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第9巻:如月令嬢は『銀のおたまが凍る洋館を温めない』(上)  作者: アリス・リゼル


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第2話『晩餐』 ~section2:狂気の日本風大浴場と、岩に潜む残骸~

 白々とした濃密な湯煙が、ヴィクトリア朝様式の高い天井に向かってゆっくりと立ち昇っていく。

 エイミー夫人自慢の『日本風大浴場』――その女湯の空間は、莫大な資産をつぎ込んだ本物の西洋建築と、極東の文化に対する甚だしい誤解が激しく衝突し、見事なまでの不協和音を奏でていた。


 本来であれば壮麗なローマ風呂のように設えられていたであろう白大理石の巨大な浴槽。その周囲には、東洋からわざわざ取り寄せた極太の高級真竹が張り巡らされている。そして極めつけは壁面だ。数十万個という極小の高級ヴェネツィアン・グラスのモザイクタイルを緻密に貼り合わせ、壁一面に『巨大な錦鯉に跨り、日本刀を振りかざす花魁(おいらん)』が描かれているのである。しかもその背景には、ネオンピンクに輝く奇怪な桜が咲き乱れていた。コストの掛け方とデザインの方向性が完全に乖離した、狂気のフュージョン空間である。


 しかし、その絶望的にトンチキで豪華絢爛な空間にあっても、たっぷりと張られた湯に身を沈める三人の少女たちが放つ生身の美しさは、一切の背景ノイズを許さないほどの圧倒的な引力を持っていた。


「わぁーっ! すっごく広いお風呂! お湯加減もちょうどよくて、すっごく気持ちいいー!」


 佐伯が、豊かな湯を両手で掬い上げながら無邪気な歓声を上げた。

 湯煙越しに見える彼女の肢体は、同年代の女子から見ても驚愕に値するほどの、無防備で暴力的なまでの豊満さを誇っていた。湯の表面でたゆたう規格外の双眸は、水の浮力をもってしてもその圧倒的な質量を隠しきれず、彼女が腕を動かすたびにこぼれ落ちそうなほどの危うい揺れを描いている。真っ白な肌は湯の熱でほんのりと艶やかな桜色に上気し、深い谷間へと滴り落ちる水滴が、彼女の計算のない無自覚な色香をさらに際立たせていた。


「ほんと、大理石とかタイルとか、素材だけは無駄に超一級品よね。でもこの壁のモザイク画、マジでなんなの? 鯉に乗った花魁が刀振り回してるとか、完全に日本のイメージがバグってるでしょ」


 鳴海が、壁の惨状に呆れたような視線を向けながら、ざばりと湯船から半身を乗り出した。

 陸上部で極限まで鍛え上げられた彼女の肉体は、佐伯の柔らかく甘いプロポーションとは対極にある、引き締まったしなやかなアスリートの機能美に溢れていた。一切の無駄な脂肪を削ぎ落とした腹部には見事な縦の筋が入り、お湯を弾くハリのある褐色の肌が、濡れた照明を反射してしっとりとした健康的な色気を放っている。


 そして、その二人の喧騒から少し離れた浴槽の隅。

 如月瑠璃は、一段高くなっている水中のステップに腰を下ろし、白大理石の縁に両腕を乗せて、目を閉じて静かに湯の熱を堪能していた。

 彼女の肌は、佐伯や鳴海とは全く異なる、まるで極上の陶器(ポーセリン)のように透き通るような白さだった。湯の屈折を通して揺らめくその肢体は、細く華奢でありながらも、女性特有の滑らかな曲線を余すところなく描き出している。小ぶりだが完璧な形をした胸元の膨らみが、静かな呼吸のたびに湯の表面を艶かしく上下していた。

