帆風七咲2 そう思えるのは凄いことだよ
「俺はなんで陸上部をやめたんだろう」
七咲を送った帰り道にふと思った。毎日毎日、水を汲んで坂道を駆け下りて帰る。
それでも体に大きな疲れはなく良く鍛えこまれているとわれながら思った。
子供のころから走るのが好きで、高校生で陸上部に入部をした。
でも中身が思い出せない。俺はどうしてやめたんだろう。夏休みなんて絶好の練習日和じゃないか。
午前の仕事を終わらせた俺は母さんに旅館の電話を借りて連絡した。
「もしもし天海です」
「母さん、俺だよ翔琉。元気?」
「あら翔琉!あんた久しぶりに電話かけてきたわね。ちゃんとお手伝いできてる?」
少しの緊張もあって、なかなか話を切り出せずに母さんと雑談をする。
母さんは毎日電話をかけてきなさいやら真千子姉さんに迷惑をかけてないでしょうねと次から次へ話題が止まらない。
「まあでも元気になって。あんなことがあったから心配だったけど、やっぱり言ってよかったわねえ」
「あんなこと?母さん、あんなことって何?」
「翔琉…、あんた覚えてないの?」
「・・・」
そこで会話が止まる。母さんの声は思ったより深刻そうだった。
気が付けば手にべっとり汗をかいていた。頭も少し痛い。よほどショックな出来事だったようだ。
興味本位で聞いていいことだろうか。ただ、もう俺も30才過ぎで子供じゃない。
案外なんともないかもしれない。聞いてみよう。
「母さんも詳しくは知らないけど、聞きたいかい?」
「―――ああ、教えてほしい」
母さんは心配そうに尋ねた。
俺は大きく深呼吸をして頷いた。
「翔琉、6月にあった陸上部の県大会で結果を出せずに落ち込んでねえ。それでそのまま部活やめて元気なくなっちゃったのよ。それまでは毎日楽しそうに走ってたのに」
「そういえば、そうだった。母さんありがとう、俺、もうあんまり気にしてないみたいだ」
その後、いくつか言葉を交わして母さんとの電話を切る。
母さんは最後まで心配そうだったのが申し訳なかった。
ただ収穫はあった。なんとなくそうだったと思い出せたからだ。
全国大会出場を期待されていたのに、全く結果を出せず失意のままやめたんだ。
当時の俺は弱かったな。走るのは趣味で好きだったんであって才能はなかったんだ。
正直、今にして思えばそんなことあったなって感じだ。
でも胸のつかえは一つとれた。そんなくだらないことで過去の自分はこの夏休み引きこもっていたのか。
「あー、くだらない」
そのまま俺はラフな格好に着替えて走ってみることにした。
クレイトラックなんて上等な道はないがアスファルトではなく土で固められた道なら割とある。
俺はこの炎天下の中、そこで走った。
フォームは体が覚えている。100m走に見立てて、何度も何度も走った。
汗が止まらない。息も苦しい。暑い。辛い。
でも、やっぱり楽しかった。風を切って、前へ前へと進んでいく。
どこまでも世界と一体化するような感覚。俺は風だ!自由だ!
「はぁはぁ」
気が付けば大の字で倒れていた。
片手で置いてある水を取ろうとするがなかなか取れない。
「はい、どーぞ」
ピトリと冷たいものが頬にあたる。
いつの間にかニヤニヤした表情の七咲が水を差し出していた。
「ありがとう」
起き上がって水を頭にかけながら飲む。
「翔琉、楽しそうに走ってたねえ。陸上部やめたんじゃなかったのかな」
「何となく、自分への区切りをつけたくてさ。満足したよ」
「区切り?」
「ああ」
なんとなく話しの流れで先ほど母さんから聞いた話を七咲にも話した。
七咲は思ったより真剣な顔で話を聞いていた。
「結局、走るのは好きだけど部活はまた違ったみたいで、それで落ち込んでた。
けどそれも解消できた」
「なるほどねえ。翔琉って案外すごいんだ」
「そうか?」
「そうだよー。そう思えるのは凄いことだよ。ま、ほどほどにねー」
そう言うと七咲は去っていく。
ちょっと見かけたから話しかけただけみたいだ。
こっちも今の会話でクールダウンができた。もう少しだけ走ったら帰ろうかな。
…それにしても、あんまり絡まずに帰っていくのも珍しいな。
普段ならもう少しいじくったりしてくるのだけど。
いや、別にそれを望んでいるわけではないから良いといえばいいのだが。
結局、なんやかんやで日暮れまで走った。
帰りに旅館内ですれ違った八重に汗臭いと罵られシャワーを浴びて就寝した。
そして気分改め翌日。
その日は雨が降っていた。
水も余裕があるし、今日は水汲みはやらなくていいと言われたのでお弁当だけを届けに神社に行った。
神社には誰もいなかったので雨がかからない所に弁当を置いてきた。
さすがに七咲もいなかった。走って帰る気にもならなかったので歩いて旅館まで帰る。
さて、今日の午後はどうしようかな。
2000文字もいかない。悲しい。