは打って変わり、正午を回る頃には湿り気を帯びたぬるい熱風へと変わる。
「……暑い。あっちの世界もだけど、こっちの森も本格的に夏が近づいてるなぁ」
ログハウスの広いウッドデッキで、真昼は額の汗を木綿の手ぬぐいで拭った。
袖のない薄手のブラウスの上に、祖母の形見の白い割烹着。
風通しの良いナラの厚板の上でさえ、じっとしているだけで首筋にじんわりと汗が滲んでくる。
足元では、純白の毛並みを持つ神獣ベルが、ウッドデッキの最も涼しい日陰を探し当て、板張りの上にぺたりとお腹を密着させて長々と伸びていた。
普段はもふもふと丸まっている子犬サイズの神獣も、この蒸し暑さには敵わないらしい。「ふしゅる……」と短く鼻を鳴らし、涼を求めて薄目を細めている。
「ベルも暑いよね。ちょっと冷たいお水でも飲む?」
真昼が木樽から汲んだ冷たい湧き水を器に入れて差し出すと、ベルは起き上がり、ペチャペチャと美味しそうに喉を鳴らして飲み干した。
その時だった。
――ザッ、ザッ、ガシャン……。
――ズゥゥン……カチャリ……。
森の奥から、普段の軽快な足取りとは程遠い、引きずるような重々しい金属音が響いてきた。
まるで、足枷をつけられた囚人が泥沼を行軍しているかのような、悲壮感すら漂う足音。
ベルが耳をピクリと動かして顔を上げる。
木立の向こうから現れたのは――三つの巨大な鉄の塊だった。
「……あ、あの……みなさん……?」
真昼は思わず息を呑み、目を丸くした。
そこにいたのは、森の定例巡回任務を終えて戻ってきた、シルヴァ辺境警備騎士団の面々――ジークフリート、副官クラウス、そして新米騎士ヨハンの三人だった。
だが、その様子は完全に異常事態だった。
彼らが身に纏っているのは、辺境の危険地帯を警備するための、隙間のない総鉄製の重装甲冑。
直射日光に晒され、熱を帯びた白銀の鉄板は、触れれば火傷しそうなほどの熱気を放っている。
全身から湯気のように立ち上る陽炎。
首筋や手首の隙間からは、まるで滝のように汗が吹き出し、土煙と混ざり合って無残な泥の筋を作っていた。
「……戻、った……ぞ……」
ジークフリートの口から漏れたのは、低く掠れた、今にも消え入りそうな呻きだった。
あの凛々しく威厳に満ちた騎士団長の面影はどこへやら、金糸の髪は汗で額にべったりと張り付き、彫刻のような美貌は熱気で茹で蛸のように真っ赤に上気している。
大剣を地面に突き立て、辛うじて両足で踏ん張っているものの、その膝は生まれたての小鹿のようにプルプルと震えていた。
「だ、団長……私、もう一歩も……足が……前に出ません……っ」
後ろに続く副官クラウスは、兜を脱ぎ捨てて手にしたまま、幽霊のように青白い顔でふらついていた。
生真面目な眼鏡の奥の瞳は焦点が合わず、喉仏が乾ききってヒューヒューと笛のような異音を立てている。
「うぅぅ……暑い……死ぬ……甲冑の中が……蒸し風呂っすよ……っ! 俺、自分が今、肉まんの具になった夢を見てました……っ」
最後尾の新米騎士ヨハンに至っては、ウッドデッキの階段に辿り着いた瞬間、糸の切れた操り人形のようにガシャリと音を立てて前のめりに倒れ込み、ナラの床板に突っ伏して動かなくなってしまった。
「ちょ、ちょっと! みんな大丈夫ですか!? 今、冷たいお水持ってきますから!」
真昼は慌ててテラスから駆け下り、木樽に浮かべておいた柄杓で、冷たい精霊の湧き水をすくい取った。
