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王と妾妃の愛物語  作者: 一乃松可奈
1章 王太子宮
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8話

扉の前に配置されている扉番が、声を張り上げる。


「オズワルド国、王女マリアベル様。参られました!」

「――通せ」


ルイトの声が室内に響き渡るとともに、正面の扉がゆっくりと内へ開かれた。

開かれた扉の先から、待ち人が室内に足を踏み入れる。

後ろに二人、自国から連れてきたのだろう付き人の女を付き従えて、しっかりとした足取りで近づいてくる。

礼儀通りに目を伏せ、正面の椅子に腰掛けるルイトを視界に入れないように先頭を歩く女を、ルイトはじっと見つめた。

すらりと伸びる腕は染み一つなく、透き通るように白い。

緩やかに波打つ金髪と、それと同色の長い睫毛。

瞳の色は、目を伏せているせいで分からない。

豊かなのに引き締まった肢体は、白い肩を剥き出しにした胸がぎりぎり見えないくらいまで襟ぐりの開いた鮮やかな深紅のドレスに包まれている。

妖艶、その言葉が相応しいだろう美女だった。

一歩進むたび、レースをふんだんに含んだドレスの裾が揺れる。

そのままゆっくりと歩を進め、ルイトの三メートルほど手前で立ち止まると、王女は膝をついて頭を垂れた。

後ろの二人も同様に膝をつく。

それを数段上の位置から見下ろして、ルイトは口を開いた。


「面を上げよ」


その言葉に、王女――マリアベルはゆっくりと顔を上げる。

長い睫毛に縁取られた碧の目が、正面の椅子に座るルイトの姿を映した。

後ろで同じように顔を上げた付き人二人の表情の変化は、とても分かりやすかった。

眉を(ひそ)め、その目には隠そうともしない侮蔑と失望の色が滲んでいる。

それに、ルイトは内心で笑いを漏らす。

オズワルド国の民がエスタント国の民を“田舎の山猿”と蔑んで呼んでいるのを、ルイトは知っていた。

エスタント国は大陸内部にある小国である。

土地はそれなりに豊かで農耕が盛んだが、山や谷が多く、農耕と狩猟以外は特に大した物もない、田舎国だ。

国土も広く、海に面しているために貿易も盛んなオズワルド国とは大きな差がある。

その上、長年仲違いしていることもあり、オズワルド国の民はエスタント国の民を見下している。

こんな、礼儀もなっていない田舎の国の山猿に、自分たちの大切な姫を渡さなくてはいけないなんて。

付き人の二人が、ルイトに対しそう思っているのが見え見えだ。


「オズワルド国が王女、マリアベルでございます」


静かに名乗りを上げたマリアベルの表情は、後ろの二人とは違い平然としている。


「エスタント国第一王子のルイトだ。遠路はるばる、よくぞ参られた」


定型的に言葉を返して、ルイトはマリアベルを見下ろしながら尊大な態度でゆったりと足を組み、肘掛に頬杖をつく。

作法のまるでなっていないルイトの態度に後ろの二人の表情がさらに険しくなったが、マリアベルは平然とした表情のままだ。


「同盟のためとは言え、こんな田舎の小国に嫁ぐなど、お前も貧乏くじを引かされたな?」


言葉遣いをあえて崩し、意地悪く口角を持ち上げてみせる。

不躾とも言えるルイトの言葉。

無礼だと憤るか、(あざけ)るか。


(さぁ、どうでる?)


観察するようなルイトの視線の先で、マリアベルは――。


「貧乏くじなどと。そのような事、思ってもおりませんわ。婚姻を結ぶ方が殿下のような方で嬉しく思います」


艶やかに、微笑んでみせた。

その目に、侮蔑の色はない。

自国よりも下だと見下している国の王子の立場をわきまえぬ傲岸不遜(ごうがんふそん)な振る舞いに、さぞ(はらわた)が煮えくり返っていることだろうに。

内心はともかく、表面上は何の変化も見せないとは、さすがは一国の姫といったところか。

ルイトの目が、気付かれない程度に僅かに細まった。


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