奥山との決闘。
はあ、はあとリズミカルに響く息遣い。
灼熱に苛まれて、無限の汗が滴る。
ゆらゆらと揺らめく陽炎、眼下にはマグマが沸き立つ。
ここは、サンフレア火山迷宮。
奥山が昨日向かったはずのシードの迷宮とは別の迷宮だ。
火山の河口へ降りていく様に形成される迷宮で、常に体力と精神力を蝕む暑さと戦いながら戦闘を熟す必要がある。アンネは肌着一枚という何とも大胆な格好で踏破する。
そのうち、全裸になる勢いだった。
汗のせいで服が透けて、下着の一部が丸見えだ。
「何、ご主人様?」
見るな。こっちをそんな無垢な目で見るな。
覗き込むな、近寄るな。
「アイシャはどの辺にいると思う?」
「多分もっと下。隠れてはいないと思う」
下か。少し危険だが、ショートカットしようか。
俺はアンネを抱きかかえる。
えっ、ええっ!? と腕の中でジタバタもがくアンネを無視して、道から全力でダイブする。マグマが差し迫る中、俺は『恩恵』を発動する。
「『跳躍』ッ!!!」
「きゃあああああ!!!」
脚力上昇効果に加え、空中ジャンプを一回出来る。
不可視の板に足を掛けて、近くの道へ飛び乗った。
成功だ。
これで相当下に来れた。
「ご……主人様、嫌い」
「悪かったって」
アンネはすっかり不機嫌だ。
半べそをかいて座り込んでしまった。
所謂、体育座りだ。俺と目を合わせようとしない。
だが、成果はあった。
俺の視線の先、人影が一つあった。
こんな過酷な迷宮の中、一人動かず待つ等、待ち合わせ以外にいない。あるいは、余程のサウナ好きが汗をかきにやって来たか。
俺達の襲来を予見しているなら、顔を見せた方が早い。
奇襲は、無警戒だからこそ刺さるのだ。
俺はアンネを再び抱きかかえる。
「もう一回行くぞ」
「大っ、嫌いぃいい!!」
ぶわっと風が吹く。
景色が下へ下へと降りていく。
徐々に人影の輪郭が鮮明になる。
スタリと降り立った事で、そいつは俺の存在に気が付いた。
「やあ、代行屋。早かったじゃないか」
その男は、俺の隣にいるアンネを見て満足そうに笑った。
迷子になったペットが再び主人の元に帰って来たとでも言うようで、手をこまねいた。アンネは嫌そうに眉を顰め、俺の身体を盾にする。
きゅっと服の裾を握って、息を噤んだ。
「アンネ。僕の元に帰って来い」
「いやっ」
「僕の奴隷だろ!」
「違うっ」
何気ないやり取りだと思った。
だが、その楽観視が思わぬ弊害を引き起こした。
「ああそうか。やはりまだそう言うつもりなのか」
やれやれと奥山は肩を竦めた。
なら最終手段だ、と奥山は彼の背後を指さした。
「見ろ」
俺達が今いる場所とは少し離れた離島。
細長くて、足幅よりはやや大きいかと言える程の地面。
そこに、何やら別の人物が横たわっていた。
ロープか何かで縛られ、固定されている。
それがアイシャだと気付くのに一秒も要しなかった。
「……ッ」
「寝返り一つで首が締まるよう、ロープを首に回している。仮にロープが切れても、マグマへ落ちて原型一つ残らず塵になるさ」
「お前……っ」
「あはは、それが代行屋の本性か。ずっとその顔が見たかった。アンネを独り占めするだけじゃない。周りに女を侍らせて、いい気になりやがって……」
それはお前もだろ、と突っ込むのを抑えた。
寧ろ奥山は奴隷を使って意図的に侍らせている。
俺の周りの女性率が高いのは偶然だ。
「僕はさ、この世界で一番偉くなりたいんだ」
笑うだろ? とへらへらと肩を揺らす。
そして高らかに宣言する。
「僕の言う事は絶対、僕はこの世界の神になるんだってね」
異世界小説の主人公は、絶大な力を手にする。
各地で無双し人望を集め最終的に金や名声を欲しいままにする。
奥山に逆らおうとする人間はいない。
逆らおうと思う事自体が馬鹿馬鹿しくなるような絶対的権力。
その夢において、俺は異端だ。
そうなったらきっと、アイシャという人質が仮にいなかったとしても、俺は奥山を止めに入っただろう。
異世界知識を悪用する人間は、この世界の異物。
すぐにでも摘出しなければならない。
「代行屋。いや、ベリアル。君は邪魔だ。死んでくれ」
「悪いが無理な相談だ」
「そうか。なら、あの女を今すぐ殺すしかないな?」
アイシャを人質に取られている今、下手に手出しは出来ない。
どんな罠が待ち受けているかも分からない。
「今すぐ死ねとは言わない。最後まで君には僕の行く末を見届ける権利があるさ。さてと。まずは、アンネをこちらに寄越せ。言っておくが拒否権はない」
アンネの肩を持つ手に力が入る。
今は奥山の言う通りにする。
アンネは心細そうに手を胸の前で握って奥山の元へ。
「いい子だアンネ。じゃあ暫くその辺で座っててくれ。君の大好きなご主人様をずたずたに引き裂いて殺す様子を目の前で見せてやるから」
「……ひぃっ」
嗚呼、なるほど。
これは見せしめの舞台だ。
俺は奥山に殺される。
その絶対的なシナリオの元、アンネに俺を諦めさせる算段だ。
なら、対処は簡単だ、
その絶対を打ち崩してやればいい。
「奥山。一つ提案してもいいか?」
「何かな。命乞いなら聞いてやってもいいけど?」
「決闘しよう。俺とお前、二人で」
奥山は目を丸くした。
ぶはっと噴き出して笑った。
「君が、僕を……殺す? あははっ、いいねえそれ」
面白い冗談だ、と奥山は腹を抱えてしきりに笑う。
そして次の瞬間、剣を抜いて構えた。
「女を取り合うなら決闘でって事? 単に殺されるよりは、余程華のある死に方じゃないか。決着はいずれかが死ぬまでいいよな」
これは単純な殺し合いだ。
日本人同士の殺し合い、戦いが終わればどちらかが死ぬ。
危険因子は今この瞬間に排除すべきだ。
「ふぅぅ……」
俺は勝てるのだろうか。
奥山は現役の剣士で、俺はギルド職員。
確かに俺の方が『恩恵』の数は多い。
でも既にアンネにすら組み伏せられる程に、パワーバランスの均衡は崩れてしまっている。俺が確実に勝てる保証はなく、その上この過酷な戦場だ。
冷静な判断を奪い、ペースを呑まれれば、俺は死ぬ。
いや、勝つ。勝つ為に俺はここに立っている。
アンネを一瞥した。
大丈夫だと目線で訴えた。
俺も剣を抜く。
横手の間合い、踏み出すのはどちらが先か。
アンネを取り返したい。
アイシャを救い出したい。
その為に今、俺はギルド職員である事をやめる。





