慶安の血風と「最初の器」
江戸時代初期、慶安の世。
表向きは徳川の治世による泰平が謳歌されていたが、
その土壌は死臭に満ちていた。
関ヶ原から続く戦乱の残り香、
そして容赦なき大飢饉。
地には敗残兵たちの怨嗟が満ち、
空には飢え死にした民の呪いが立ち込めていた。
特に、九州や東北の僻地で起きた
一揆の死者たちが遺した「恨み」は、
物理的な瘴気となって江戸の空をどす黒く染め、
時の将軍の寝所にまで忍び寄った。
「このままでは、怨念が土地を腐らせ、
徳川の天下は土から崩れる」
事態を重く見た幕府は、
伝説的な陰陽師・土御門の一門に、
呪いの隔離を命じた。彼らが辿り着いたのは、
地図にも載らぬ深い霧の底、
日本で最も「気の淀む場所」であった。
そこには、一族全員が異形ゆえに隠れ住む
「九地家」という人々がいた。
彼らは生まれつき他人の「感情」を
物理的な重みとして受け取る異能を有していた。
幕府は彼らに、慈悲という名の残酷な呪いを与えた。
「お前たちに土地と食料を約束しよう。
その代わり、この国すべての
『死に損ないの恨み』を、
お前たちの身体で食い止めろ」
彼らが「九地無」と
呼ばれるようになったのはその時だ。
九つの地獄――
そのどこにも怨念を逃がさず、
一箇所に、つまり「無」へと封じ込め、
現世の排泄物として処理する。
それが彼らの存在意義となった___。




