003/100 使徒キュリオス
主神からの言葉はすべて代弁者ジャッジにより三神に伝えられる。私は主神の姿を見たことがないし、三神の前にも現れたことはない。
三神の中で一番任期の長いカスパヌシュは会ったことがあるという——が、主神の放つ穢れなき輝きを前に直視することは遂に叶わなかったようだ。
「あんたが来たってことは……ガチね。にしても、あんた——老けないわね」
シヴァルタはジャッジの顔をまじまじと覗き込んでいるが当然のことである。神格化した時点で外見的成長は止まるからだ。
前回ジャッジが現れたのは私がまだ使徒になる前だろう——ジャッジは神が交代する時にのみ姿を表す。まったく表情はなく、感情は読めない。
「さて、早速ですがジャッジ。貴女には、私達三人のうち二人が死ぬことを許可して頂きたいのです」
「——本来であれば、そんな馬鹿げたことを許可することはできない。だが、人が滅ぶことを主神は望まれていない。そして、三神の一人に人を任命したいとお考えになられている」
三神トリニティルが現在のメンバーとなったのは王国が誕生する以前。
地上の勢力図に人が大きく関わらない頃だ。ブラキオルはエルフ族、シヴァルタはサキュパス族、カスパヌシュはドワーフ族の出自だ。
「ふぉっふぉっ。地上から絶滅したドワーフは必要ないといわれているようなものじゃの」
カスパヌシュはドワーフ最後の生き残り……戦闘力において他の種族よりも秀でていたため、最初に魔族に目をつけられたのだ。
「話が早いじゃない! 利害は一致しているってわけね——いいじゃないのよ! さあ、新たなゲームを始めましょう!」
「シヴァルタ、少し落ち着いください。まだカスパヌシュ老から回答を頂いていません」
「ふむ、儂は構わんよ。お前さん達よりも長く生きとるし、十分人生を楽しんだ。別に負けて死んでも後悔などせんよ」
私は、何処まで行ってもそういう心情にはならないだろう——そう思うなら神の椅子をさっさと譲ってくれ。
全員が参加を決めたところでジャッジが話始めた。
「主神は、この先二人の神の命が失われることに大変心を痛めておられる。せめて不正なき正当なゲームであることを望まれている。そこで、特別に私がディーラーを務めることとなった」
このようなゲームを容認していいのか……主神は何を考えているんだ。
「ルールはシンプルだ。人か魔族どちらが滅びるかに賭ける。そして、それぞれ一人の使徒を地上へ送りゲームに介入することを認める。続けて、人はすでに残り一人——あまりにも不利な状況だ。ゲームを公平に催すにあたりあの少年、アルトには主神より恩恵が与えられる」
——なんだと!? そんなことが許されていいのか!
「ほう、それは面白いことになりそうじゃ! どちらが勝つかわからなくなってきたの。——さて、どちらに賭けてよいやら」
恩恵が与えられる——すなわち三神級の力を持つ可能性があるということだ。
私は神の力を目指し、命を賭けて神々の塔に挑戦した。
そこから敗れた落ちた者達の成れの果て、それが神々の奴隷である使徒だ。
「それは吉報ですね。追い風は大歓迎……ですが、魔族の生き残りに賭ける方には凶報でしょう」
「何いってるのよブラキオル。人生最後のゲームになるかもしれないのよ。どっちが勝つか分からないぐらいが——丁度いいじゃない?」
三神達の話をジャッジが遮る。
「どちらに賭けたかは口外する必要はない。——三人とも賭け先はすでに決まってるようだな。ゲームは成立している。それでは、神々が命を賭けるゲームを始めようか」
ジャッジは、その言葉をいい残すと姿を消した。
「ほう、人の生き残りに賭けた神がおるということか、実に面白い。宴も一旦はお開きじゃの。儂は送り出す使徒をまずは決めるとこからじゃ」
「まあ、あなた達も精々がんばりなさい。このゲーム、勝つのは私だけどね」
カスパヌシュとシヴァルタ達はエデン空中庭園を後にした。
「キュリオス、私達も領域へ帰りますよ」
ブラキオルはそういって私の手を引いた。
「はい、ブラキオル様」
私はこの状況を素直に受け止められずにいた。
アルト、ただ逃げ回り生き残っただけに過ぎないお前に……
恩恵は相応しくない!
――僕は……気を失っていたのか?
意識が戻った瞬間に、先ほどまでの光景がフラッシュバックした。
そして、とてもとても深い後悔の念に僕は囚われた。
べア姉の仇を取れなかった。涙が止まらない。
僕は取り返しのつかないことをしてしまった。
戦ってあの魔族に勝つことは、できないかもしれない……
でも僕が先に囮となって魔物の群れの前へ飛び出すことはできたはずだ!
僕は自分にできる範囲のことすらできていなかったんだ。
生き残るべきはベア姉だったんだ……
現実から切り離された精神世界。
何人たりとも立ち入ることのできない汚れなき白で包まれたその世界で。
アルトは一人の少女と出会った。