 普段は冷徹で隙のない彼女だが、この時ばかりは湯の熱に絆され、全身の力が抜けきっている。長く豊かな漆黒の髪は、綺麗にまとめられて頭頂部で結い上げられているが、後れ毛の数本が、ほっそりとした白いうなじに濡れて張り付いていた。鎖骨のくぼみに溜まったお湯が照明を反射してきらめき、ほんのりと開いた桜色の唇から、微かな、しかし酷く熱を帯びた吐息が漏れる。それは、彼女の知性という鎧が物理的に溶け落ちた瞬間にだけ現れる、息を呑むほどに蠱惑的で、無防備な色香だった。


「あー、もう! 如月さんってば、お風呂に入ってる時までそんなに静かにしてるの? もっと楽しもうよー!」


 突然、ザバァッと背後の湯を大きく掻き分ける音がしたかと思うと、佐伯が背後から瑠璃の華奢な背中に覆い被さるように抱きついた。


「む……」


 瑠璃の形の良い眉が、不快そうに微かに寄せられる。


「わぁ……如月さんのお肌、すっごくすべすべー! なにこれ、本当に最高級の大理石みたい! うらやましいなぁ」


 佐伯の規格外の豊満な胸部が、背中を向けていた瑠璃の華奢な肩甲骨に容赦なく押し付けられる。その圧倒的な柔らかさと質量がむにゅりと形を変え、お湯の滑らかさと相まって、瑠璃の濡れた素肌に吸い付くように密着した。佐伯は素肌同士が擦れ合う生々しい感触を全く気にする様子もなく、瑠璃の肩に自分の頬を擦り寄せながら、恍惚とした声を弾ませている。


「……離れよ、佐伯。人間の体温は平均して摂氏三十六度前後。お主のその過剰な皮下脂肪という断熱材のせいで、わしの背中の皮膚表面温度が局所的に急上昇し、発汗のメカニズムに不必要なノイズが生じておる。濡れた皮膚同士の物理的な密着面積に比例して、熱伝導の不快指数が跳ね上がるのじゃ。鬱陶しい」


 瑠璃は目を開き、アメジストのような紫の瞳で背後の佐伯を肩越しに冷ややかに見据えながら、自らの背中に押し付けられている『極上の熱源と質量』を物理学的に切り捨てた。しかし、天然の極みである佐伯には、その論理的な拒絶の言葉は全く効果を持たなかった。


「えへへー、如月さんってば照れ屋さんなんだから! 鳴海さんも触ってみてよ、濡れてるともっとすべすべだよ!」


「いや、私は遠慮しとくわ。如月さんにガチで殺されそうだし」


 鳴海は苦笑しながら、自分の引き締まった腹筋をお湯の中で手のひらで軽く叩いた。


「それにしても、佐伯のそのボリュームも反則だよね。お湯の中だと浮力でさらにとんでもないことになってるし。私なんて、走るために脂肪を削りすぎたから、もう色気もクソもないわ」


「そんなことないよ! 鳴海さんの腹筋、すっごくかっこいい! ちょっとツンツンしてもいい?」


 佐伯は瑠璃の背中から名残惜しそうに離れると、今度は鳴海の方へとざぶざぶと移動し、彼女の濡れた腹筋を遠慮なく指でつつき始めた。「わっ、硬い! すごーい!」という佐伯の無邪気な声と、素肌が擦れ、お湯が弾ける艶かしい水音が、浴場内に響き渡る。


 瑠璃は小さく息を吐き、再び大理石の縁に腕を乗せて静寂を取り戻そうとした。女子特有の過剰なスキンシップという情動的コミュニケーションは、彼女にとって完全に理解の外にある不合理な現象でしかなかった。


「……ねえ、如月さん」


 ふと、鳴海が真剣なトーンで声をかけてきた。佐伯の指先攻撃を躱しながら、彼女は瑠璃の横顔を真っ直ぐに見つめている。


「あんたさ、朔……サクタロウだっけ。あいつといつも一緒にいるじゃない? 飛行機の中でも、バスの中でも、ずっと隣に座っててさ」


 鳴海のその言葉に、瑠璃は表情一つ変えずに彼女の次の言葉を待った。


「ぶっちゃけ、あいつと付き合ってんの?」


 直球すぎる質問が、大浴場の湯煙を切り裂いて放たれた。佐伯も「えっ!?」と目を丸くして、興味津々な顔で瑠璃を見つめている。

 普通の女子高生であれば、顔を赤らめるか、慌てて否定するか、あるいは言葉を濁すような場面だろう。しかし、如月瑠璃の思考回路に、そのような『普通の反応』は一切プログラミングされていない。


