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デビュー それはほろ苦きものなり その9

 ブレイヒルに向かう34台のマシン。混戦模様の中、スタートで飛び出しトップで進入したのは勿論ビアンカ。コゼットとは対照的に、その走りはまさにダイナミック。静のコゼットに対し、動のビアンカと言われる所以である。

 マシンを大きくスライドさせながらコーナーをクリアしていく様子は、コゼットとは別の意味で見事という他なく、そして激しい走りに誰もが魅了される。大排気量ならではの巨大なパワーを活かしつつ、重量級ならではのハンドリングの不利を補う過程で身に着けたテクニックなのだが、今では主流となっている。グループS及びXではパワーを活かしたスライドコントロールの方がこの時代基本的には速い。他の軽量級クラスのように、その軽さによる運動性の高さを活かした走りではタイムが出ないのだ。

 特に、巨大なパワーを活かすのにあたっては、立ち上がりがタイムアップのカギだった。なので、低速でコーナーに進入すると同時にスライドさせながら一気に向きを変え、立ち上がっていく走りが基本である。

 あのコゼットも、軽量級のように高速でコーナーに進入しているように見えるのだが、実際にはスライドさせながら一気に立ち上がっており、動きが最小限度且つ流れるような走りであるため、そう見えているに過ぎない。

 特に軽量級と重量級でその差が顕著に表れるのが、立ち上がり時のバンク角で、同じ地点で重量級ではマシンが起きていることが多いのに対し、軽量級ではまだ寝ていることが多い。

 

 そんな中、SSDはマシンの一群に囲まれながらも、順調にブレイヒルをクリアしていく。出走数がやや少ないのも幸いしているのか、大きなアクシデントはなかった。グループS以上になると、豪快なスライドコントロールが見られるためか、それ見たさの観客も多い。

「くう~っ、どのマシンのスライドも見事だなあ。これが世界ってやつかよ」

 レース開始早々、世界の洗礼を肌で実感する雪代。当人もスライドコントロールには自信があるのだが、それでも劣るマシンで何とか追随している雪代も何気にスゴイのだけど、当人は必死なのでまだ気付いていない。

 だが、この時から後に雪代ならではの勝負強さの源となり、そして大きな武器となる絶妙なブレーキコントロールは光っていた。それは、皮肉にもカミナリ族時代、時折開催していたチキンレースの賜物だったのだが。生と死のギリギリの狭間を競う中で、元々の才能が磨かれていったと言える。

 因みに、この時はまだセッティングの方向が確立してなかったが、それでも雪代のマシンはブレーキコントロールを最大限に活かすため当初から安定性重視でエンジンを標準より1㎝程低くマウントしていた。後には前輪を標準より太めの130サイズに、更に雪代のコーナー進入時の四点姿勢用に、長めのタンクカバーが採用されるようになっていく。SSDのメンバーはライディングに際してクセが強く三者三様だったこともあってメカニック泣かせの側面もあったが、同時にライダーに関する多様なセッティングノウハウを手に入れることになる。

 それまでは、ライダーがある程度自分のライディングスタイルを活かしつつもマシンの特性に合わせるのが普通だったのだが、こうしたセッティングノウハウは、マシンをライダーに合わせて変えていく重要性を認識させることにもなり、後々SSDが世界の檜舞台で戦っていく際、大きな武器となっていく。


 一方、翔馬もマシンと格闘しつつ、揉まれる中でレースを楽しんでいた。

「今私が見てるのは、嘗てお母さんが見たのと同じ景色なのね」

 意外にも、コーナリング勝負では他のマシンにも負けていない。時に進入時に果敢に抜き去ってみせることも。だが、如何せんマシンの性能が追いついておらず、加速が乗るような場所やストレートで抜き返されてしまう。

 因みに、翔馬は旋回性に振ったセッティングを好んだ。このため、前輪は115サイズをチョイスし、エンジンも標準より1.5㎝高く、且つ5㎜前にマウントしている。これにより、翔馬特有の鋭い旋回が可能となっていた。因みに、このセッティングを雪代とエイミーも試したことがあるのだが、思うようにバランスが取れず転倒してしまったことも。なので、翔馬はかなりのバランス感覚の持主であることが窺える。

 

 雪代の前を走るエイミーは、セッティング自体はSSDの標準であり、前輪も標準の120サイズ。これといった特徴は見られないのだが、後に物議をかもすことになる事態を招く兆候が。それは……

「チャンス!!」

 前のマシンが隙を見せた瞬間、躊躇うことなく飛び込んでいく。その様子に相手は、

「うわっ!!危ないっ!!」

 突然側面に飛び込んできたエイミーに狼狽し、立ち上がりでふらつき大きくロスしてしまった。その間雪代も抜き去っており、ライダーは抗議の拳を振り上げる。

 エイミーの武器は、何といってもずば抜けた判断力と一瞬のチャンスも逃さない反射速度にあるといってもいいだろう。しかし、後ろを走ってる雪代は、

「エイミーのやつ、またきっつい走りしてんじゃねえか。あたいらは慣れてるからいいけどよ、さっきの明らかにビックリしてたぜ」

 そう言いながら、気遣うようにチラリと後ろを窺う。幸い大事には至ってないようだ。

 エイミーは判断してから動き始めるのが他のライダーより半テンポ、いや、ワンテンポ早いのだ。例えるなら、日本競馬界に於ける伝説的存在である福永洋一に近いだろうか。彼もまた、デビュー当初はその手綱捌きが強引すぎると先輩騎手などから散々問題視されていた。査問にかけられるが、最終的に不問にされ、ギリギリだが規定を守ろうとする意思はあると見做すとされている。ある意味福永の凄さを物語るエピソードと言えよう。

 エイミーもそれに近い。

 因みにマライソムも判断力の鋭さとその反射速度はエイミーとよく似ていたが、意外にもその走りはそれ程問題視されていない。

 しかしエイミーは、アイルランド人ということもあり、差別感情も手伝って後々査問に掛けられることに。


 その頃ビアンカは、各コーナーに陣取る観客を魅了しながら徐々に差を拡げていく。トップを走り抜ける様子は、まさに銀の稲妻。光の如し。無論、その様子を羽矢も見逃しはしない。

「来たわ!!」

 素早くビアンカに照準を合わせ、コーナリング中の様子を余すところなくシャッターを切り、同時にモーター音が響く。撮影後の表情は、明らかに見惚れていた。

「まあ、何てステキな走りなんでしょう。さすがはフラメンコ・ダンサー」

 プリンシパルと呼ばれるコゼットとは、別の意味で見映えのするライダーだ。そう思わずにはいられない。

「まったくだな。こればかりは認めない訳にもいかねえ」

 拳も同意する。

 トップグループが走り抜けていった後、暫くしてSSDが相次いできた。赤は非常に目立つため、遠くからでも容易に視認できた。少なくとも、シャッターを合わせるのは楽だった。

 だが、意外にも三台が間髪入れずに来たため、長篠の三段撃ちでもシャッターを切るのは楽じゃない。

「ふう」

 三台が走り去った後、二人は急ぎの仕事が一息ついたかのように安堵する。

「やっぱり、こっちも同じだわ」

 そうため息をつく羽矢。そしてグループSと共通のセリフが意味するものとは……

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