002/100 三神トリニティル
一一此処は世界の中心を貫く神々の塔バヴェル。
その最上階にあるエデン空中庭園。
この世界の理を司る神々が日々終わらない宴を楽しんでいた。
私は、神に仕える使徒という存在。
その日は珍しく宴はなく、下界のとある一件に介入すべきかという真面目な協議が行われている。
「皆様に是非を問いたい! このまま魔王軍が勝利し、人が滅んでもよいのですか? その後、我々は何を肴に宴を催せばよいのでしょう!」
まるで、自らが議長かのように意気揚々とそう提言した若めの男神はブラキオル。
彼は、私の仕える神である。
「ちょっと待ちなさいよアンタ、新米のくせに仕切ってんじゃないわよ! 魔王軍の勝利に賭けていた私はこのままあの子、アルトちゃんが殺されちゃってほしいんだけど!」
妖艶な雰囲気を持つ露出の多い女神シヴァルタが不満そうにしている。
そもそも、この二人はあまり仲が宜しくない。
「まあ——儂としては、ここでこのゲームが終わってしまうのは忍びないのぉ」
顔が白い眉毛と髭で覆われた老人姿の神は、カスパヌシュ。王国軍に賭けていたのかブラキオルの提案に乗り気なようだ。
神々は宴の肴として、よく下界の争いを賭けの対象にしていた。
魔王軍と王国軍の戦争は戦力が拮抗していて、勝利確率の等しいコイントスのようなもの——宴の肴には持ってこいなのだろう。
だが今回は違う。各所の戦局で予想を裏切り魔王軍の勝利が不自然に続いた——
その結果、今に至る。
使徒に囲まれワイングラスを回し持ち優雅に腰掛けるシヴァルタ。その女神を見下ろしブラキオルは問う。
「さて、女神シヴァルタよ。一つお聞きしたいことがあります。貴女の使徒の一人を最近お見かけしませんが……どちらに?」
「ふふっ、神が神にいいがかりをつけるとは面白い! 確かに使徒の一人が地上へ降りてはいる。けれど帝国が有利になるように働け。と指示した覚えはないわ。私を楽しませてちょうだい。といったぐらいよ。だけれど……」
シヴァルタは顔を火照らせながら立ち上がり続けた。
「つまらなくはないかい? こんな何十年も拮抗した勝負を見ててもさ。なんの刺激もないじゃないか、私はもっと感じたいのさぁ!」
その女神は、自らの胸を見せびらかすように両腕ですくい上げ寄せている。この神聖な場所でそういった卑猥な行為はやめてほしいものだ。
「ふぉっふぉっ、お盛んじゃな。儂は長く遊べる玩具の方が良いがの」
「確かに今のままでは味気ないかもしれません。ですが……一人の神のいたずらでゲームが終わってしまうのは、私としても腑に落ちません。そこでどうでしょう。新たなゲームをするというのは?」
これまで神々は一つの勝負に対して一人の使徒の命を賭けていた。勝利した神に使徒の所有権が移動する。そして使徒に拒否権などない。神の命令は絶対遵守。
神に死ねといわれれば私達使徒は、死ぬのだ。
「これまでのポジションは解消します。そして、この状況からどちらの勢力が勝利するかを予想するゲーム。このままでは魔王軍の勝利で終わってしまう。そこで条件を平等にするために、私とカスパヌシュ老も地上へ使徒を一人送る。」
ブラキオルは自らのシナリオ通りのようで饒舌だ。
「そして——賭けるのは使徒の命ではなく、私達の命!!」
「命を賭ける……神とて死ねば終わり。快楽を得ることも酒を嗜むこともできなくなる最高の不自由、それが死。面白いじゃない! それなら今回の勝ちがなくなっても構わないわ!」
こんな提案に乗るとはこの女神も狂っているな。
「ふぉっふぉっ、お前達はまだ若い、命は粗末にするものではない。それに、儂らトリニティルの命は主神の物じゃ。さてブラキオルよ、お前の一存で決めれること柄ではないぞ」
地上の観測を命じられている三神トリニティル。それぞれブラキオルは創造、シヴァルタは破壊、カスパヌシュは維持を司る。三神一体として機能しているため、誰一人欠けることは許されていない。
「カスパヌシュ老の仰る通りです。ですが、すでに手筈は整っております」
その瞬間三人のちょうど中心に光をすべて遮断するほどの黒い円が出現した。
その円は立体的に縦に膨らみ上がり——
徐々に人型を成し、背筋がピンとした姿勢のよい女性の姿へと落ち着いた。
そして、言葉を発した。
「——我が名はジャッジ。主神の代弁者である」