表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王と妾妃の愛物語  作者: 一乃松可奈
1章 王太子宮
10/26

10話

ルイトの存在に気付き、扉をノックしようとした騎士を手で遮る。


「いい、起こすな」


元の姿勢に戻った騎士を横目に、ルイトはそっと扉を押し開ける。

部屋に入ると、シシルが窓の傍にいるのが目に入った。

窓際まで移動させた椅子に座って、空を見上げている。


「……起きていたのか」


声をかけると、一瞬の空白の後、ハッと勢いよくシシルは振り向いた。


「殿下!」


いるはずのない存在に、シシルの目が大きく見開かれる。


「どうしてこちらに?今夜は正妃となられたマリアベル様との初夜のはずでは――」


立ち上がり、シシルは不思議そうに首を傾げた。


「初夜は既にすんだ。だから来たんだ」


近寄って来ようとするシシルを目で制して、大股に部屋の中を進み、窓際にいるシシルの下にたどり着く。


「え?……!まさか!マリアベル様を残してこちらに来られたのですか!?」

「そうだが?」


それがどうした、と平然と返すルイトに、シシルは蒼白になった。


「早くお戻りください!」


手を伸ばし、ルイトの指がシシルの頬に触れる寸前、シシルが叫んだ。

初夜が終わったばかりの王女を一人部屋に残し、彼女以外の女の下を訪れる。

いくら同盟のための望まぬ婚姻とはいえ、それはあんまりだ。

色を失くし、眉尻を下げて詰め寄るシシルに、ルイトは眉を寄せる。


「嫌だ。今夜は戻らん」


不機嫌そうにルイトは言い切った。


「ルイト様……っ」


どうしたら、分かってもらえるのだろう?

思わず泣きそうになったシシルを、ルイトが見据えた。


「なぁ、シシル。お前は本当に、俺に戻って欲しいのか?」

「――っ」


問われ、シシルは言葉に詰まった。

答えられなかった。

ああ、こういう時、幼馴染みというものは厄介だ。

シシルは、自分の顔が歪むのが分かった。

隠したいと思っている感情でさえ、見透かされてしまう。


「どうなんだ?」


重ねて、ルイトが問いかけてくる。

でも、そのルイトの表情はシシルに答えを求めている表情ではない。


「……」


答えられない。

それが、答えだった。

この国や正妃であるマリアベルのことを思うなら、決して喜んではいけないことなのに。

結婚初夜という大切な日にも関わらず、ルイトがシシルの下に来てくれたことに、シシルの心は喜びを感じている。

心を偽って言った言葉に、説得力などあるはずもない。


「今夜はここで寝る」


揺れるシシルの瞳を見下ろして、ルイトが言った。

おそらく、これ以上何を言ったところで、ルイトは譲らない。

納得など、してくれるはずもない。

本当は、このままここにいて欲しいと。

そう思ってしまっているシシルの心を、見透かしているから。

でも。

それを受け入れてはいけないのだ。

同盟のための望まぬ婚姻であったことは分かっている。

だが、同盟を結んだ以上、オズワルド国とはこれから関わりが増えるのは確実だ。

正妃となったマリアベルとも仲良くしておく方がいいに決まっている。

今は恋愛感情を抱いてないとしても、これから育むことは出来る。

幸い、マリアベルは美しい女性だと聞く。

この先、ルイトが彼女を愛する可能性は低くないだろう。

ギュッと胸を締め付けられるような痛みを感じるが、無視してシシルは口を開いた。


「正妃は、マリアベル様です……。大切になさってください」


僅かに視線を落とし、ルイトと目を合わさないようにしながら、シシルは思う。

シシルは美姫ではない。

かと言って、醜女(しこめ)というわけでもなく、年相応に可愛らしい顔立ちをしてはいるものの、美人か、と聞かれると首を傾げるレベルでしかない。

美しいと持て(はや)される同盟国の王女と、平凡な容姿の何の後ろ盾もない平民の女。

どちらがいいかなんて、比べるべくもなく分かりきっている。


「良かったではありませんか。マリアベル様はとてもお綺麗な方なのでしょう?」

「……本気で言っているのか?」


低く、感情を押し殺したような声に、シシルはハッと顔を上げた。

ルイトの漆黒の目が、真っ直ぐにシシルを射抜く。


「っ」


その目には、隠しきれない怒りの色が滲んでいる。


「申し訳ありません。バカなことを申しました……」


ルイトの視線から逃れるように、シシルは目を伏せた。


「シシル。よく聞け」


シシルの両頬にルイトの手が添えられる。

加えられた手の力に促されるように顔を上げると、目の前に真剣な表情をしたルイトがいる。


「この世のどんな美姫より、俺はシシルがいいんだ。それを忘れるな」


もうそれ以上、彼の思いを拒否することは出来なかった。


「はい……」


言い聞かせるようなその言葉に頷いて、シシルは降りてくる唇を受け入れた。

何度か角度を変えて啄まれた後、名残惜しそうに離れた唇に、シシルはそっと瞼を上げた。

鼻先が触れ合いそうな距離で、二人の視線が絡まる。

出会った頃、まだ幼かった少年はあっという間に成長した。


「愛してる……」


いつしか低くなっていた声は、もう大人の男性の声で。

耳元で囁かれるたびに、シシルの脳髄に甘い痺れが走る。

抱きつくように、シシルはルイトの首に両腕を回した。


「私も……、愛しています」


膝裏に片腕を差し入れられて、抱え上げられる。

そのまま寝室へと運ばれながら、シシルは窓を見た。

窓越しに見た空には、綺麗な上弦の月が浮かんでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