奥山のざまぁ~メインディッシュ~
日本人との殺し合い。
異世界という舞台で繰り広げられる、世界でもトップクラスの戦闘。日本にいた頃のゲーム知識や攻略法を駆使し世界の強者として腕を磨き続けて来た。
俺はぐっと、剣を握った。
人を簡単に殺せるのだと物語るように、その剣はずしりと重たかった。
奥山には、アンネという強大過ぎる力を与えてしまった。
そして彼は、異世界という束縛のなき空間で、自由の良さを知ってしまった。独裁者の如く力を振り翳し、なんの罪もない人を躊躇なく攫う。
俺は許せなかった。
他でもないアイシャを、巻き込んだことが。
周囲のマグマにも劣らない、確固たる闘志。
暑く身体が火照る。全身は汗でびしょびしょだ。
額の汗を拭った。
ズボンで掌を拭いて、グリップを握り直す。
腰を落とし、油断なき構えで相手の出方を伺う。
奥山にはこの戦闘が、楽しそうに見えた。
笑っていた。白い歯を見せて、獰猛な笑みで。
ここからが始まるのは、まるで戦闘ではなく蹂躙だと思っている。
舐めるな。
俺は、俺だけが持つ『鑑定』で奥山を『視る』。
名前 奥山忍
性別 男
体力 25340/25340 魔力52500/52500
『恩恵』『追跡』
魔法『ブースト』
やはり、高い。
そして白精魔法『ブースト』を習得済みだ。
『ブースト』は身体強化を目的とした無属性系統魔法の一種で、使い方によっては身体の一部分の筋力を底上げできる。
白精魔法は、火精魔法や水精魔法のような属性を持たない故に、誰でも使う事が出来る。それを一か月の間で習得まで至ったという事は、その魔法を用いたナニカがあるはずだ。
俺は最大限に警戒する。
「準備はいいか、代行屋」
「ああ。いつでも来い」
「そうか。一撃で沈まぬように祈っておく」
来る。
俺は、禁断の『恩恵』を解放する。
「『先見』ッ!!!」
ケージが持っていた、限定的未来を盗み見る能力。
殊更戦闘においては無類の強さを発揮する。
そして、俺は一秒先を視た。
その結果に俺は言葉を失った。
奥山は、俺の目の前から消えていた。
たった一秒での高速移動。
転移や不可視のいずれでもない場合、考えられるのは一つだ。
「『追跡』」
「ここだっ!」
俺は、剣を背中へと向ける。
瞬間、背後から火花が散り、皮膚が僅かに避けた。
「へえ、初見で防ぐのか」
奥山は見直したと言うように、目を丸めた。
仕切り直しをすべく一旦距離を取る。
「『追跡』の能力は相手の背後に回る能力か」
「ああ。そしてこんなことも出来る」
『先見』の映像に奥山が再び消えた。
今度は余裕をもって後ろに斬撃を置く。
びりびりと手先が痺れる。
全力で振った剣同士が響き合って、特有の金属音を響かせた。
「『追跡』『追跡』『追跡』」
奥山の姿が『先見』に映らなくなった。
すなわち、視界内から永続的に消えた状態。
『追跡』の連続使用……!