大きめの木椀に並々と注ぎ、倒れ込む三人の元へと運ぶ。
ジークフリートは震える手甲で椀を受け取ると、こぼすのも構わず、一気に喉へと流し込んだ。
「……ぷはっ……! あ、ありが……とう、真昼……」
「息、整えてください! 甲冑、脱いだ方がいいですよ! そんなの着てたら熱がこもって熱中症になっちゃいます!」
真昼の助言に従い、三人は這うような手つきで、互いの甲冑の留め金を外し合った。
ガシャン、ドサリ、と重たい鉄の防具がウッドデッキに脱ぎ捨てられていく。
現れたのは、汗で肌に張り付いた濃紺のアンダーシャツ。
三人は日陰の丸太ベンチへと崩れ落ち、背もたれに頭を預けて、荒い呼気を繰り返していた。
過酷な森の巡回。
山道を何十キロも歩き回り、魔獣を警戒しながら重い鉄を背負い続ける任務は、この初夏の蒸し暑さの中では拷問に等しい。
「……すまない、真昼。無様な姿を晒した」
ジークフリートは濡れた前髪をかき上げ、自嘲気味に息を吐いた。
「この時期の巡回は……毎年、隊員の半数が脱水で倒れる。……身体を動かさねばならんのは分かっているのだが……内臓が、熱を持っていてな。……何も、喉を通る気がせんのだ」
「私もです……」
クラウスが力なく胸元を押さえる。
「空腹であるはずなのに……胃袋が硬く縮こまって、食べ物を受け付ける気配がありません……。何か固形物を想像するだけで、吐き気が……」
「俺もっす……」
あの大食漢で、白米を三杯も四杯も平らげていたヨハンですら、ベンチに顔を埋めたまま呻いていた。
「美味い肉の匂いを嗅ぎたいのに……今は、油の匂いを想像しただけで胸がムカムカするっす……。冷たい水だけで、腹を満たしたい……」
三人の言葉を聞きながら、真昼は腕を組んで深く考え込んだ。
無理もない。
極度の暑さと脱水症状、そして激しい疲労によって、消化器系の機能が著しく低下しているのだ。
こんな状態の胃袋に、いつものような豚肉のスタミナ炒めや、油滴る唐揚げ、こってりとした豚バラ大根を放り込んだら、それこそ激しい胃痙攣を起こして倒れてしまう。
かといって、水だけで済ませてしまっては、失われた塩分とミネラル、そして活動のためのエネルギーを補給できず、明日の朝には完全に起き上がれなくなるだろう。
(必要なのは……油っこくなくて、さっぱりしていて、噛まなくてもつるんと喉を通るもの。そして、身体の熱を内側から奪ってくれて、塩分とアミノ酸がしっかり補給できる料理……!)
真昼の脳裏に、ある涼やかな食卓の風景が、鮮烈に閃いた。
「……よし! みなさん、そこでそのまま、風に吹かれて待っててください!」
「む……? 真昼、何を……」
「食欲がないなら、食欲がなくても美味しく食べられるものを作ります! ちょっと待っててくださいね!」
真昼は力強く告げると、身を翻してログハウスの奥納戸へ。
首から提げた真鍮の鍵を握りしめ、押し入れゲートをくぐって、現代の古民家の台所へと駆け込んだ。
***
古民家の台所に飛び込んだ真昼は、迷うことなく巨大な冷蔵庫の冷凍室を力いっぱい引き開けた。
冷気の霧が足元に立ち込める中、奥の棚から取り出したのは――緑と白のパッケージが眩しい、業務スーパーの誇る名品『讃岐うどん(冷凍・個包装)』だった。
「やっぱり、夏といえばこれだよね!」
日本の冷凍食品技術の結晶。
