第5話
「また……誰かが行くの?」
話を聞いていたティリスが、不安そうに顔を上げた。
カイム達があんな姿で帰って来た場所に、改めて誰かが行くなんて、心配で仕方がなかった。
また、被害者が出てしまうと唇を噛み締めた。
「調査に行かない訳にはいかない。アレが万が一にも、街に進行している様子があるなら、早急に対処しなければ膨大な被害が出るからな」
自分の事の様に不安を見せるティリスの頭を、クラヴィスは優しく優しく撫でた。
魔物達の生態や棲息地を知り、早急に対処する事が自衛にも繋がるのだ。そうやって、人類は今まで行き長らえてきた。これからもそうであろう。
過激な者達の中には、棲みかである地をすべて焼き払えばイイと言う。
だが、棲みかや行き場を失った魔物達は、狂った様に一斉に村や街に襲いかかるだろう。そうなれば、魔法や兵器を使った最終戦争になってしまう。
魔物達は滅ぶかもしれない。しかし、それによって人間もまた滅ぶかもしれない。それはあくまでも "最終手段" なのである。
「私も……私もついて行っちゃダメ?」
隣にいたクラヴィスの袖をねだる様に、ティリスはツンツンと引っ張った。
1stのヴォングがダメだったとしたら、その上でありヴォングの頂点である【ゼロ】が行く可能性が高い。ならば、傍は無理でも近くに待機していたかったのだ。
確かに過信ではある。だが、死傷者は少なく出来るかもしれない。ただここで、待っているだけなんて出来なかった。
「「「ダメだ!!」」」
その瞬間、周りからは一斉に声が上がった。
危険過ぎると、全員が大反対である。
「でも!!」
そんな皆に怯む事なく、ティリスは反論しかけた。
「そんな危険な所に、お前を連れて行けるか!!」
いつも冷静沈着であるクラヴィスが、堪らず声を荒げていた。
まだ何一つ分からない危険な地に、絶対に同行させる訳にはいかない。
「でも、せめて近くにいられれば、助けられたかもしれない!!」
強く拳を握り、ティリスは引き下がらなかった。
大切な仲間の最期を見届けるために、この【力】があるのではない。助けるためにあるハズ。
「ダメだ」
アルフォード社長がティリスの言い分を切った。
彼女の気持ちも分からない訳ではない。だが、それはそれなのだ。彼女の安全が第一であって、他者など二の次なのである。
「……っでも――――」
「ティリス」
まだ引き下がるつもりがないティリスの言葉を、低く爛れた声が遮った。
「ヴォル」
声のある方向を見たティリス。
「ここで "何" をしている?」
男のその声色にティリスは、一瞬身体がすくんでいた。
「何をしていたかと訊いている」
黙るティリスの傍に歩み寄り、尚も訊いた男。
彼の名は【ヴォルフラム】。姓はなく、代わりに "博士" と呼ばれている。
医師であり、とある研究者でもある彼のその姿は、ものスゴく異様とも云えた。
モノクルの眼鏡を掛け、白衣を着た不気味な男。何が不気味に見せるのか。雰囲気だけではない。理由はその風貌にあった。
彼の顔の右上半分は焼けて爛れていて、それを隠すかの様に髪を垂らしているのだ。その不気味さは初見でなくとも、思わず目を反らせる程である。
勿論ティリスが治す事も可能だが、敢えてそのままでいるのだ。奇行な性質なためとも、彼女に負担を掛けさせぬためとも云われている。
「……怪我人の……治療」
突き刺す様な視線に、ティリスは思わず顔を背けた。
ティリスは彼の顔に怯えたのではない。"視線" に怯えたのだ。
「調査に行っていた1stの治療にあたってくれていたんですよ」
そう言ってゼロのウルは、彼とティリスの間に割って入った。
治療をしていた彼女を責めるのは、黙認出来なかったのだ。
「誰の許可を得た?」
ヴォルフラム博士は目を眇めた。
「彼女が治療をするのに許可なんて――――」
必要なのかと今度はゼロ主任が庇う様に口を開いたが、ヴォルフラムは遮った。
「ティリス。今日は "治療日" ではなかった筈だ。お前達、連れて行け」
「「はい。ティリス様、行きましょう」」
自分の脇に控えていた部下2人に、ティリスをここから連れ出す様に命じた。
ここに居れば、新たに治療にあたらせる事になるからだ。
まだ何か言いたげのティリスにヴォルフラムは「出禁にしてもイイのか?」と釘をさし黙らせたのであった。
出禁にされてしまえば、助けられる人達を見殺しにする事となる。そう言われティリスは、反論するのはやめヴォルフラムに従い自分の部屋に戻る事にしたのだった。