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王と妾妃の愛物語  作者: 一乃松可奈
1章 王太子宮
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7話 対面

王太子宮、謁見の間。

そこに、ルイトと側付き二人の姿があった。


「いよいよですね」


マクベルが感慨深げに呟いた。

彼らがここにいるのは、本日到着するオズワルド国の王女を歓迎するためだ。

少し前に王女の乗る馬車が、王都の一つ手前の町を通過したという連絡を受けたので、もうそろそろ着く頃だろう。

すでに王太子宮の入口ではアルバが王女の出迎えのため、待機している。

リオンは横にいる自分の主に視線を向けた。


「噂通りに、お綺麗な方だといいですよね」


椅子に腰掛けたルイトは、退屈そうに肘掛けの上で頬杖をつく。


「どうせ周りにちやほやされて育った気位の高い面倒な女だろ。そもそも美しかろうがそうじゃなかろうが、どうでもいい。――が」


言葉を切り、ルイトは横で控える二人を見やる。


「見た目に騙されて骨抜きにされたあげく妙な肩入れして、シシルに危害を加える――なんてバカな真似だけはするなよ?」

「な……!何言ってるんですか、殿下!?」


唐突に言われた忠告に、リオンとマクベルは目を剥いた。


「というか、どれだけ信用ないんですか、俺ら」


少しは信用してほしい。

リオンは少し大げさに肩を落とす。


「恋は人を変えるからな。何があったって不思議じゃねぇだろ」

「何か、殿下が言われると説得力ありますね……」


苦笑を漏らしたマクベルを、ルイトは鼻で笑った。


「実際、身を持って体感してるからな」


遠くを見つめるように、ルイトが言う。

何かを思い出しているのだろうか。

その表情は、先ほどまでに比べて柔らかい。


「まだ殿下のように本気の恋というものをしたことがないので、信用してもらうことは出来ないのかもしれませんが」


そう前置きして、マクベルはルイトの座る椅子に体ごと向き直る。

遠くを見るようだったルイトが黙ってマクベルに顔を向け、その漆黒の瞳で彼を見据えた。


「それでもあえて断言させていただきます。これからどのような事がございましても、私の殿下に捧げた忠誠は変わりませんし、シシル様に危害を加えることはいたしません」


真っ直ぐにルイトの目を見返し、マクベルは断言した。


「俺も同じです」


マクベルの隣りにいたリオンも、彼の言葉に追従する。

二人とも、その目に強い意思の光が宿っている。

ルイトは喉をクッと鳴らした。


「そうか。お前らの忠誠、確かに受け取った」


ここまではっきりと断言したのだ。

これから来る王女がどのような女狐であれ、彼らがシシルに危害を加えることはないだろう。

その事実に満足して、ルイトは口角を持ち上げた。

と、そこへ王太子宮の入り口へ王女を出迎えに行かせていたアルバが戻ってきた。


「王女様方がご到着されました。まもなくこちらへいらっしゃいますよ……って、」


王女の来訪を伝えるために王女たちへの対応をその場にいたメイド長に任せて一足先に戻ってきたアルバは、正面の椅子に腰掛けるルイトを視界におさめ――、くらりと目眩を覚えた。


「殿下!?何て格好してるんですか!先ほど渡した正装は!?」


ルイトが今着ている服は平民の衣服ほどではないものの、飾りは最低限に抑えられた、とても簡素な衣服だ。

生地の素材がいいので平民の服と思われることはないだろうが、それでも王太子の着る服としては些か見栄えに欠ける。

しかも今から自国よりも上位の、それも正妃として娶ろうとする王女を歓迎する者の服装としては、とても適当とは言えそうもなかった。


「あんなゴテゴテした服着てられるか。別に汚れてるわけでもないんだ、これで構わねぇだろ」


血相を変えて詰め寄るアルバに、ルイトは何でもないことのように平然と切り替す。


「ですが……っ」

「見てくれ飾ったって、中身が変わるわけじゃねぇ。どう足掻(あが)こうと俺は俺だ」


堂々と言い切るルイトは、まさしく国を背負って立つ人間の風格を放っている。

確かに見た目をどれだけ飾り立てようと、中身がないのでは意味がない。

それは正論だ。

だが――。

横に控える側付きの二人に視線を移せば、二人とも諦めたように首を振った。

アルバは自分を落ち着けるように、息を吐いた。


「ですが、殿下。今、この国には王女と一緒に今回の同盟のためのあちらからの使者もいらっしゃってるのです。そのような格好をしていては、我が国が侮られることになりかねません!」


同盟のためにやってくる使者の方は国王たちが対応するので、今すぐにルイトが対面するということはないが、それでも数日はこの国に滞在するのだ。

もし可笑しな対応をすれば、それが王女側からどのように使者に伝えられてしまうか、分かったものではない。


「いーじゃねぇか」

「殿下……?」


事の重大さを分かっていないようなルイトの軽い返しに、アルバは(いぶか)しげに眉を寄せた。

同盟国から侮られることの、何がいいというのだろう?


「同盟を結ぶと言っても所詮は敵国。手の内をさらけ出すのも馬鹿くせぇ。向こうがこっちを勝手に侮ってくれるなら、侮っておいてもらった方が楽じゃねぇか」


それに、とルイトは続ける。


「今更、着替えてる時間もねぇだろ」


にやり、と笑うルイトに、アルバはハッとした。


「まさか、それが狙いで……!」


わざわざアルバに王女の出迎えを任せたのか。


「ほら、もう来るんじゃねぇか?」


詰め寄ろうとするアルバを遮って、ルイトは入口の扉を顎で指す。


「っ、ああ、もう!じゃあ、せめて、しっかりと対応してくださいよ!?」

「ああ、分かってる。――さて、どんな女狐が来るか」

「殿下!」


分かってない。

この人は、絶対分かってない。

楽しげに口端を持ち上げるルイトに、アルバは一抹どころではない不安を覚えた。


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