どう見てもドロボーさんです
「姫様? どうされました――。て、見えてますよね?」
侍女は困ったように微笑んだ。
一方のジアは唖然とする。
長年使えていた侍女が密偵だったなんて……
「あなたは……誰?」
「スルターナ・アフタースクール公国第一公女である貴方様に仕えるメイドですが?」
リナはスカートを軽くつまみ、アイサツ。
「嘘おっしゃい、貴方は密偵なんでしょう? 私には見えているんだから。ほら、ここに…」
ジアは右手でウィンドウに触れた。
その右手はそのままウィンドウを通り抜ける。
「そのことを知っているのは『見えている』、姫様だけですよ?」
その手を両手で握るリナ。
「……」
「姫様のことを話しますよ? もし私を捕まえたら。例えば『お父様』に知られたらどうなると思います?」
耳元で囁くようにリナはつぶやいた。
「……、どうなるというの?」
「まず徹底的に調べようとするでしょうね。どうやってこのスキルを得ることができたのか。そして自国の皆に技術を展開しようとするはずです。それに、姫様には答えられます? これは魔王と契約して得た力だ、って…」
「魔王?」
「姫様は違うんですの?」
「……。分からないけど…」
あの魔法陣での出来事をジアは思い出す。
あの魔術師が魔王なのか?
しかしどうにも、一般的な魔王像とは合っていない気がした。
「1ヶ月前。私は≪鶯≫様によってこの力を得ました。この力は素晴らしいとは思いませんか? ほら、こんな風に――」
リナの手が動く。空中の何かに触れた瞬間。リナの体は掻き消えた。
ジアの目にはリナのステータスウィンドウが見えている。
そして、自身の右手がまだ握られている感触が残っている。
だが、それがなければリナが完全に消え去ったようにしか思えない。
左手で右手を掴んでいる何かに触れ引き寄せると、リナの身体を再び視認することができた。
「リナの能力については分かったわ。お父様にも言いません。密偵だからって私に何年も仕えているのだから、すぐに危害を加えようとか、そんなことはないのでしょう?」
「それはもちろん」
「1ヶ月前というなら私にいろいろ教えてくれないかしら? この魔法のこと…」
「はい分かりました。ところで、姫様の能力は――。え??」
「どうかしましたか?」
「なんで……、レベル……ひゃ、ひゃくごじゅうですって――」
こんな風に驚くリナをジアは見たことがなかった。
・
・
・
・
・
・
それから、ジアとリナは情報交換をした。
ジアは魔法陣により召喚されたようだったが、リナは突然天から声が振ってきてスキルが使いたいなら契約するか? と言われ、契約したらこのようになったとのこと。
そして、このような状態になってから同じような人は見なかった。ということも話した。
「では、姫は契約者と見られる人に召喚されて。いきなり『帰れ』と言われたと?」
「えぇ、結局目的とかさっぱり……。リナは何か聞いている?」
「私はどうして契約なんてするのか、私の魔王に聞いたことがあります。でも要領は得ませんでしたね。
『好きにしろ。お前がスキルを使ってお前が好きなことをすることを観察することがこのゲームの楽しみ方なんだ』
とか言ってましたけど……」
「つまり、悪魔の身業で快楽に溺れる姿を楽しむゲーム? そんなのを他の誰かに知られたらかなりマズイですわね……」
ジアは身震いする。
公女が悪魔との契約した、なんてことが知られたら良くて投獄。
悪ければ――
「レベルを上げればもっと楽しいことができるそうですけど……、姫様には関係ない話ですわね。レベル150とか……」
「レベルを上げるにはどうすれば良いのでしょう?」
「なにか、冒険者組合とかいうのに入って魔物を倒すのが一番効率的らしいです」
その組合はジアも聞いたことがある。
「あぁ、あの日雇い労働者の……」
自由を求めて定住せず、誰かに仕えるなどの主たる職も持たないでときたま働く者たち。
冒険者といえば聞こえは良いし、ランクが上がれば尊敬されもするだろうが、ほとんどが社会不適合者の集まりだと聞く。
ジアが憧れる冒険者と、実際の冒険者には開きがあるのだ。
「リナは……、冒険者になりたい?」
「はは、まさか……。おかげでレベルが低いままです」
「他には?」
「効率は悪いですけど、なんでも職業に合わせた経験を積めば良いらしいです。盗賊職なら他国の密偵とか」
「……なるほど」
「とりあえず、姫様の魔王がログイン――リナが言うにはメッセージを見てウィンドウに書き込みができるようにする状態らしい――されるまで待つしかないのでは? 6日後……というと向こうの世界で大地の日とかいうお休みらしいですから」
「リナの魔王には合えませんの?」
「今日の夜にはログインされると思いますけど?」
「じゃ、逢わせて……」
情報は多い方が良い。
ジアはまずリナの魔王に逢わせてもらうことにした。