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王と妾妃の愛物語  作者: 一乃松可奈
1章 王太子宮
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9話 初夜

(おごそ)かな空気に包まれたの中、ルイトとマリアベルの婚姻式は執り行われた。

王族の婚姻は、聖地にある神殿で至高神に捧げられたお神酒を酌み交わし、神官より祝詞を賜ることで成立する。

祭壇の前に一つの台があった。

腰ほどの高さの台の上には、空の杯が二つ、並んで置かれている。

王国や帝国のような大国の王族の婚姻であれば、聖地エレカンダで教会トップである総主教自らが式を執り行うが、それ以外の国についてはその国に駐在する司祭が代役を務めるのが一般的だ。

スッ。

至高神の像を背に立つ司祭が、無言で片腕を上げる。

と、壁際で控えていた神官の一人が、台の前に進み出た。

トクトクトク。

神官は持っていた陶器の瓶を傾け、空の杯にお神酒を注いでいく。

注ぎ終わると、神官は無言のまま元いた場所に下がった。


「杯を手に」


台を挟んで向き合うように立つ司祭の言葉を受けて、ルイトは目の前の杯に手を伸ばす。

両手を添えて杯を目の高さまで掲げ、中の酒を一口、口に含む。


「では、杯の交換を」


司祭の言葉を合図に、体を横に向ける。

目の前には、白の婚礼衣装に身を包んだマリアベルが、ルイトと同じように胸の高さで杯を持って立っている。

杯を交換し司祭の方に向き直ると、受け取った杯をまた目の高さまで掲げて先ほどと同じ動作を繰り返す。

コト、と台の上に二つの杯が置かれた。


「これを持って、今ここにルイトヴィッヒ=ヴィ=エスタントとマリアベル=ヴィ=オズワルドの婚姻の成立を認めるものとする!」


静寂に満たされた聖堂の中に、司祭の宣言が響き渡った。



◇◇◇◇◇



初夜の介添えと呼ばれる仕事がある。

これは、他国の王族との婚姻が政治的な意味合いを強く持つことから生まれた仕事だ。

昔は本当に同じ部屋の中で両国の従者がそれぞれ立ち会って事がなされるのを確認したらしいが、今では形骸化し、どちらかの従者が続きの間で一晩寝ずに控え、翌日に寝室の様子を見て確認を取るだけでよいこととなった。

今、その控えの間に、アルバはいた。

本来であれば王太子のお目付け役という王太子宮において重役に位置するアルバがここにいる必要はないのだが、わざわざ代わって貰ったのだ。

親心に近いものがあるかもしれない。

幼い頃よりお目付け役として、また教育係として、傍に仕えてきたのだ。

政治的な意味合いが強いとはいえ、正妃を娶るともなると、なかなかに感慨深い物がある。


「……」


コト、と持っていたカップをテーブルに置き、一つ息を吐く。

ここまでくれば何事もないとは思うがそれでも、というのは心配のしすぎだろうか?

心配のしすぎだろう。

既に、婚姻の儀式は滞りなくすんでいる。

少し前には二人一緒に寝所にも入った。

ここにきて、行為を拒否するということはないだろう。

ルイトにはこの婚姻の重要性を耳にタコが出来るほど何度も言い聞かせているし、ルイト自身しっかり理解している。


(それにしても……)


腰掛けた椅子の背もたれに体を預けながら、アルバは思う。

まさか相手の国が同盟の証として直系の姫を渡してくるとは、思いもしなかった。

何を考えているのか。


「……」


目を細め、天井を見上げる。

それだけ今回の同盟を重要視しているのか、それとも他に何らかの思惑があるのか。


(……考えるだけ無駄じゃな)


情報がない今、いくら考えたとて答えは出ない。

アルバは不毛な思考を打ち切った。

窓の外に視線を向ける。

まだ月の位置は高い。

取り敢えず今は、夫婦となったルイトとマリアベルの二人が仲違いをすることなく寝所から出てきてくれることを願うとしよう。



「なんだ、介添えはお前か?」


ふいに声をかけられて、アルバは目を剥いた。

声をした方を見れば、扉を閉めてアルバの方に歩みよって来ようとするルイトの姿があった。

まだ窓の外は暗い。

出てくるには、あまりにも早すぎる。


「で、殿下!?何故、出て来られてるのですか!?王女は!?何か問題でも!?」

「あいつは中だ。問題は何もねぇ」


慌てて問い詰めるアルバに、ルイトは煩わしそうに眉を寄せる。


「なら何故……」


出てきたのか。

続けようとする言葉を遮って、ルイトは平然と告げた。


「やる事は既に済んでいる。その後、どこへ行こうと俺の勝手だろう?」


直接的な表現に過ぎるが、確かに重要なのは既成事実そのものであり、一緒に朝を迎えることではない。

それに、この後ルイトがどこへ行こうとしてるのかも、アルバには予想がついた。

というか、こんな時間にルイトが向かう場所など一つしかない。

だが、だからと言ってそれを容認していいという話にはならない。


「しかし……っ」


何とかルイトを寝所に戻らせようとするアルバに、「それに」とルイトは口角をわざとらしく持ち上げる。


「寝首を()かれては(たま)らんからな」

「ねく……!?」


物騒すぎる物言いに、アルバは仰天した。

何ということを言い出すのか。


「あの女、枕の下に短剣を仕込んでたぞ」

「な――ッ!」


言葉を失った。

身を守るため、女であっても短剣を持つことは許されている。

なので、寝所に短剣を持ち込むこと自体は問題ではない。

そもそもルイトも剣を常に所持しているのだから、お互い様だ。

しかし。

まさか、初夜の夫婦の寝所に――それも枕の下に短剣を仕込むとは。

敵ばかりのこの場所で、並大抵の胆力(たんりょく)で出来ることではない。


「あいつは女狐なんて可愛らしいもんじゃねぇ。アレは――食虫花(しょくちゅうか)だ」


大方、この国を内側から乗っ取るつもりだったのだろう。

あの女は、ルイトを操るつもりで嫁いできてる。

そうでなかったら、あれほどの気位の高い女がこんな田舎小国の王子のとこに来たりするものか。


「俺を手のひらの上で操りたかったんだろが……そうはいくか」


ふん、とルイトは鼻で笑った。

そんなルイトを見てアルバは、何を言っても無駄だ、と悟った。

我が侭で、型破り。

しきたりを大事にする貴族たちとの折り合いは悪いが、平民からの人気は高い。

自由過ぎるのが少々頭に痛いが、それを持ってしてもルイトはアルバにとって自慢の主だ。


(これでもう少し言動に気をつけてさえくれれば――)


何も言うことはない。

そう思うものの、こればかりはない物ねだりと言うしかないのかもしれない。

颯爽(さっそう)と愛しい娘の下に歩いて行くルイトの後ろ姿を見送って、アルバは深く嘆息した。


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