3、笑顔
更衣室には制汗剤の匂いが漂う。ましろと梨花も中学から使っているという制汗剤を体に塗っていた。
一方で、私は制汗剤など持っておらず、いつもタオルで吹いて終わり。なんなら今日は汗をかいていない。2人が着替え終わるのを待っている間、ふと窓の外に目を向けるとグラウンドが見える。男子は片付けの途中だった。
(こりゃ着替えてる男子と被るなぁ)
となんとも複雑な感情を抱き、誰かがこっちを見ていることに私は気づく。夏弥だ。驚いた私は、思わず窓に背を向けてしまった。しばらくしてまた見ると、夏弥はもうこっちを見ておらず、教室に戻っていく姿だけが見えた。
「陽夏ー、お待たせ行こー」
2人が着替え終わっていた。慌てて私は2人の方へ向かい、更衣室をあとにした。
休み時間ということもあり、ガヤガヤと賑わう廊下。
お菓子を食べる人、友達と話している人、日直の仕事をしている人、席で読書をする人、眠っている人────
走行しているうちに休み時間はあと3分で終わりだった。教室では男子が着替えていて、とても入れそうになかった。
「よっ陽夏どうしたんだよ」
隣のクラスの泰輝が廊下にいる私たちに声をかけてくる。
「見りゃ分かんじゃん。男子、体育終わるの遅かったからまだ着替えてんの」
「こりゃチャイム鳴っちゃうね〜」
「てか次国語だよね?原田じゃん怒られるぅ…」
私たちの会話に泰輝はなにもつっこんでこなかった。
すると、泰輝が私たちのクラスに入っていく。おそらく1番前に座っている泰輝の友達に話しかけに行っているようだ。
「おーい悠太、ましろちゃん見てんぞ?」
泰輝は友達の耳元で何か話している。「あーねぇー」と梨花が反応する。ましろは不思議そうに「え、どゆうこと?」と梨花に問いただす。
「まっ、なんとかしてくれるよ」
ましろと目を合わせ、首を傾げる。
「みんなー!早く着替えて先生待とうぜ〜」
泰輝に何か言われた友達は、普段絶対しないであろう声掛けをする。安心したかのように、泰輝は私たちの教室から出てきた。
そのまま自分の教室へ戻ろうとする泰輝の腕を掴み、目を見る。
「何吹き込んだの?!」
少々小声で泰輝へ聞いた。泰輝はフッと鼻で笑って、教室へ戻った。
(何今の……ちょーーームカつくんですけど!!!)
泰輝への怒りのグッと堪え、ようやく男子が全員着替え終わり、私たちは教室へ入る。
席につくと、隣の席の夏弥がこっちを見ていた。不思議に思った私は夏弥の方へ顔を向け、(ん?)と首を傾げる。夏弥は何も言わず、また窓の方へ顔を向けた。
(えぇなんなんだよー)
私は少し悲しくなった。
そういえば、夏弥とはあれから一切話していなかった。ただ、目が合ったりするだけで、私は目が合う度ドキッとする。
(今日は思い切って話しかけよう……)
そう心に決め、私は授業を受けた。
放課後、私はましろと梨花と3人で教室で時間を潰していた。
「部活さー、なんか入らない?せっかくだしさ」
「って言われても、私はもう運動はしたくないなぁ」
運動神経抜群の2人を前に、私は何故か悔しくなった。…そう、私はもうあの時のように飛べない、動けない、走り回れない。痛めた膝を触る。もし、膝を痛めずあのままバレーができていたらと思うと、涙が溢れそうになる。いつか、歩けなくなってしまう日がくるのではないかと酷い想像ばかりが頭に浮かぶ。
「───、な、──な、────ひーなってば!」
「…え?」
ボーッとしていたのだろう。私の名前を呼ぶ2人の声に、少々驚く。
「ごめん、疲れてるのかなぁ?なに?」
今、私の表情は、きっと作り笑顔だろう。自分でも分かる。いつもは表情筋が痛くなるほど笑うのに、今回はなぜか口角が上がりにくかった。
「あんた、まじで疲れてるんじゃない?」
「確かに。なんか顔が疲れてる」
疲れてるかと言われると確かにに疲れているが、そこまででもない。2人が言うのだから、明らかにいつもの自分ではないと悟った。
「確かに……学校も始まったし、まじで疲れてるのかも(笑)私、先帰るね」
私はゴソゴソと帰る準備をし、椅子から立ち上がる。
「じゃ!また明日ね!」
「「ばいばーい、気をつけてー」」
2人に見送られ、私は教室をあとにした。
下駄箱までの階段を降り、長い廊下を歩きながら私は音の聞こえる方へ、チラッと横目見る。そこには体育館があり、バスケ部とバレー部がコートを2つに分け、部活をしていた。久しぶりに聞くボールの弾く音やシューズのキュッという音。思わず足を止めてしまい、また余計に私の心は締め付けられる。下唇を噛み、少し俯く。
「なにしてるの?」
横から声が聞こえた。
「……な、つや………」
まさかこんなタイミングで会うとは思わず、終始驚きを隠せず、言葉が濁る。
「いつも笑ってるイメージだけど、そんな顔をするんだね」
急に何を言い出すのか。ましろと梨花、そして泰輝にさえも隠してきたことが、今ここで初めて第三者にバレる。
私は、なにも返す言葉が見つからなかった。
少し間が空き、風が吹く音、体育館からのシューズ音、掛け声、それだけが私の耳には鮮明に聞こえる。
「……ねぇ」
夏弥が恐る恐るのような感じで、私に話しかけてくる。
「ん?」
「俺、これから図書室行くんだけど、良かったら一緒に行かない?」
てっきり、なぜ悲しんでいるのかと聞いてくると思った私は、予想外の夏弥からの言葉に固まる。それと同時に、嬉しくなった。
「うん、行く」
私の答えに、夏弥は笑って頷いてくれた。




