5.雷術弾
パシュッと空気が抜けるような音がして雷術弾が発射筒から飛び出し、艦を飛び越え次々に海面に突き刺さっていく。
海中を自力航走し敵艦に向かう雷術弾は厄介な兵器だ。まず波の影響を受けて真っ直ぐ進ませるのが難しい。また波を避けるため深い位置を進むと敵艦の艦底をくぐってしまうし水圧の問題は無視できない。帝国はそれを解決するために術式を活用した。進行する方位と深度を予め術珠に込めて、それに合わせて後ろにある方向舵と潜舵を操作する術式を組み込むことにより、真っ直ぐと進む雷術弾の生産が可能となった。それが他国からは雷槍と呼ばれる、帝国が誇る3式長射程雷術弾だ。
しかし雷術弾の術式と術珠を調停するのには、熟練した雷術者が必要となる。故にこの3式雷術弾をまともに運用できるのは近衛海軍の雷術者だけで、つまり雷術戦は近衛海軍雷術戦隊のお家芸となったのだ。
春風級には旋回式の3連雷術弾発射筒4基が装備されている。この時代の艦船でこれだけの発射筒を装備している艦はない。帝国海軍は新興国であるが故に主力艦の数において列強に大きく及ばない。故に大口径の艦砲の数は必然的に限られる。そこで帝国海軍は小型艦でも運用可能でしかも大威力な雷術弾を重視している。雷術弾は水中を術式機関を用いて自力航走するので、母艦の大きさは関係がない。ならば一撃必殺の雷術弾を多数発射できればより強力な艦となる。そこに欠点がないわけではない。まず甲板上に爆弾を置いているのだから、被弾で誘爆する危険がある。さらに1本1トンを超える重たい雷術弾を甲板上に置くのだから、必然的に艦の重心が高くなり復元力が低下してしまう。
海中から泡が吹き出し12本の線が描かれていく。
「雷術弾、熱走開始!」
「全弾熱走、正常に航走しています」
雷術弾は扇状に少しずつ広がりながら海中を進んでゆく。雷術弾は命中率を上げるために、扇状に発射するのがセオリーだ。真っ直ぐだと雷術弾の幅が最大でも発射母艦の長さを超えることはなく、それでは狭い範囲にしか命中しない。雷術弾は1本でも大きなダメージを与えられるため、複数の命中は必要がない。敵艦と交錯する地点で雷術弾の間隔が敵艦の幅に広がっていれば、理論上かならず1本は当たることになる。そうすれば雷術弾の数の分の幅が命中域となる。ただしこれは敵艦が長い面、つまり雷術弾の進行方向に垂直な横腹を向けている状態でのみ成立する。こちらを向かれてしまっては、幅が狭すぎて命中は難しくなる。そこは雷術弾調停と射出のタイミングがポイントとなる。
こうして春風は全弾射出した。これが外れたらもはや対抗するのは難しい。野口司令が願いながら雷跡が伸びていくのを眺めていると、敵艦に閃光がきらめいた。数が多い。敵は副砲も撃ち始めたようだ。落雷のような轟音が連続で響く。
「敵の大口径砲は20門。大したものですね」
「壮観だね。しかしこちらの槍も大したものよ」
野口司令がうそぶく。
後方で空気が抜けるような響きが上がる。戦隊全力で雷術弾が48本。これだけの数があれば命中率も中々のものとなる。
左舷に巨大な水柱が上がる。
野口司令は後ろ手に拳を強く握りる。
「それでは悪あがきさせてもらおっか。艦長、回避運動自由。頼むよ」
頭上から海水の雨が降る。全身がずぶ濡れとなり、少しぬめりがある海水が髪を滴り落ちる。手袋で顔を拭いながら言った。
「ねえ副司令、ちょっと整理しようか。我々の任務は何だったかな?」
良野副司令は顔を濡らす海水を気にすることもなく答える。
「もちろん那岐の護衛です」
「そうだね、ならば我々は何をすべきなんだろう?」
「那岐が安全域まで離脱するまで、時間を稼ぐことです」
「いいね。全くその通りだと思うよ。で、現状をどう見ている?」
「導術弾でいくらかは損害を与えられるでしょうが、さすがに全艦撃沈は難しいでしょう。何隻かには逃げられます。翻って我が戦隊は導術射撃を浴びて程なく消滅するでしょう」