打ちたてのうどんを急速冷凍することで、小麦粉のグルテンネットワークを完璧に閉じ込め、茹で戻した瞬間に、手打ちの名店すら凌駕する強靭なコシと滑らかな喉越しを再現する奇跡の食材だ。
真昼は五食入りの大袋を二つ、計十玉を腕いっぱいに抱え込んだ。あの屈強な男たちの胃袋だ、一人二玉や三玉はペロリと平らげるに違いない。
さらに、冷蔵庫の野菜室から、瑞々しい青ネギを丸ごと二束。
棚からは、業務用の大容量『天かす(揚げ玉)』。
そして、根生姜の大きな塊を二つ。
「それから……冷たいお出汁と、氷!」
真昼は昨夜から水出しにしておいた、利尻昆布と本枯節の濃厚な黄金出汁のガラスピッチャーを取り出した。
冷蔵庫でキンキンに冷やされた出汁に、あらかじめ作っておいた『本返し(醤油、みりん、砂糖を熟成させたタレ)』を黄金比率で合わせ、特製の冷たいめんつゆを仕立てる。味見をすると、キリッとした醤油のコクの奥から、冷たさによって研ぎ澄まされた出汁の旨味が舌をキュッと引き締める。
製氷機のボックスからは、透明な四角い氷をステンレスボウルいっぱいにザクザクとすくい取った。
もうひとつ、絶対に欠かせないトッピングがある。
真昼は小鍋を取り出し、古民家の井戸水を沸かした。
火を止め、そこへ冷たい水を一杯加えて温度を七十度前後に落とす。
そこへ、新鮮な生卵を四個、静かに沈めた。
蓋をして、余熱でじっくりと十五分放置する。
白身が固まる温度(約七十五度)と、黄身が固まる温度(約六十五度)の差を利用した、絶妙な『自家製温泉卵』の仕込みだ。黄身はねっとりと半熟に、白身はふるふるとしたゼリー状に仕上がる。
「よし、資材は揃った!」
抱えきれないほどの物資を両手に抱え、真昼は再び押し入れゲートを越えて、異世界のログハウスへと戻った。
***
ログハウスのキッチンでは、バルトが造ってくれた二連かまどの左側の火床に、すでに薪がくべられていた。
真昼は吸気弁を全開にし、薪の炎を一気に紅蓮の強火へと跳ね上げる。
天板の五徳に据え付けたのは、底の深い大鍋。
なみなみと注がれた精霊の湧き水が、かまどの圧倒的な熱量を受けて、グラグラと激しい水飛沫を上げて沸騰し始めた。
「さあ、茹でるよ!」
真昼は凍りついた讃岐うどんの塊を、沸騰する熱湯の中へと惜しげもなく投入した。
ジュワッという音とともに、熱湯の対流に巻き込まれていく白い麺。
冷凍うどんは、すでに一度完璧な状態で茹で上げられているため、長時間の煮込みは不要だ。麺がほぐれ、中心まで熱が通って透き通るような白さを取り戻すまで、わずか一分半から二分。
その間に、薬味を手早く仕上げる。
バルトが研ぎ澄ましてくれた燕三条の三徳包丁を構え、洗った青ネギを小口切りにしていく。
トントントントントン――!
小気味よい音が響き、極薄の鮮やかな緑の輪っかが、まな板の上にこんもりと山を作る。
続いて、皮を剥いた生姜。
陶器のおろし金の上で、円を描くようにリズミカルにすりおろしていく。
すりおろされた瞬間、繊維から飛び散るみずみずしい果汁と、鼻腔を鋭く貫く鮮烈な辛味の薫香。
これだ。この生姜の清涼感こそが、熱気で麻痺した胃腸を内側から目覚めさせる起爆剤になる。
「……時間だ!」
大鍋の中で、うどんがふわりと浮かび上がり、半透明の艶やかな輝きを放ち始めた。
真昼は大きな竹ザルを構え、一気に熱湯ごと麺をあけた。
――ザバァァァッッッ!!