「……愚問じゃな」


 瑠璃は湯船の縁に細い腕を乗せたまま、お湯の波紋を見つめて極めて平坦な声で即答した。


「付き合う、とは、男女間の生殖本能に基づいた恋愛感情や、相互依存的な関係性を指す言葉であろう? ならば、答えは明確に否じゃ。あれはわしの手足となる下僕、あるいは外界との不必要なノイズキャンセリングを果たす有能な『工具』に過ぎぬ。お主らは、長年使い込んだ手馴染みの良いドライバーやペンチに対して、雌雄の別を意識し、あまつさえ恋愛感情を抱く職人がおると思うか? そこにあるのは、機能に対する純粋な評価のみじゃ」


「え、工具……?」


 鳴海が面食らったように言葉を返す。


 瑠璃の冷徹で、あまりにも論理的な例え話による完全否定。

 そこには照れ隠しや強がりといった感情の裏面は一切なく、対象のルーツを解明するためのパーツとして彼を重宝しているという、絶対的な事実の提示だけがあった。


「う、うーん……朔のこと、完全にドライバー扱いなのね。なんか、あいつがちょっと可哀想になってきたかも」


 鳴海は引き攣った笑いを浮かべ、佐伯は「ドライバーさん……」とよくわからない同情の言葉を呟いている。

 瑠璃はそれ以上の会話を打ち切るように目を閉じ、再びお湯の温度と空気の対流の計算に意識を没入させていった。彼女にとって、恋愛という非論理的な情動は、この最高級大理石とトンチキモザイクの組み合わせよりもさらに興味のない、無価値なノイズに過ぎなかった。


**


(……帰りたい。今すぐ日本に帰りたい。最悪、月見坂市の狭い自室のユニットバスでいいから、一人にしてほしい)


 僕は広大な白大理石の湯船の隅に膝を抱えて縮こまりながら、男としての尊厳の危機と戦っていた。

 エイミー夫人自慢の大浴場・男湯。その空間は、僕の精神を二重、三重の意味でゴリゴリと削り取る地獄の釜茹でだった。


 まず、男湯と女湯を隔てている薄いプラスチック製の竹垣の向こうから、女子たちのキャッキャという嬌声と、艶かしい水音が容赦なく筒抜けになってくるのだ。


『わぁ……如月さんのお肌、すっごくすべすべー!』

『佐伯のそのボリュームも反則だよね』

『ちょっとツンツンしてもいい?』


(やめろ! 聞こえてる! こっちに丸聞こえだから! 想像しちゃうだろうが!)


 僕は顔から火が出るほど赤面し、お湯の中に鼻先まで沈み込んでいた。健全な男子高校生である僕の脳内は、見えない壁の向こう側で繰り広げられているであろう光景の想像で、完全にショート寸前だった。僕は煩悩をかき消すため、脳内で推しの地下アイドル・箱崎彩華ちゃんのライブコールを絶叫して必死に理性を繋ぎ止めていた。


 さらに僕を苦しめているのは、この男湯の狂った『装飾』だ。

 女湯は花魁だったらしいが、こちらの壁面には、極小のヴェネツィアン・グラスを用いて、マグマのように真っ赤な富士山っぽい絵が暴力的なスケールで描かれている。しかも、その富士山の周囲を、純金箔を焼き付けたタイルの『手裏剣』がハエのように飛び交っているのだ。

 忍者と富士山はセットではないし、そもそも西洋の伝統的なモザイク技法を使ってまで描くモチーフとして、完全に成金趣味の暴走である。


(エイミー夫人、日本の文化を愛しているし、お金も腐るほどあるのはわかるけど、インプットの経路が絶対に狂ってる! 海外でB級ニンジャ映画を莫大な予算で実写化した結果がこれか!)