良野副司令の率直すぎる物言いに、野口司令は苦笑いしながら答える。
「正直すぎるなぁ。でもこのままならば遠からず、だね」
良野副司令は敵艦を眺めながら淡々と言う。
「導術射撃が厄介すぎます。あと2,3斉射で挟叉されるでしょう」
「敵戦闘艦に対して、我が戦隊が有利な点はなんだろう」
良野副司令の口元が緩む。
「たった一つ。優速であることです。最大戦速ではバシーリー級、イヴァン級共に28ノット。春風級は34ノットです。一杯なら更に出せます」
野口司令も口元を緩める。
「導術射撃はなんとかしたい。我が方が優速。ならばどうすればいいのかな?知ってるよね、副司令」
「戦隊の十八番が雷術弾射出で終わらないことを敵に教えてやりましょう」
「そうしよっか。艦長、次の弾着と同時に面舵。敵艦に接近する」
野口司令は敵艦から放たれる導術波感じながら、新たな命令を下した。
少女近衛軍に所属している女性は、すべからく戦闘に関する術式を行使できる能力を備えている。もちろん戦隊司令である野口津霧枝もそうだ。
彼女は、海軍兵学校を次席で卒業した後に雷術学校に進んだ。それ以来、雷術一筋の軍人生活で、雷術弾の調定術式では右に出るものがいないとされていた。またその真っ直ぐに猪突猛進する性格と、小柄な体格から帝国少女近衛海軍の雷術娘として、本家である帝国海軍でも有名だった。帝国海軍との交流演習で実力も折り紙つきである。
実のところ術は誰にでも使える。誰だって願う事はできるのだから当然だ。ただし、その強弱には個人差がある。脈絡なく任意のタイミングで強く具体的に願うことは、なかなか難しいものだ。
術者とは、その中でより強く願える人間として選抜され、術者教育を受け訓練された者を言う。さらに高等教育を受けた術者は、物体に《願い》を込めることができ、それを術式という。術式はその込められた《願い》を術者の《願い》により起動され、より強化された《願い》とする事ができる。術式を込められた物体は、簡単なものなら術者でなくとも起動できる。例えばライターのような日用品は、一般人でも使用できるように術式が調整されている。
ただ残念なことに戦場で活躍できるほど術者適性のある者は少ない。特に男性の術者は希少で、一般に術者といえば女性だ。特に少女は術者適性が強い。だからこそ追い詰められた軍は、なりふり構わず少女を戦場に送り込んでいるのだ。発足当初は儀礼的な存在であった少女近衛隊が、正規軍としての編成となり戦場に投入されていったのには、そのような止むに止まれぬ経緯があった。もちろん典子内親王殿下のご意向など色々と政治的な話はあれど、「必要だったから」というのは間違いのない事実である。
新たに発砲された敵弾が迫ってくるのが見える。
「連中は間もなく、雷術弾を回避するため回頭するよね。その間は射撃も弱まるでしょ。そのすきに接近し襲撃するよ」
古田艦長が振り返る。
「司令、速力はどうしましょうか?」
野口司令が笑顔を振りまきながら答える。
「もちろん、一杯」
「敵弾着、まーもなーく」
見張員の声が艦橋に響く。
野口が叫ぶ。
「艦長!」
古田艦長が即座に応じる。
「面舵一杯! 前進一杯!」
春風が軋みを上げながら右へ向いていく。弾着の轟音、巨大な水柱が戦隊の周辺に立ち上がる。近い。
「司令、挟叉されました」
「早すぎる。大した技量だね」
その時後方でさらなる轟音が上がる。金属が引き裂かれる不快な音。
「温風、被弾!」
後方の3番艦、温風が黒煙に包まれている。敵護衛艦との戦闘で数発の命中弾を受けて小破しているが、今回のものは決定的だ。戦闘艦の艦砲を浴びて無事でいられる護衛艦は存在しない。風が吹き黒煙が薄まり、艦影が見えてくる。右舷から艦首の甲板がめくれ上がっている。
「温風、中破の模様!」




