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兵站王の戦記〜追放王子の無敗論理〜  作者: リリリリス
第2章 大陸篇

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第71話:消去悪魔(フォーマット・デーモン)の強襲と、不変の遮断障壁

『天の階梯コア・マザー』の垂直空間を、赤黒いノイズの嵐が埋め尽くしていた。


システムが提示した「推奨処理:完全初期化」をアルスが拒絶した瞬間、コンソールの奥底から這い出してきたのは、何万もの死者の叫びをデジタル変調したような、耳を劈く不協和音。そして、実体を持たない幾何学的な巨大な影――『フォーマット・デーモン』だった。


その影が蠢くたび、周囲の空間から「色」と「構造」が削り取られ、ただの冷徹な格子状のワイヤーフレームへと退化していく。それは触れたものすべての存在定義を完全に削除する、システムそのものの絶対的な「消去波形デリート・ウェーブ」だった。


「防衛プログラムの最終処理が来るぞ! 総員、私の演算が完了するまで、このシステム領域エリアを死守しろ!」


アルスの冷徹な声が、赤黒い嵐の中を貫く。


「ハッ、言われなくてもよぉ! このガルガンチュアは、俺たちドワーフの魂そのものだ! 簡単にデリートされてたまるかよ!」


操車室のバルドが絶叫し、ウロボロス鉄路を通じて逆流させた地脈エネルギーを、列車の防壁へと一気に注ぎ込んだ。

ガルガンチュアの側面から、幾重もの魔導障壁が展開される。しかし、フォーマット・デーモンの放つ消去波形が接触した瞬間、障壁は火花を散らして一瞬で「存在の確率」ごと消滅していった。


「くっ、物理的な防御では耐久値の減少すら防げんか……! だが、我が黒鋼の意志は、システムの拒絶にすら屈しない!」


ガイウスが、魔導防護服の出力をオーバードライブさせながら列車の最前面へと進み出た。

彼は両手で抱えた巨大な大盾を地面へと突き刺し、己の全精神を以て「遮断ファイヤーウォール」の概念を物理的に具現化させた。赤黒いノイズが盾に激突し、凄まじい反動がガイウスの頑強な肉体を軋ませるが、彼は一歩も退かない。


「あはは! これが世界の『抗体』ってやつだね! でもね、抗体があるってことは、ボクたちの存在が『強力なウイルス』として認められたってことだよ! ウイルスの生存戦略、見せてあげる!」


ルナが怪しげな薬瓶をいくつもガルガンチュアのボイラーへと投げ入れた。

散布された紫色の排気ガスが結晶の嵐と混ざり合い、デーモンの消去アルゴリズムを一時的に「バグらせる」ことに成功する。敵の消去波形が不規則にブレ始め、ガイウスへの負荷がわずかに減少した。


しかし、フォーマット・デーモンの本体は、それらの抵抗を「些末な例外処理」として無視し、すべてのリソースをアルスの演算中枢――すなわちその脳へと集中させてきた。


「キィィィィン――」


脳が直接沸騰するような、超高周波のデリート・シグナルがアルスを急襲する。

【掌握の刻印】を展開しようにも、指先がノイズでブレてしまい、キーボードを叩く座標すら定まらない。脳細胞の伝達速度が、消去信号の浸食によってミリ秒単位で低下していく。


「お下がりなさい、アルス様……! この程度のシステム・ノイズ、私の『氷』で全て凍結フリーズさせてみせます!」


アルスの前に、ロザリアが立ちはだかった。

彼女は自身の【掌握の刻印】を両手で天へと掲げ、絶対零度を超えた「不変の遮断障壁アブソリュート・シールド」を展開した。彼女の背中から放たれた極光の氷結晶が、アルスを狙う赤黒い消去波形を次々と捉え、その進行を概念的に凍らせていく。


