4プロローグ④ 雨ケ谷旅館
一日目がやっと終了
旅館の扉を開くと正面が受付。
肩肘をついてラジオを聞いていたボブカットの女性はこちらに気が付くとにやりと笑って挨拶してくれた。
「やっときたのね。翔琉君、久しぶり」
「あ、ああ、天ヶ谷翔琉です。お久しぶりです」
多分、この人が母の妹である雨ケ谷真千子さんなんだろう。
ほとんど覚えていないが、なんとなく母の面影がある。
「その、携帯が壊れてしまって連絡もできず。申し訳ありませんでした」
「へー、しっかりしてるわね。いーよ、気にしないで。私は叔母さんの雨ケ谷真知子、久しぶりね覚えてる?」
「はい、ありがとうございます!真千子叔母さん」
うーん固いなあと叔母さんは呟きつつ立ち上がった。
「部屋、案内するね。小さな旅館だけど温泉はなかなかのものだから、荷物を置いたら入りなさい。体の疲れも吹っ飛ぶわ」
「はい、ありがとうございます」
叔母さんのそのさっぱりと明るい雰囲気と後をついて歩く旅館の風景に記憶がよみがえってくる。
そういえば、こんな場所だったな。すこし寂れているけどよく手入れされた古い旅館という感じだ。
道中の事を話すと、谷川と大郷はこの村でも有名なやんちゃっ子で日々いろいろ凄いよ、と教えてくれた。
「へえ、あの二人組にあったんだ。あの子たちもこんな暑い日に相変わらず元気ねえ」
「ええ、正直助かりました」
「っと、ここがあなたの部屋。それと今日はお客もいないし、気にせず温泉入って。場所分かる?」
「大丈夫です。それより仕事のほうは」
「それは夕食の時に説明するわ。私は入口の受付にいるから、分からないことがあったら聞きに来て」
「分かりました。ありがとうございます」
部屋は6畳ほどの広さだ。
冷房であらかじめ冷やしておいてくれたのか涼しい。
雨で濡れたものを干したり、荷物を整理してさっさと温泉に向かうことにした。
大浴場だ。広い浴槽にはなみなみと湯が張られており、硫黄のツンとする匂いが漂っている。
さすが源泉かけ流し。アルカリ性の湯は、古い角質を落とす美肌の湯とも呼ばれていてつるつるのお肌にリフレッシュ!大体は無臭と言われているがここの湯は硫黄のにおいがたっぷり!温泉!って感じがいいんだよな。これでサウナもあれば最高なんだが残念ながら雨ケ谷旅館にはない、それにしてもやはり匂いが最高だ。そもそも温泉の匂いと色合いは―――――。
はっ!体を洗おう。懐かしの温泉の衝撃でトリップしてしまった。
体を洗って、湯につかり一息つく。
「あぁ~、体にしみるぅ~」
そういえば、俺は本当に過去に戻ってしまったようだと今更ながら思い出す。
前は車で迎えに来てもらい、誰とも会わずに旅館に到着。
その後は午前中に仕事終わったら、午後は部屋にこもってゴロゴロしていたんだっけ。前は誰とも会わなかったのに、同年代とかいたんだなあ。
…未来の俺は現状に閉塞感を感じていた。でも何もしなかった。一生ずっと変わらないと思っていた。
そうだよな、俺はこの頃からなにも成長していなかったんだ。
せっかく過去に戻ってきたのなら、リア充を目指してみてもいいかもしれない。
夏休みに友達作って、遊びまわるなんて最高にリア充じゃないか。
折角戻ってきたんだ、俺は人生をやり直す。
金持ちとかは無理かもしれないけど、友達と遊んで青春を取り戻そう!
