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戦闘の果て。

 

 世界が止まった。

 俺が『恩恵(スキル)』を紡いだ時、まず最初にそう感じた。


 暫くして、遅くなったという表現が正しかったと悟る。

 俺の命を奪わんとする刃は少しずつ動いていた。


 ステータスを見る。


 名前 ベリアル

 性別 男

 体力 1500/21120 魔力0/62500

恩恵(スキル)』『鑑定』他


 魔力が0になっていた。

 それだけじゃない、俺の体力は今も減り続けている。


 1400、1300、1200……。


 止まらない。


 ───体力 500/21120


 ───体力 400/21120


 ───体力 300/21120


 ───体力 200/21120


 これで止まらなかったらどうなるんだろう。

 そろそろ怖くなったところで止まった。


 ───体力 87/21120


 瀕死だった。

 でも命と魔力を引き換えに俺は成功した。


超鑑定(ラプラス)』という奇跡を超えた力。


 莫大な魔力と文字通り命を賭した『恩恵(スキル)』。

 三人の包囲網を抜け、突き飛ばした。


 奥山は俺の動きをまだ認識できていない。

 トドメを刺そうとして血を吐いた。


 俺の身体も限界に近かった。

 一瞬、『恩恵(スキル)』が解けた。


 時間が等倍に戻る。

 俺の意識は朦朧としていた。


 ここで倒れれば負けると分かっている。

 なのに身体が動かない。


 動、け……動け、動けッ、動けよォオッ!!


 その時、離島から声が聞こえた。


「ベリアル、さん……生きて」


「アイシャ、さん……」


 彼女の声が聞こえた。

 視界はもう安定しないけれど、俺がアイシャの声を聞き間違えるはずもなかった。確かに俺に「生きて」と伝えた。


 もう、それだけで十分だった。


「奥山……これが最後になるだろう」


 俺は冷静にそう呟いた。

 たった一度の交錯で戦闘が決定づけられる。


「……なにっ、いつの間に動いて、まさかまだ力を隠していたのか!? クソ、アンネの力も借りているというのにっ」


 アンネの魔法は言わば、爆発的な身体強化だ。

 物理限界を超えない限り攻略は不可能。

 魔法がある世界で物理を語るのは些か変だろうが。


超鑑定(ラプラス)』の前では、あらゆる強化も無意味だ。


 奥山はヒステリックな声と共に突撃してくる。

 冷静さを欠いているのは火を見るより明らかだった。


「終わりにしよう」

「ふざけるなァァァァァッッ……!」


 俺は『超鑑定(ラプラス)』を起動する。

 再び体力の減少は始まった。

 奇跡の代償だ。身体が徐々に蝕まれていく。


 奥山の姿が消えた。

『追跡』の効果だ。


 だが遅すぎだ。

 俺は剣を逆手に持って背後に突き刺す。


 肉を断ち切る不快な音がした。

 ぐしゅり……血が吹き出した。


 見ると俺の剣は間違いなく奥山の腹を貫いていた。

 よろよろと奥山はよろめく。


 俺の手から剣が離れた。

 奥山は剣を突き刺したままバランスを崩し───。


 そのまま、マグマへと落ちた。



 奥山が死んだ。



「早く……アイシャを助けなきゃ」

「ごしゅ、じんさまぁ……」


 声を滲ませて、アンネが駆け寄ってくる。

 正直俺は、前に歩くことすら出来なかった。


 肩を貸してもらいながら、離島を目指す。

 だが俺達に待ったをかけたのは奥山の奴隷達だ。


「なんだ、まだやるのか……」

「いやぁ、旦那はあの女を助けるつもりでしょ。でも無駄だ。あの少女は既に死んでいる」


 えっ、と掠れた声で聞き返した。

 頭からつま先まで鋭い衝撃が駆け抜けた。


「そんな。俺は……声を聞いて───」


「奇跡です。元々遅効性の毒を盛ってあって、仮に貴方が勝っても彼女は死ぬはずでした。あの瞬間、意識が戻ったのは……」


「余程旦那に死んで欲しくなかったんだろうね」


 二人は面白いものを見たと言うふうに笑った。

 俺はがくりと膝を折って項垂れた。


 もうどうでも良くなった。

 復讐すべき奥山は死に、アイシャも死んだ。


 俺の手に残った者は誰一人いないのだ。


 奴隷達は俺に敵対するでもなく、初めから赤の他人だったという様に踵を返して歩き始めた。


「お前達はどうするんだ」



「実はね、奴隷にはご主人が死ねば自由になるっていう規則があるのさ。"奥山さん"は死んだんだから晴れてあたし達は自由って訳。まあ仮に彼が勝っても別に良かったんだけど」


 ははは、と俺は壊れた機械のように力なく笑った。

 つまりこの子達も奥山を利用していたということだ。


 奥山の下につけば、アンネのサポートも相まっていずれは世界最強の一角になっていただろう。地位や金、名声等思うがまま。

 そして奥山が死ねば、その分の自由は保証される。


 つまり彼女達にとって、奥山の決闘こそ最大の目標であり、狙いであった。決着が着いた今、最早戦う意味をなくしたのだ。


「だから、好きにするよ」

「では御機嫌よう。アンネさんも」


 エルフの女はにこりと笑って丁寧にお辞儀をした。

 殺し合っていた仲間とは思えなかった。



 □■□



 二人が去った後、俺はアイシャの元に向かった。

 彼女達が言った通り、アイシャは既に事切れていた。


 幸せそうに笑いながら目を瞑っている。

 俺と最後に逢えて嬉しかった、とでも言いたけだ。


 俺の視界がぶれる。

 横たわるアイシャの頬に、涙が零れ落ちた。


 もう、話すことも聞くことも。

 触れ合うことも出来ない。


 彼女がこの世界に稀にいる"善人"で打算なき人生を送っていた。俺が彼女と出会うのは運命とさえ感じた。


 この世界に連れてこられた意味とも思った。


「死んだら……意味ないだろ」


 俺のせいだ。

 俺が巻き込んだせいで、この人は死んだ。


「ご主人様……」


 アンネは俺の背中に覆い被さる。

 灼熱に身が焼ける程の暑さに見舞われているというのに、アンネの体温はほんのりと温かくて安心出来た。


 このまま包まれて、いなくなってしまいたいと願った。


 眼下で沸き立つマグマを見る。

 本当に俺は一人の男を殺してしまった。


 俺の手で、直接人を───殺した。


 俺の両親は詐欺師だった。

 人から金を巻き上げて、生計を立てるクズだ。


 だが、そんなクズでも人殺しはしななった。

 死に追いやることもあったが、直接手を下すことは絶対になかった。俺は今、心底軽蔑した両親よりも悪人になった。


 不可抗力だ、と人は俺を擁護するだろう。

 でも俺は俺自身が許せなかった。


 大切な人も守れず、同郷の人間を殺す悪人。

 なるほど、俺が彼女に相応しくないのも納得だ。



 約束も守れず、俺の心は空っぽだ。


 もう俺は、頑張れないかもしれない。

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