だが、世界の初期化システムそのものを相手にする代償は、あまりにも重かった。


「う、あぐっ……!」


ロザリアの美しい唇の端から、一筋の鮮血が流れ落ちた。彼女の白い肌が、ノイズの逆流によって微かにひび割れ、そこから青白い魔力の光が零れ落ちる。


「ロザリア! 障壁を解除しろ! そのままではお前の精神プログラムが持たない!」


「嫌ですわ……! 私は、貴方の妻です……! 夫を害そうとするバグ(神)を目の前にして、ただ見守っているだけの温室のバラではありませんもの!」


ロザリアは顔を真っ赤に染め、激しい血を吐きながらも、不敵に美しく微笑んでみせた。

彼女の愛。それは、世界がどれほど消去を求めてこようとも、絶対に「アルスを守る」というたった一つの目的ルールのために、己の魂の全てを使い切る覚悟そのものだった。


「ロザリア……。お前がそこまで言うのなら、私のシステムは、一秒の遅延エラーも、お前の犠牲も許さない」


アルスはロザリアの背後から、彼女の華奢な身体を強く、壊れ物を抱くように、しかし絶対に離さないという強い力で抱きしめた。

彼の右腕がロザリアの腰を回り、左手が彼女の血に染まった手をしっかりと握りしめる。


二人の刻印が、これまでにないほど深く、そして狂気的なまでに共鳴した。

ロザリアの絶対の愛が、アルスの脳内のノイズを完璧にフィルタリングし、彼に神のシステムすら凌駕する「超演算ギガ・プロセッシング」の自由を与えた。


「消去悪魔。お前の消去関数 $D(t)$ は強力だが、私の構築する新秩序のパッチ関数 $P(t)$ の前には、ただの『減衰するゴミデータ』に過ぎない」


アルスはロザリアを抱きしめたまま、【掌握の刻印】から直接、デーモンの消去プログラムを逆利用した「無力化の微分方程式」を空中に展開した。


「この式における同期パラメータ $\beta$ に、ロザリアのお前への『絶対不変の愛の質量』を代入する。……神の数式よ、無限の乗算に耐えてみせろ」


アルスの瞳が、青白い絶対論理の光で爆発的に輝いた。

その瞬間、二人の刻印から放たれた純白の極光が、フォーマット・デーモンの赤黒い影を内側から食い破るようにして炸裂した。


「ギ、ギギ、ガ、ガガガガガガガ――ッ!!」


不協和音の叫びを上げながら、フォーマット・デーモンの巨大な幾何学模様が、物理的なガラスが割れるようにパリンパリンと音を立てて砕け散っていく。消去波形は完全に中和され、格子状に退化しかけていた周囲の景色は、一瞬にして元の重厚な『天の階梯』の青白い光へと書き換え(オーバーライト)された。


システムによる強制初期化の拒絶、および非破壊デバッグの第一段階、完全完了。


「……はぁ、ふぅ、アルス……様……」


極限の演算と障壁の維持を終えたロザリアの身体から、一気に力が抜けた。

彼女は血に染まった唇のまま、アルスの胸の中へとコテンと頭を預け、激しく息を乱している。その身体は、自身の魔力を限界まで使い果たしたせいで、凍えるように冷たくなっていた。


アルスは彼女の身体を優しく抱き上げると、自身の外套で彼女を包み込み、その傷ついた唇に、自身の唇を深く、重ね合わせた。

自身の温もりと、刻印を通じて流し込まれる最高純度の自己治癒魔力が、ロザリアの傷ついた精神を甘く、そして確実に修復していく。


「ロザリア……。お前のくれた時間が、私を勝利に導いた。お前を傷つける全てのシステムを、私はこの手でデバッグして見せる」


「ふふ……はい、アルス様。私の傷なんて、貴方の口づけ一つで、すべて初期化(完治)されてしまいますわ」


ロザリアは愛おしそうにアルスの首に腕を回し、弱々しく、しかしこの上なく幸福そうに微笑んだ。


だが、安堵の静寂が戻ったのも束の間。

消え去ったフォーマット・デーモンの跡地に、さらなる「致命的な警告灯」が点滅し始めた。システムが最終防衛線の突破を検知し、世界全体の物理エンジンの接続を強制遮断する『カーネルパニック(世界崩壊)』のトリガーを引きにかかったのだ。


世界の寿命(余命)は、八年から、一瞬にして数時間へと縮退し始める――。

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