二、前の船頭
私もあなたと同じように、船頭に頼んで島まで送ってもらうことにしたんです。でも、途中で怖くなって引き返してほしいと頼んだんですよ。
そしたら、その男……私などよりも体の引き締まった、働き盛りの青年のようでしたが……その男は、引き返すことはできないと言いました。途中で進路を変えようとしても、元の向きに戻ってしまうのだと。試しにやってもらいましたが、まるで方位磁石のように舟の舳先が戻っていくのを見て、私は面食らいました。それなら海に飛びこんで泳いで海岸へ戻ると言ったんですが、この辺りには怪物としか言いようのない巨大な魚が棲んでいて、常に腹を空かせて泳ぎ回っているので、生身で飛びこむのは自殺行為だと言われました。なぜか舟に乗っているあいだだけは襲ってこないのだそうです。私はもう愕然としてへたりこんでしまったのですが、船頭はなぐさめるように私の肩をたたきました。
「引き返すことはできないが、島に上陸せず命も助かる方法が一つだけある。それは、俺の代わりにあんたが船頭を引き受けることだ。そして、俺があんたの代わりに島に入る」
私ははっとして男を見上げました。彼はしごく穏やかな表情をしていました。
「でもそれじゃあんたが困るんじゃないか?」と問うと、
「俺はもう長いことこの仕事をやってきた。飽きるくらいにな。もとは俺もあの島へ行くつもりだったのだが、お前のように怖気づいて、その時の船頭に交代の話を持ち掛けられたのさ。ちょうど今俺がしているようにな。だが、そろそろ潮時じゃないかと思っていたところだ。島を目指している連中の中には、あそこが天国のようなところだと信じて幸せそうに去っていく者もいた。そういう奴らを繰り返し送り届けているうちに、あの島はそんなに怖ろしい場所じゃないんじゃないかと思えてきたんだ。お前なら人当たりもよさそうだし、喜んで櫂を渡そう」
「そいつは有難い話だ。陸に戻れたら今度はしっかりと妻を弔って、成仏してくれるように祈ろう」
私がそう誓うと、「いや、それは無理だ」と男は首を振りました。
「お前はこの小舟から離れたら、まるで水中にいるかのように息ができなくなる。どうしても試すと言うなら、止めないが」
「だけど、いくらなんでもそんな生活してたら干上がっちまうよ!」
「その心配はない。なぜなら、この小舟に乗っている限り、お前は飢えも渇きもしないからだ。それどころか、歳も取らない。永遠の命ってやつが手に入るのさ。どうだ、悪い話じゃないだろう?」
私は考えました。島に行くのは怖い、死ぬのも怖い、あの世で妻に会うのはもっと怖い。だけど船頭として残れば、永遠の命が得られる。ということはつまり、永遠に妻に会わなくていいということじゃないですか! もしかしたら男の作り話ということもあり得ますが、ひとまずこの場をしのげるのならばと、男の申し出を受けました。その時の男の晴れやかな顔は、今でもよく憶えていますよ。