立ち上る熱い湯気を煙突のドラフトが勢いよく吸い込んでいく。
ここからが、冷やしうどんの命を決める最重要工程だった。
真昼は流し台に置いたタライへ麺を移し、まずは木樽から汲んだ冷たい湧き水を一気に注ぎ込んだ。
両手をタライに入れ、麺を拝むようにして優しく揉み洗いする。
熱を素早く逃がすと同時に、表面に浮き出た余分なデンプンのぬめりを洗い落とすのだ。流水が澄んでくるまで、二度、三度と水を替えて洗う。
そして――。
「仕上げは、氷水!」
現代の冷凍庫から運んできた、カチ割りの角氷をタライの中にドサドサと大量に投入した。
氷水の中で、一気に温度が氷点下近くまで急降下する。
――キュウッッッ!
手の中で、麺が目に見えて身をよじり、引き締まっていく感触が伝わってきた。
冷たさに晒された小麦のグルテンが、一瞬にして凝縮し、強靭なコシへと生まれ変わる。
指先を跳ね返すような、力強い弾力。
エッジの効いた四角い断面がピンと立ち、表面はまるで磨き上げられた水晶のように、曇りひとつなく光を乱反射し始めた。
「完璧……! 最高の締まり具合!」
真昼はザルを引き上げ、上下にリズミカルに振って、一滴の水分も残さないよう徹底的に水気を切った。水気が残っていると、せっかくの出汁が薄まってしまうからだ。
盛り付けに入る。
真昼が選んだのは、涼やかな藍色の染付が施された、深めの美濃焼の大鉢。
指先にうどんを絡め、くるりと円を描くようにして、鉢の中央に高く、美しく盛り付ける。白銀の絹糸のように艶めく麺の山。
その頂点に、親指で軽く窪みを作る。
そこへ、お湯から引き上げて冷水で冷やしておいた温泉卵の殻を、パカッと割って落とし入れた。
――ぷるるん。
純白の白身に包まれた、鮮やかな濃い黄金色の黄身が、麺の頂上でフルフルと柔らかく震える。
その周囲を彩る薬味たち。
鮮やかな濃緑の小口切り青ネギをたっぷりと散らし。
黄金色に輝く業務スーパーのサクサク天かすを、惜しげもなく山盛りに添える。
そして、鉢の縁に、すりおろしたばかりの瑞々しい生姜を、こんもりとひとかたまり乗せた。
仕上げに。
冷暗所でキンキンに冷やしておいた、出汁の効いた特製めんつゆ。
真昼は柄杓を持ち上げ、麺の山の裾野に沿って、円を描くように静かに回しかけた。
――トトトト……。
琥珀色の澄んだつゆが、白銀の麺の隙間をすり抜け、鉢の底へと満ちていく。
立ち上ってきたのは――湯気ではない。
氷水で冷やされた器の表面に、細かな水滴がびっしりと結露し、そこからふわりと漂う、ひんやりとした冷気。
そして、昆布と鰹節の研ぎ澄まされた出汁の香りと、生姜の爽快な芳香。
「よしっ……できた! 『ぶっかけ冷やしうどん』!」
真昼は大きなお盆に三つの大鉢を並べ、両手でしっかりと抱えて、ウッドデッキへと足を踏み出した。
***
ウッドデッキの丸太ベンチでは、ジークフリート、クラウス、ヨハンの三人が、依然としてぐったりと項垂れていた。
初夏の風が通り抜けていくものの、身体の芯にこもった熱気は簡単には抜けず、三人の喉からは乾いた吐息が漏れている。
「……真昼様には申し訳ないが……」
クラウスが弱々しく眼鏡を押し上げた。
「いくら真昼様の神業の料理といえど……今の私の胃袋では、温かいものを一口でも飲み込めば、そのまま逆流してしまいそうです……」
「ああ……」
ジークフリートも苦渋に満ちた表情で頷いた。
「好意は痛いほどありがたい。……だが、身体が熱を拒絶している。無理に胃に流し込めば、かえって無礼な結果になりかねん……」