「なんだ、その使い方はッ!」
俺は走りながら剣を裁く。
常に背後から攻撃されている為、まともに打ち合えない。
向き直ろうとすれば、すぐに背後を取られる。
これじゃ一生不利対面だ。
「『恩恵』発動……『手刀』ッ」
腕から先の部分が緋色に光る。
皮膚を容易く切り裂く長剣を真っ向から防いだ。
「はは、冗談だろ?」
「まじだ」
「馬鹿げてる」
「お前もだろ?」
再び俺達は距離を取った。
俺もようやくエンジンが付いてきた。
第三ラウンドだ。
「『空撃』」
圧縮した空気弾を放つ『恩恵』。
牽制に放った一撃を奥山は間一髪で避けた。
この技は見えていないはずだ。
それでも避けたのは、奥山に備わった危機察知能力か。
つくづくやりずらい相手だ。
こちらの攻撃パターンが見透かされているみたいだ。
それは勿論、向こうも感じていること。
例えばゲームでAボタンはジャンプかな、という憶測がある。
その近くにダッシュボタンがあるはずという経験がある。
ボス攻略で、溜め技が来たらとりあえず逃げよう。
そんな当たり前の攻略が、今の駆け引きに活きている。
「楽しいな。さっきまで死ぬ程憎かったはずの相手が、こうもやり手だと熱が入るよ。今から死んでしまうのが心底惜しい」
「なら、大人しくアイシャを解放してくれないか」
「それは無理な相談だ。アンネが諦めるには、お前がこの世からいなくなっておく必要がある。僕が真のご主人様になる為の必要なステップなんだ」
「そうか。残念だ」
交渉決裂。
そろそろ遊びは終わりという感覚が芽生えつつあった。
きっと俺はコイツを殺す為に今から全力になる。
この世界の生き方とか、全部忘れて戦いにのめり込む。
冷静に考えられるのは、これが最後かもしれない。
「奥山」
「なんだい?」
「死んでくれ」
「あはは、こっちのセリフさ」
纏う空気が変わった。
単なる遊びじゃ済まなくなる。
ここからは本気で引き返せなくなる。
奏。アンネ。アイシャ。俺は……ッ!!!
初めて人殺しをする。
「うぉおおおおおおォォォ!!!」
「はぁああああああァァッ!!!」
喉が枯れんばかりに吠えた。
理性なき獣の如く、目の前の敵を屠る為に前に出る。
ガキンッッ、これまでで一番の衝撃。
真正面からぶつかりあった。
奥山の双眸に刹那の揺らぎが見えた、
『追跡』をあえて使わない吶喊。
先程までの攻防は全てブラフ、この一撃が本命か。
だがそれは全て『先見』が教えてくれる。
あらゆるフェイントが意味をなさない。
奥山の動揺を誘い、ついに均衡が崩れた。
俺は更に前足を踏み込み、上体を逸らす奥山の頬に傷を作った。
ぽたぽたと雫のように落ちていく血液。
片方の掌で傷口を押さえ、肩で息をしていた。
それでも一瞬の隙も与えず、常にこちらを注視していた。
日本人は痛みに弱い。
痛みが恐怖を誘って勝負がつくと思っていた。
だが、現実はそう甘くなかった。
「不思議かい? 僕はな、いじめられっ子だったから」
蹴るや殴るといった痛みに慣れているから。
嫌な慣れ方だなと少しだけ同情した。
その一因に例のストーカー事件が関与しているのだろうか。
それなら完全に自業自得だが。
「奥山。もう、諦めろ。お前の攻撃は全て見切った」
いくら『追跡』が強くても俺には通用しない。
『先見』で完封できる。
その瞬間俺は見てしまった。
『先見』で俺が倒れ込む姿を。
理由が分からない。
意味が不明だった。
眼前で腕をクロスした。
奥山の何らかの攻撃だと予想したからだ。
だが、違った。
俺の足が竦んだ。
下半身の力が完全に消えうせた。
電池が切れたように、身動きひとつとれない。
奥山は倒れた俺を見て、嗤った。
「決闘、だって?」
その言葉に過度に反応していた理由が分かった。
俺は正直すぎたのだ。
激情に駆られ、状況を深く考える力を喪失させていた。
コツコツコツ、と二つの足音が聞こえてくる。
方向は奥山と真逆、俺の後ろからだ。
どうして、気付かなかったのだろう。
どうして、警戒していなかったのだろう。
そんな今更遅い後悔の念が湧いてくる。
「成功だね、ご主人」
「一回で掛かってくれて良かったです」
獣人と、エルフ。
アイシャを連れ去った張本人。
慌てて太腿を見る。
僅かな熱を帯びたそこには、細い針が刺さっていた。
急いで引き抜くと、一気に痛みが襲ってきた。
毒、それも麻痺毒だ。
そうか。俺はずっと間違えていた。
これは一対一の決闘じゃない。
これは、一対三の……。
「さて、メインディッシュの時間だ」





