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しかし、何度病院に行き、どんな治療を受けても、私の体調は一向に良くならなかった。
西洋医学でダメだとなると、東洋医学を受診した。
漢方薬を飲まされ、針を打たされ、果ては、よくわからない祈祷まで受けさせられた。
私はといえば、精神は完全に活動することをやめ、肉体だけがゾンビのようにそれらの医院をたらい回しにされていった。
まるで自分が頭の上の斜め後方から、自分を見ているような、奇妙な遊離感があった。
どの医者も、最初のうちは自信満々であったが、一通りの治療を受けても私が回復しないとなると、私の方に何らかの原因があるのだと言い始める始末であった。
それは精神のせいだ、脳に奇妙なクセが付いてしまっているのだ、などと、実にさまざまな理由をつけて、私を罵り、非難した。
自分の治療は間違っていないと、非科学的な方法で自己弁護した。
母は、その度に大いに納得し、医者の言うことにいちいち賛成した。
私は、四面楚歌の状況に置かれ、ますます自分という存在を見失っていった。
結局、とある医者の勧めで、精神科にかかることになった。
実際には、それは勧めというより、何をやっても体調が回復しない私に匙を投げた医者が、精神科に責任転嫁しただけだった。
私は医者というものが、自分の手に負えない患者は全て精神科に回すものだということを、また、彼らにできることは、治療ではなく、理屈を捏ねることなのだということを、このとき知った。
精神科は、他の医者よりはマシだったと思う。
実際には、そこに通ったからとて、何も体調の改善には寄与するところはなかったのだが、一応は医者は病名を付けたのだ。
鬱病。
おそらく、よくわからないが、生命エネルギーが低下し、活動が停滞している者に対しては、押しなべてそういう診断が下るのだろう。
私は便利は言葉で一括りにされ、晴れて病人という認定を公式に受けた。
そのことに母は、ようやく難解な数式が解けたような顔をして、こんなことまで言った。
「菜々ちゃん、良かったわね。やっと診断してもらえたわよ」
何が良かったのか、私にはてんで理解不能だが、とにもかくにも、医者が母にもわかる言葉で喋ってくれたのが、母のような大衆的人間には、嬉しかったのだろう。
私には嬉しいことなど一つもないが、あえて挙げるとすれば、一つだけ言えることがある。
私はこの社会で権威的な地位を占める、医者により、正式に精神病者という認定を受けた。
それにより、大学を休学したことも、実家に戻ってきたことも、体調が優れなくてなかなか家から出られないことも、正当な理由を持つことができるようになったのだ。
すなわち、精神病者という認定を受けることで、私はこの世に居場所を得ているのだ。