そんな重苦しい絶望の空気が漂うテーブルへ。
カツン、と涼やかな音を立てて、大きなお盆が下ろされた。
「お待たせしました! 熱いのが喉を通らないなら、これならどうですか?」
真昼の明るい声とともに、三人の目の前に、それぞれの大鉢が滑り込んできた。
その瞬間――。
「………………え?」
ジークフリートの青氷の瞳が、止まった。
クラウスが目を丸くし、ヨハンが弾かれたように顔を上げた。
三人の視線が、目の前の鉢へと吸い寄せられたまま、金縛りに遭ったかのように微動だにしなくなった。
そこにあったのは――。
彼らがこれまでの人生で、ただの一度も目にしたことのない『異様な料理』だった。
湯気が、立っていない。
もうもうと立ち上るはずの、熱い湯気。
料理の象徴であり、出来立ての証であるはずの蒸気が、どこにも存在しなかった。
代わりに、藍色の陶器の器の表面には、無数の細かな露がびっしりと宿り、ひんやりとした白い冷気が、ゆらゆらと水面を撫でるように漂っていたのだ。
器の中央に鎮座する、驚くほど太く、真っ白な麺。
その麺は、煮崩れすることなく完璧なエッジを保ち、氷水に洗われたことで、まるで削り出された白銀のように妖艶な光沢を放っている。
底に湛えられた琥珀色のつゆは、濁りひとつなく澄み渡り、表面には油の膜すら浮いていない。
頂点に乗せられた、ふるふると震える柔らかな卵。
鮮やかな緑のネギと、黄金色の揚げ玉。
そして、ツンと角の立った、涼やかな香りを放つ黄色い薬味。
「……な、なんだ……これは……?」
ジークフリートの喉から、掠れた声が漏れた。
恐怖や警戒ではない。
未知の存在に対する、純粋な困惑と驚愕。
異世界の常識において――「冷たい料理」とは、温め直す薪すらない極貧層が啜る冷え切った残飯か、あるいは保存のために塩漬けにされた生気のない冷肉を意味していた。
料理とは、火を噴くかまどから下ろされ、煮えたぎり、湯気を吹き上げているものこそが「正義」であり「馳走」だったのだ。
それなのに。
「……料理から……冷気が、漂っている……?」
クラウスがおずおずと手を伸ばし、鉢の縁に指先を触れさせた。
――ヒヤリッ。
指先を伝って脳髄を貫いたのは、井戸水よりも遥かに冷たい、氷そのものの冷涼な感触。
その瞬間、熱気で朦朧としていたクラウスの頭の奥が、カッと冴え渡った。
「冷たい……! 麺が、汁が……完全に、凍りつくほど冷やされている……!?」
「汁が冷たい……? 麺を、冷やして食うのか……!?」
ヨハンが息を呑み、信じられないものを見るように大鉢を凝視する。
湯気のない静けさ。
だが、そこから漂ってくるのは、決して残飯のような不快な臭気ではなかった。
鼻腔をくすぐったのは――冷たさによって極限まで雑味を削ぎ落とされた、昆布と鰹節の凛とした澄み切った芳香。
そして、初夏の風に乗って届く、生姜の鋭く爽快な清涼感。
その匂いを嗅いだ瞬間、熱気でカラカラに干からび、食べ物を完全に拒絶していたはずの三人の喉仏が――。
――ごくり。
信じられないほど大きな音を立てて、同時に上下したのだった。
「さあ、お箸を持ってください」
真昼は満面の笑みを浮かべ、三人の前に塗り箸を並べた。
「一口食べたら、身体の中の熱がすうっと引いていきますよ。……『ぶっかけ冷やしうどん』、どうぞ召し上がれ!」
初夏の木漏れ日の中、湯気ひとつ立たない白銀の麺を前にして。
異世界の騎士たちにとって未知なる「冷たいご馳走」との、衝撃的な出会いの幕が、静かに上がろうとしていた。