 僕はツッコミを抑えきれず、激しくダメ出しを連発していた。

 そして極めつけは、この男湯を満たしている『人間関係の息苦しさ』だ。


 湯船の中央では、エリートの桐生院誠が、まるで自分がこの館の主であるかのように優雅に寛いでいた。

 彼の肉体は、高校生とは到底思えないほど完璧に鍛え上げられていた。無駄な脂肪の一切ない、まるでギリシャ彫刻のように美しく隆起した大胸筋と、シックスパックに割れた腹筋。彼はその肉体美をこれ見よがしに晒しながら、竹垣の向こうから聞こえる女子たちの声にも一切動じることなく、目を閉じて堂々と湯に浸かっている。

 そして、桐生院から少し離れた場所では、五味鉄平が曇る眼鏡を外し、神経質そうに湯船のお湯を手で掻き回していた。

 浴室に愛用のタブレット端末を持ち込めるわけもないので、彼はそのデータ至上主義のストレスを、口頭でのぼやきという形で発散し続けていた。


「……熱力学的に極めて非効率だ。この浴槽の容積に対する給湯パイプの直径が明らかに小さすぎる。おそらく元のボイラー配管を無理やり分岐させたのだろうが、お湯の循環システムが中世レベルのままアップデートされていないため、湯船のこちら側とあちら側で、温度のムラが摂氏二度近くも生じている。月見坂市の浴場施設では、センサーによるリアルタイムの温度制御が……ぶつぶつ」


 彫刻のようなエリートと、ブツブツと文句を言い続けるデータ信奉者。

 その二人に挟まれた僕は、自分のペラペラの薄い胸板と、情けないほど細い腕を隠すようにして、小さくなっていた。こんな圧倒的な肉体格差を見せつけられ、さらに壁の向こうの女子の会話(しかも自分のことを『工具』扱いしている内容まで聞こえてきた)で精神を乱されては、男としての尊厳が粉々に砕け散ってしまう。


 僕はもう限界だった。


「あ、あの、ちょっとのぼせてきたので、外の風に当たってきます……」


 僕は蚊の鳴くような声で言い訳をし、桐生院と五味が反応するよりも早く湯船から逃げ出した。

 脱衣所から浴室に入る際に見つけていた、『露天風呂』へと続く木戸を急いで押し開ける。


 ひんやりとした冷気が、火照った僕の裸の身体を包み込んだ。

 そこは、高い石壁に囲まれた中庭の一部をくり抜いて作られた、岩風呂風の露天スペースだった。夜の闇と、立ち込める濃霧のせいで、数メートル先すらも白く霞んで見えない。だが、僕にとっては、あの狂気のニンジャ赤富士の内湯とエリートたちの圧迫感、そして女子風呂からの音声テロから逃れられるだけで、この霧の中は天国に思えた。


「はぁぁ……生き返る……」


 僕は岩で囲まれた露天風呂の湯船にゆっくりと身を沈めた。

 こちらのお湯は内湯よりも少しぬるめで、冷たい霧の空気とのコントラストが心地よい。僕は石の縁に頭を乗せ、ようやく本来の『リラックス』を取り戻しかけていた。


 その時だった。

 僕が頭を乗せていた浴槽の縁の『岩』が、ふと気になった。


「なんだ、これ……?」


 僕は上半身を起こし、その庭石をじっと見つめた。

 露天風呂の風情を出すために配置されているであろう、黒っぽいゴツゴツとした岩。しかし、その造形は、自然の力だけで形成されたものにしては、あまりにも不自然だった。


 岩の表面には、人間の手によって彫られたような、直線的で深い溝が一本刻まれている。そして、その溝の中心部分には、何かを――たとえば太い『鉄のリング』のようなものを――電動カッターか何かで無理やり削り落とし、根本だけが石の内部に残っているような、生々しい金属の切断面があったのだ。