俺は決意を新たに温泉をあがるのだった。
「いただきまーす!」
今、俺の目の前のテーブルには御馳走が並べられていた。真千子叔母さんの手料理だ。
この旅館の料理も叔母さんが調理しており、素晴らしい腕前をしている。
どれを食べてもおいしい。対面に座っている叔母さんは少し驚いたようにこちらを見ている。
「いや、よく食べるわね。さすが男の子」
「はい、こんなにおいしい料理は久しぶりで。いくらでも食べられますよ」
お世辞がうまいわね。
なんて叔母さんは呟いているが、ここ数年ほとんどコンビニ弁当ですましていた俺としたらこの絶品料理の数々は革命的においしい。舌も大喜びだ。
「それにしても、落ち込んでいるって聞いていたけど元気じゃない。
受付の電話使っていいから、あとで姉さんに連絡するのよ心配していたから」
「わかりました。ありがとうございます」
そうか、俺は落ち込んでいたのか。
だから過去の旅館の部屋ではどこにも出かけずゴロゴロしてたのか?
何に落ち込んでたんだろう。
後で、母さんに聞いてみるとしよう。
おいしい料理を十二分に堪能したあとに、仕事の説明をされた。といっても何となく覚えている通りだ。
朝一、リヤカーにポリタンク載せて上流の湧き水を汲んでくる。
途中からは階段で、その道中にある神社の神主さんにお弁当を届ける。
戻ってきたら朝食食べて、大浴場と廊下などの掃除。
掃除前後に温泉に入っていい。そこで汗を流す。
それでも昼までに時間が余ってたら受付で電話番。まあほとんどかかってこない。
正直、湧き水汲む以外はつらくなかった。
「簡単な道だけど地図は渡しておくわ。なだらかな坂を上っていくだけ。
でも無理はしないでね。ちょっと前まで頼んでいた升爺さんは腰やっちゃって。
それからは水道水使ってるんだけど、やっぱり違うのよ。だからお願いね」
「たぶん大丈夫です。任せてください」
「まあ、分からないことがあったら何でも聞いて頂戴。
明日からはお客の予約も入ってるし、夏は突発も来るからね。
頼りにしてるわよ。じゃあ、おやすみなさい」
「あ、おやすみなさい。明日からよろしくお願いします!」
そういうと叔母さんは去っていった。
おやすみなさい、か。久しぶりに言ったな。
その後、旅館の電話を借りて母さんと話した。
まあ十数年成長していなかった俺は母さんに違和感を覚えられることもなかった。
なんとなく無難に話せたと思う。
落ち込んでいたことも聞いてみた。
しかし、いつの間にか元気がなかった。
聞いても教えてくれなかったじゃない、と言われてしまった。
つまり何も分からないことが分かった。
考えてもしょうがないし、翌日も早いのでさっさと布団に入ることにする。
真っ暗な天井を眺める。
静かな夜だ。遠くで虫の声が聞こえるぐらいだ。
濃厚な一日だった。
出会った人はバイクを除き良い人たちばかりで、明日が楽しみだとそう思える。
夏休みも初日。明日から頑張ろう。
でも、なぜ俺はこの夏のことをほとんど忘れていたんだろうか。
旅館の手伝いなんて、なかなか忘れられる経験じゃないと思うけど。
この村に戻ってくるまで正直思い出すこともなかった。
なにか、ほかにも忘れているのだろうか。
なぜこの夏以来、真千子叔母さんと旅館に関わることがなかったのだろうか。
いや、忘れていたからなんなんだ。特に問題はないはずだ。
それに何となく思い出せたし。
せっかく過去に戻ってきたんだ。前と違って外に出ていろんな経験をすればいい。
それだけだ。
一人、ごちゃごちゃと考えているといつの間にか眠りに落ちていた。
選択をする。しない。
決断をする。しない。
そこに違いはない。結果は変わらない。
だって、分からない。した選択の結果を、したかった決断の結末を見ることはない。
人の人生は一本道だ。進むことしかできない。
振り返ってもそれは思い出として浸ることしかできない。
けれど、もし、もしもがあるのならあなたはどうする?
あの時、選択/決断しなければならなかった時、それを再びしなければならない時。
あなたはどうする?
この後、ギャルゲー風のオープニングが流れます。
こっから共通ルートが始まるイメージ。
精進精進。




