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囚人食  作者: いもたると


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 そこで話の成り行き上、娘の様子を見に、わざわざ北海道まで行かざるを得ないような雰囲気になったのではないか?

 私に持ってきたのと同じお土産を、きっとテレビ局の人にも、お礼として差し上げたのだろう。


 母は、南南東を向いて、黙々と太巻きを食べ続けていた。

 黙って食べる、と今更言われても、私はとっくに食事時の母との会話が死に絶えている。

 母と話すのは、事務的なことを伝えるときのみだ。

 笑顔もなければ、おいしい、とも言わない。

 はたして本当に、この人の料理はおいしいのだろうか?

 ちょっと不安になってきた。

 それでも、こうして食事をさせてくれるし、家に住まわせてもらってもいるということは、私はこの人に感謝せねばならないのかもしれない。

 お母さん、いつもご飯を食べさせてくれてありがとう。

 あなたの人生のために、私を使ってくれてありがとう。

 私の人生をぶち壊してくれて、ありがとう。


 そんなふうに、すっきり思えるような人間に、私は生まれてこなかった。

 なぜだろう?

 なぜ私は、親に感謝するという、道徳の教科書の一頁目に書いてあることすら、素直に出来ないのだろうか?

 それはきっと、私が食事をせねば生きていけない体に生まれついたからだ。

 人類が、食べなくては生きていけない体に造られているからだ、と思う。

 だから、恵方巻きの中に色々入っている具材のように、思考がすっきりしないのだ。


 食、食、食。

 食とは、何だろう?

 なぜ私は、こんな寒い節分の日に、冷たい太巻きなんかを食べなくてはいけないのだろう?

 どうせなら、もっと温かいものが食べたい。

 温かい、血の通ったものを。

 どうして体を冷やしてまで、こんなものを食べねばならないのだろう?

 考えても答えの出ないまま、恵方巻きはどんどん咀嚼され、私の中に入っていく。

 入ったところで、こんな冷たいものが、人の血や肉になるとは思えない。


 まるで拷問だなあ、と思った。

 昔はこんなものなかった。

 いつか誰かが、新しい拷問を考えついたのだ、これは。


 そうなのだ。

 食事の時間とは、拷問の時間なのだ。

 食とは、親が子供を虐待するためのツールなのだ。

 そういう親がいっぱいいるのが社会だ。


 食、食、食。

 この社会は、猫も杓子も、食に喰い尽くされている。

 食は正義だという価値観に漬け込まれている。

 テレビをつければ、食、食、食。

 食の話題が登場しない日はない。

 真摯に食に取り組んでいる人間は、正義とみなされる。

 この社会は、食という絶対的正義を振り翳して、拷問を実行するという、罪悪感から解放されているのだ。


 食、食、食。

 私を育み、壊したもの。

 人は食に囚われているのだ。

 食がある限り、人は自由になれない。

 この牢獄から出るとき、それは人類が食から解放されたときなのだ。


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