Episode20.1
それから質問を重ねた。
100年前っていうのは本当なのかとか、何で槍を失くしているかとか、偽物はいつ、何故ベルカナに化けているのかとか。
いくらかいい情報は手に入ったが、一番は「100年前」についての話だ。
曰く、私は人間じゃない。
しかし魔族でもない。
得体の知れない生物、それが私。
魔法で体を弄られてるんじゃないのかと思ったが、どうやら違うらしい。
予想外には慣れたのか、他人事のように聞こえるせいか、あまり驚きはなかった。
レイブンも知っているようだったし、案外周知の事実なのかもしれない。
暁が知っている情報にも傾向が見えてきた。
全体の概略は把握しているが、肝心な詳細は知らない。
ベルカナが何をしているのかは知っていても、目的は知らないのがそれだ。
ただ、ヨハネのことは、もしかしたらレイブンやフィアトよりも詳しそうだ。
どうもヨハネは記憶を取り戻す旅の最中に色々話していたらしい。
50年程前、フィアトに稽古をつけていたこと。
そこから数十年放浪していたこと。
少年時代のレイブンと出会い、彼にも剣を教えていたこと。
その後、暁と知り合い記憶を取り戻すために彼の元を離れたこと。
聖戦には参加しなかったこと。
推測だが、それがアタラクシアの言う「逃げた」なのかもしれない。
……そういえば、50年前と言えばフィアトとベルカナにも交流があったんだっけ。
……何を思い出すにもあいつがいるな。
あぁ、でも50年前なら本物のベルカナか。
ただ、ヨハネとベルカナの邂逅は50年前でなく100年前らしい。
記憶を失くしたヨハネが最初に出会ったのがベルカナ、っていうのはやはり気持ち悪い。
向こうもこっちも中身は別人なのに、面だけは同じ人間に100年前から付き纏われている。
本当に気持ち悪い。
どんな因果なのか、その答えはヨハネの前の人格しか知らないだろう。
暁ですら分からないらしい。
……というか、2度目の記憶喪失というのが事態の複雑さに拍車をかけすぎている。
私はどれだけ過去を遡る必要があるのだ。
…………そういえば、なんでヨハネは剣術を指南できるのだろう。
少なくとも私は出来ない……いや、そう思い込んでいるだけなのか?
振れる自信がないだけで、身体は覚えているのかもしれない。
帰ったら検証してみよう。
最後に、どうしてこんなに色々答えてくれるのか聞いた。
暁は「……お師匠様だから、でしょうか。どうしてなんでしょうね、こんなことしたって意味なんて無いのに……」と半ば自問自答のぼやきが返ってきた。
返答が曖昧になったのはこれが初めてだった。
彼も何かを抱えているんだ。
そしてきっと、その答えは聖戦にあるだろう。
友のために命をかけた、立派な人。
その成れの果てがこれ。
後悔のせいか、喪失感なのか、無力感なのか、暁は諦観しているように見える。
暁は自分の意思でここにいる。
曰く、大罪人だから。
処刑されるべきだったと。
淡々とした報告口調は、いつの間にかどこかに消えていた。
レイブンに似ている、感情を殺しきれていない人の声。
余裕が出来たら、聖戦のことを調べてみるのもいいか。
弟子が戦い、尚且つベルカナだって関係していることだ、他人事でもあるまい。
まぁこれくらいか。
知りたいことは聞けた手ごたえがある。
分かっていたことではあるが、結局何かを思い出すことはなかった。
「今日はありがとう。助かったよ」
「……いえ、僕にはこれくらいしか……」
暁の顔が一層曇った。
……なんだかな。
急にこんな態度……聞いてほしいのか?
まぁこっちとしても気になるし……誘いに乗ってやるか。
「ねぇ、友達を守るために戦ったみたいな話を聞いたんだけど、もしかしてここにいることと関係してる?」
「どうしてそれを…………いや、レイブン様が教えたのか。……知る必要はありませんよ、お師匠様には関係のない話ですから」
「……っそ」
知る必要はない……か。
話したくないならそう言えばいいだろう、嫌いな言い方だな。
他人の話は饒舌なくせに、自分のことはまるで話さない。
面倒な男だ。
「私に出来ることがあったら言ってね。出来る限りのお礼はするから」
「…………いえ、お気遣いありがとうございます」
「そっか。じゃあね」
不満はさておき、こうして助けてくれたことには感謝している。
だが、断るのならそれでいい。
もしここに強制的に収監されているのならレイブンに待遇改善を提案してもよかったが、本人が希望しての現状。
そもそも魔法の実験、とやらはここに監禁してもらう為の交換条件らしかった。
どんな心情だったかは知らないが、何があろうと私ならそんなことはしない。
正直暁とは次があるかもわからない。
もう少しヨハネとして接していればもっと話が聞けたかもしれないが……いや、馬鹿だな私も。
成りすましは人の心を弄ぶということ、発想がベルカナと一緒だ。
一時的にヨハネという存在が抜けた穴を満たすことは出来ても、ふとした瞬間に虚しくなるだけだ。
いっそそんなことしない方が健全だ。
…………案外、あいつも誰かを想ってこんなことを……馬鹿馬鹿しい。
俯く暁に背を向け、立ち去ろうとする。
が、レイブンが着いてこないのに気付き、足を止め振り返った。
レイブンは項垂れる暁の頭頂部をじっと見つめている。
そういえば、話したいとか言ってたっけ。
私の番が終わるまで待っていたのか。
居心地の悪い沈黙の後、レイブンはため息をついた。
「君は、死ぬまでこうしているつもりなのか?」
僅かに苛立ちが伺える。
ベルカナを威圧しているときのフィアトみたいだ。
レイブンには似合っていない。
ただ言うことはもっともだ。
自主的にこんなところにいるなんて馬鹿げてる。
外に出ることが危険だというわけでもあるまい。
もしそうなのだとすればレイブンがこう言うはずがない。
……いや、「こうしている」が拘束されている状態を指すとも限らないか。
だったら何なのだろう……独りで項垂れて、自分に罰を与えて本音を封殺する精神性のことだろうか。
暁が言葉を返すのは、レイブンが再びため息をつきかけた時だった。
「…………僕には、ここが丁度いいですから」
……言い方が変わっただけ。
犯罪者だからここにいるのが妥当だと言って自分を拘束しているだけ。
けれどレイブンからしてみれば暁に罪はなくて、だからこそ無意味。
……やっぱり、こんな程度でレイブンがこんな風になるとは思えない。
……聖戦、か。
「それで、彼女のしたことが消えるわけじゃない」
そう言うと、足早にレイブンは部屋から出て行ってしまった。
敵意があるようにしか聞こえない。
……想像の数倍は仲が悪そうだ。
暁も暁だ。
反論する素振りすらない。
……なんだか気持ち悪い。
殻に籠って……率先して自分を傷つけて……上手く言えないな。
暁の生き方にまるで共感できない。
事情を知らないが、印象が良いとはお世辞にも言えない。
「彼女って?」とは聞ける雰囲気でもないな。
私はレイブンになんて声をかけようか考えながら後を追った。




