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兵站王の戦記〜追放王子の無敗論理〜  作者: リリリリス
第2章 大陸篇

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第61話:王都帰還と、全大陸動員プロトコル

王国の誇る装甲貨物列車『オオツチ』が、幾重もの防壁と新設された巨大な魔導鉄路を潜り抜け、王都エリュシオンの中央特区へと滑り込んだのは、暁の霧が深く立ち込める早朝のことだった。


かつては一地方の長閑な王都に過ぎなかったエリュシオンは、いまや旧帝国、神聖教国、そして商業都市連合をもその管理下に置く、名実ともに全大陸の「中央処理サーバー」へと変貌を遂げていた。


駅の構内には、黒鋼の巨体から吐き出される膨大な蒸気と、二十四時間体制で稼働する魔導工廠の青白い光が交錯し、冷徹な機械油の匂いが朝の空気を支配している。


「これより、大陸新生のための第一段階ファースト・フェーズを開始する。各員、私の提示するタイムラインから一秒の遅延も許さないと思え」


帰還早々、中央宮殿の巨大な謁見の間を改造して作られた「全大陸統合戦略室」の壇上に、アルスは立っていた。彼の右手に刻まれた【掌握の刻印】から放たれた光は、空間を埋め尽くさんばかりの巨大なホログラムディスプレイを展開した。


そこには、アルスがこれまでに従属させてきた世界各地の指導者たちの姿が、遠隔立体通信によって一堂に会していた。


旧帝国の生き残りの将軍たち、神聖教国でオペレーターに身を落とした高位司祭、そして財産をすべて凍結され、泣きそうな顔で平伏するハンザの黄金議会の老人たち。かつては大陸を揺るがした巨頭たちが、いまや一人の王子の前に、己の生存確率を繋ぎ止めるために跪いている。


「八・七年。それが、この世界という不完全なハードウェアが稼働を維持できる限界時間だ」


アルスが冷酷な声で告げたその一言は、立体通信の向こう側にいる数万の指導者たちを、氷ついたような沈黙へと叩き落とした。


「冗談を……! 我がレグルス教国を解体し、神聖な聖杯の魔力まで奪っておきながら、世界が滅びるなどという戯言を信じろと言うのか!」


一人の司祭が絶望のあまり声を荒らげたが、アルスはその男を視線だけで射すくめた。


「私の演算にエラーは存在しない。不服があるならば、これよりお前たちの脳に直接、地脈の枯渇率を示す実数データを転送してやってもいい。脳細胞がその情報量に耐え切れればの話だがな。……お前たちに与えられた選択肢は二つ。私の計画に従って生存確率を模索するか、あるいはこれまでの盲信と強欲に縋り付いたまま、八年後に世界ごと消滅シャットダウンするかだ」


圧倒的な威圧感と、一切の反論を許さない絶対的な論理。アルスは手元のディスプレイをスワイプし、大陸全土を巻き込む超巨大プロジェクトの青写真を提示した。


「これより、全大陸動員プロトコル――『世界再構築鉄路・ウロボロス』の発令を承認する」


それは、エリュシオン王国、旧帝国、教国、ハンザのすべてのリソースを一点に集中させ、大陸中央の絶対不可侵領域『世界の墓標グランド・コア』へと突き進む、文字通り世界を貫く超弩級の魔導鉄路の建設計画だった。旧帝国の軍事生産力でレールを鍛え、教国の高密度魔力で動力源を満たし、ハンザの物流網で世界中から資材をかき集める。


全人類の営みを、世界のデバッグというたった一つの目的のために収束させる、冷徹極まる総力戦の設計図であった。


「……私の提示したノルマを達成できないコンポーネント(国家)は、その時点で効率化の足枷と判断し、強制的に解体・再編成する。生存を望むならば、死に物狂いで私のシステムに同期しろ」


通信が切断され、ホログラムの光が消え去ると、戦略室には重苦しい静寂が戻った。 壇上を降りたアルスの足元が、微かに揺らぐ。大陸全土の通信を統制し、同時に数十万の変数を処理した彼の脳は、今や限界に近い熱量を帯びていた。こめかみから流れる汗が、彼の銀髪を濡らしていく。


「アルス様……! もう、限界まで演算を回しすぎですわ」


その硬質な身体が床に崩れ落ちる前に、ロザリアが正面からその華奢な身体でアルスをしっかりと抱きとめた。 彼女はアルスの首筋に両腕を回し、自身の額をアルスの額へとそっと重ね合わせた。その瞬間、ロザリアの胸の奥から湧き上がる最高純度の氷属性魔力が、濁流のようにアルスの体内へと流れ込み、彼の過熱した脳細胞を急速に、そして優しく凪いでいく。


「ロザリア……。いつも、すまないな」


アルスはロザリアの細い腰を抱き寄せ、彼女の豊かな髪の香りを深く吸い込んだ。彼女の氷の魔力だけが、彼の世界を冷ます唯一の特効薬だった。


「私の領域メモリは、いつだって半分貴方のものですわ。……ですが、今日のアルス様は、少しだけ焦っておられるように見えました。らしくありませんわね?」


ロザリアはアルスの胸に顔を埋めたまま、どこか寂しげに、しかし慈しむように呟いた。


アルスはロザリアの髪を愛おしそうに指先で梳きながら、ぽつりと応じた。


「……八・七年という時間は、私一人であれば、この世界を初期化して自分たちだけが生き残るシェルターを作るには十分すぎる時間だ。だが、それではお前が悲しむ。お前が愛するこの世界のすべてを、生かしたまま書き換える(オーバーライト)ためには、一秒の無駄な処理も許されない。……お前という絶対の定数を得たせいで、私の計算式は、酷く効率の悪い、しかし最も美しい答えを導き出すようになってしまった」


アルスの口から語られた、不器用で、しかし世界を巻き込むほどに重く深い愛の告白。 ロザリアは顔を上げ、その潤んだ美しい瞳でアルスを見つめ返した。彼女の頬は微かに赤らみ、その表情には無限の信頼が満ちていた。


「ふふ……私のせいで貴方の論理が狂ってしまったのなら、私はその責任を一生をかけて取らなければなりませんわね。世界を再構築するというのなら、私もその鉄路の最初の一歩から、貴方の隣でその全てを支え続けます」


ロザリアはそう言うと、自らアルスの首を引き寄せ、二人の唇を深く、熱く重ね合わせた。 戦略室の冷たい機械の群れの中で、二人の体温だけが確かな熱を持って混ざり合う。


アルスの右手の刻印と、ロザリアの精神の波長が完璧な同期シンクロを維持し、次なる巨大な演算のための力を充填していく。


世界が滅びに向かうカウントダウンが始まろうとも、二人の絆という絶対の定数がある限り、王国の新秩序は揺るがない。大陸全土を一つの巨大な駆動機関へと変え、アルスとロザリアの、世界そのものを解体する果てなきデバッグの旅路が、いま本格的に動き出した。

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