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兵站王の戦記〜追放王子の無敗論理〜  作者: リリリリス
第2章 大陸篇

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第55話:虚飾の聖杯と王の選択

聖天騎士団の崩壊という、教国の歴史上あり得ないはずの敗北データは、瞬く間に教都『グラン・レグルス』へと伝播していた。アルスが率いる装甲列車『オオツチ』は、もはや遮るもののない大平原の鉄路を突き進み、教国の心臓部たる大聖堂の目と鼻の先へと到達する。


白色と金色で埋め尽くされた壮麗な教都の街並みは、今や恐怖と混乱に支配されていた。


しかし、大聖堂の最深部に座す最高指導者・法王ネヘミヤは、王国の軍勢が迫る中でもなお、傲慢な微笑を崩していなかった。彼の前には、眩いばかりの光を放つ古代魔導遺物『聖杯』が浮かんでいる。これこそが、教国全土の結界と、信徒たちの精神を縛り上げるマスターシステムだった。


「愚かなるエリュシオンの王子よ。神の領域に手を伸ばした罰を、その身に受けるがいい」


法王の声が、教都全域の拡声魔術を通じて響き渡る。同時に、大聖堂を中心に、教都の全住民、数十万人から「強制的な魔力抽出」が始まった。住民たちは一斉に苦しみに跪き、その身体から立ち上る光の粒子が、濁流となって『聖杯』へと吸い込まれていく。


数十万人分の生命エネルギーを弾頭とした、一国を丸ごと消し去るほどの質量兵器――『神罰の劫火アルマゲドン』のチャージが開始されたのだ。


「……最悪の過負荷オーバーロードだな。勝つために自らのサーバー(国民)を焼き切るとは、管理者としてこれ以上の無能はない」


移動司令室のホログラム画面に映し出される、急上昇するエネルギー充填率のグラフを見つめながら、アルスは氷のように冷たい声で言い放った。


敵の熱源反応はすでに臨界点に近く、通常の物理兵器や魔導砲では、着弾の衝撃だけでそのエネルギーを暴発させ、半径数百キロメートルを消滅させかねない状況だった。


「アルス様、あの『聖杯』の制御術式、単一のコードではなく、教国に生きる人々の『魂の波長』そのものを乱数シードとして暗号化されていますわ。力任せにハッキングすれば、暗号が崩壊した瞬間に数十万人の精神が同時に崩壊します」


ロザリアが、アルスの右手に自身の右手を重ねながら、緊迫した声で告げた。彼女の体内からは、アルスの脳をサポートするための清冽な魔力が絶え間なく流れ込んでいる。前回の戦いで精神を同調させた二人の回路は、今や完全に最適化されており、言葉を交わさずとも互いの思考がミリ秒単位で同期していた。


「分かっている。敵の暗号が数十万の『個人の生体データ』なら、それを上回る圧倒的な超多変数方程式として処理するまでだ」


アルスはロザリアの手を強く握り返した。生身の皮膚を通じて、彼女の確かな心拍と、自分を全霊で信じる精神の温もりが伝わってくる。その温もりが、アルスの脳細胞に爆発的な演算能力をもたらした。


「ロザリア、お前の全演算領域リソースを私に預けろ。これより、数十万人分の生体暗号を同時に、リアルタイムで個別解読パーシングする」


「はい、アルス様。私の魂のすべてを、貴方に捧げます!」


二人の【掌握の刻印】が共鳴し、赤と青の光が螺旋を描いて激しく明滅した。アルスの視界は、教都にいる数十万人一人一人の精神波形、そのDNA配列にも似た魔力構造の羅列へと切り替わっていく。普通の人間の脳であれば、一瞬で情報量に圧殺されて廃人になるほどの濁流。しかし、ロザリアという最高の