 さらに不気味なことに、その削り落とされた金属の根本の周囲の石の表面には、長年の錆が染み込んだような、あるいは……古い血液が染み込んで酸化したような、不吉な赤黒い染みがべったりとこびりついていた。


「ただの庭石じゃないぞ、これ。なんか、嫌な感じが……」


 僕は背筋にゾクリと悪寒を走らせ、小声で呟きながらその石から距離を取ろうとした。


「それはただの庭石ではない」


 不意に、霧の奥から、僕の言葉を正確にトレースしたような冷ややかな声が響いた。


「ひぃっ!?」


 僕は素っ裸のまま跳び上がり、声のした方向を凝視した。

 声は、男湯の露天風呂と、隣の女湯の露天風呂を隔てている、プラスチック製の薄い竹垣の向こう側から聞こえてきた。


「き、如月さん……!?」


「表面に残された無数の擦過痕(ストライエーション)と、その抉られたような深い溝。そして、石の内部に固着した錬鉄製の金属のルーツ。……サクタロウ、お主が今見ているその石は、この竹垣の壁を貫通するようにして、女湯側にも同じ巨大な礎石として繋がっておる」


 壁の向こう側から、如月さんの淡々とした、しかし有無を言わせぬ鑑定の結果が突きつけられた。どうやら彼女も、女湯側の露天風呂で同じ石を観察していたらしい。


「そ、礎石って……まさか、建物の土台か何かですか?」


「ただの建物の土台ではない。かつて中世ヨーロッパにおいて、異端審問で捕らえられた罪人を拘束するため、太い鎖と鉄環を打ち込んでいた『地下牢の礎石』じゃな」


「ち、地下牢……!?」


 僕の悲鳴が、霧の中に虚しく吸い込まれていく。


「石の表面に染み込んでいる赤黒い成分は、鉄環が長年の湿気で酸化した水酸化鉄のルーツと……それに混じって、人体から流出した血液中のヘモグロビンが鉄分と結合し、石の細孔に深く定着した痕跡じゃ。お主は今、何百人という罪人の絶望と苦痛の情動が染み込んだ処刑具の残骸を枕にして、優雅に温泉を楽しんでいたというわけじゃな」


「ヒィィィィィィッ!!」


 僕は恐怖のあまり、湯船の中で完全にパニックを起こした。

 ただの不気味な庭石だと思っていたものが、血塗られた中世の拷問器具の成れの果てだという事実。それをよりにもよって素っ裸の、最も無防備な状態で聞かされる恐怖は筆舌に尽くしがたい。


「エイミー夫人が、日本の露天風呂の風情を出すために庭石業者から適当に見繕って買い付けた石の中に、この館の古い地下牢を解体した際の残骸が混ざっていたのじゃろうな。ルーツを知らぬ無知とは、時に恐ろしい空間のバグを生み出すものじゃ」


 壁の向こう側で、如月さんが微かに鼻で笑う気配がした。彼女は罪人の血が染み込んだ石を前にしても、ただ『空間のバグ』として面白がっているだけなのだ。


 しかし、僕の精神力はとっくに限界を迎えていた。

 僕は湯船から文字通り転がり出るようにして立ち上がり、濡れた身体のまま、冷たい石板の床を裸足で走った。


「む、無理! 絶対無理! こんな呪われた風呂で一秒たりともくつろげるかぁぁぁ!」


 僕は霧に包まれた露天風呂から、桐生院と五味がいる狂気のニンジャ赤富士の内湯すらも駆け抜け、一直線に脱衣所へと逃げ込んだ。

 ガタガタと震える手でバスタオルを体に巻きつけながら、僕はこれから始まる『晩餐』という次のイベントへの恐怖に、すでに半泣きになっていたのだった。



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