「バッファ(緩衝器)」と「冷却装置」を得たアルスの頭脳は、その膨大なデータを整然とファイリングしていった。


「システム・アクセス。管理者権限をネヘミヤから剥奪デプロマシーする」


アルスが虚空に向けて指を突き出すと、大聖堂の『聖杯』から放たれていた黄金の光が、唐突にどす黒い青色へと変色した。 数十万人から強制的に吸い上げられていた生命エネルギーのラインが、アルスの超並列演算によって一本残らず遮断され、それぞれの住民の身体へと優しく逆流していったのだ。


「な……ばかな!? 私の『聖杯』が、神の制御が、上書きされただと!?」


法王ネヘミヤの悲鳴が教都に響く。 エネルギーを失った『神罰の劫火』は、発射されることなく煙のように霧散した。後に残されたのは、臨界点を超えて暴走寸前の、ただの巨大な魔力の塊となった『聖杯』だけだった。


「バルド、ルナ! 『聖杯』の物理的コアを隔離しろ! ガイウス、法王の身柄を拘束」


アルスの冷徹な命令の元、王国軍のコンポーネントが電光石火の速さで動いた。バルドが打ち込んだ電磁シールドが『聖杯』を完全に包囲し、ルナの調整した中和剤がその魔力を急速に安定させていく。


大聖堂の玉座の間へと踏み込んだアルスとロザリアの前に、法王ネヘミヤは這いつくばっていた。


「お前は……お前は何という悪魔だ……! 数百年の信仰の歴史を、その傲慢な数字で踏みにじるというのか……!」


ネヘミヤの呪詛のような言葉に、アルスは一歩、冷酷に歩み寄った。


「勘違いするな。私はお前たちの信仰を否定しているのではない。信仰という美しい言葉の裏で、国民という貴重なリソースの命を削り、私利私欲のためにシステムを私物化していたお前の『管理能力の欠如』を断罪しているだけだ」


アルスはネヘミヤを見下ろし、淡々と選択を突きつけた。


「この国は本日を以て解体され、我が王国の『東部第一生産特区』へと再編成される。お前たち司祭は全員、その高い魔力保有量を活かして、鉄道の魔動炉の『手動制御オペレーター』として労働に従事してもらう。神に祈るよりも、実質的なエネルギーとして社会に貢献しろ。それが、お前たちに残された唯一の生存確率だ」


「ぐ、あああああっ!」


ネヘミヤは絶望のあまり気絶し、ガイウスの部下たちによって引きずられていった。 その場に残されたのは、静寂を取り戻した大聖堂と、アルス、そしてロザリアの二人だけだった。


アルスは深く息を吐き、ようやく【掌握の刻印】の光を収めた。その瞬間、極限の演算から解放された反動で、彼の身体が微かに揺れる。それを、ロザリアがすかさず正面からその華奢な身体で抱きとめた。


「よく頑張りましたわ、アルス様。……数十万人を救い、一国を無血でデバッグするなんて、やはり貴方は世界で唯一の、最高の管理者です」


ロザリアはアルスの胸に顔を埋め、その背中に愛おしそうに腕を回した。 アルスは彼女の豊かな髪の香りを吸い込みながら、自分の両腕で、彼女の細い腰をしっかりと抱きしめ返した。


「……お前がいなければ、私は今頃、あの情報の海に溺れて消えていた。ロザリア、お前は私の予備システムではない。私という存在を稼働させるための、メインエンジンだ」


アルスの口から紡がれた、最大級の賛辞と愛の告白。 ロザリアは顔を上げ、涙の浮かぶ、しかし世界で一番幸せそうな瞳でアルスを見つめた。


「はい、アルス様。どこまでも、貴方と共に走り続けますわ」


二人の唇が、自然な動作で静かに重なり合った。教国の虚飾に満ちた聖杯は砕かれ、新時代の王と、その最愛のパートナーによる、本当の統治がここに始まった。しかし、大陸の西側、巨大な富を握る『自由商業都市連合』の影が、すでに彼らの足元まで伸びてきていることを、アルスはまだ知る由もなかった。

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