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金塊の夢  作者: 平谷 望
第一章 金色の魔王と砂漠の亡霊
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第五十一話 出来損ないの蜘蛛の糸

 次の日の朝方、我はいつも通りに鍛練をしていた。最近は色々な用事が重なりすぎてろくに体を鍛えることが出来なかったので、今夜はしっかりと体を動かしていたのである。眠気も特になく、問題もさして無い。余った時間を全て鍛練に注ぐと、深い夜はあっという間に朝になっていた。


「……まだまだであるな」


 当たり前だが、現在の我の力は弱い。平均的な人間の男よりも弱い程度である。素早さも怪我をした猫に追いつけない程で、魔力などこれっぽっちもない。

 たった八時間の鍛練であるが、我の弱さが遺憾なく伝わるのだ。この有り様では、亡霊がどうだとかを言っている場合ではない。確実に我では欠片の持ち主に勝つことは出来ないだろう。


「……」


 殆ど汗の無い体を起こし、水を飲む。ちらりと見た玄関の隙間からは、金色の朝焼けが差していた。時間は……午前六時前といった所か。これ以上鍛練をしても、中途半端になるだろう。我は深呼吸をして、居間の長椅子に腰掛けた。

 することも無いのでぼうっと対面の壁を見ていると、色々な考えが湧いてきた。


「……剣が重くなった、か」


 その中でも一際割合が大きいのは、ライゼンの言葉であった。自らの為に他人を殺し、因果応報に大切な者を失う。その果てに手にいれたのが、剣の重みだと言う。

 我は静かに自分の両手を見た。白魚のように美しいが、細かく見れば傷がある。擦りきれた跡も、軽くたこになった部分もある。魔王の権能をもってして、傷がつくほどに戦ったのである。


 恐らくこの体も、神や人間に付けられた小さな傷が数えるほどに点在しているだろう。だが、我の拳に重さはなかった。誰も殺せないとは思わなかった。ライゼンと我は似ていたが、決定的な場所で違ったのである。


 ライゼンは力を振るって大切な者を失った。我は大切な者を失って力を振るった。結果は同じでも順序が違う。復讐された者と復讐をした者である。

 だから、真にあの兄弟の心を知ることは出来ない。我の拳は今でも軽いままなのだ。


「……失う物など何一つ無かった我に、失う痛みはわかるまい」


 分からなければ、その手に剣を握らせることなどできはしない。力を借りることはできないのだ。であれば、別の手を使う他あるまい。我はいっそ、バストロスを頼ろうかと考えた。奴とは多少の面識がある。無下にはされないだろう。

 エリーズの話では、エーテルホワイトの亡霊にバストロスは偵察を送ったという。


 バストロスは馬鹿ではない。無駄に偵察を行い、兵士を失う危険を冒す訳がないのだ。であれば、亡霊には何かがある。もしくはエーテルホワイトに何かがあるはずだ。そこに漬け込んで上手く兵士を……そうだな、少し弱いがヌト辺りを借りることが出来れば万々歳である。


 だが、その交渉をするのはかなり難しい。我から払える対価が少ないのである。我が求めているのは確かな戦力。それに対しての対価が『戦力を寄越せば亡霊を狩ることが出来る』という、借りることが前提のものしかない。散々交渉の場に立ってきた我であるから、これではまともな話にならないと分かっているのだ。


 そもそも、バストロスがエーテルホワイトに求めている物が分からない以上、計算の立てようが無い。


「……盾は我がやるとして、前衛がもう二人と、後衛が一人欲しいところである」


 前衛が二人、後衛が一人。これが最低限必要とされる戦力である。理想はそこにもう一人前衛を加えることだが、そのあてであった店主が剣を振れない。恐らくライゼンも無理であろう。

 ……たった四人で亡霊を狩ることが出来るかは、ほぼ賭けのような所がある。瞼を下ろして欠片の主を確認すると、亡霊は最初に感じた場所から殆ど動いていない。


 時折何かを感じ取って獣のように突進し、元の場所に戻る。なんとも亡霊らしい動きと言える。亡霊ならば神の力が有効であるが、我はアリシノにもアスタニシアにもバウサヘキィナにも頼りたくはない。


 さて、どうするか……と考えていると、真後ろで木材が軋む音が聞こえた。反射的に振り返ると、寝巻きのエリーズがびくりと驚きながらこちらを見た。


「あわ……えっと、おはよう」


「……早いな」


「うん。ちょっと……寝たのが早くて」


 そう言ったエリーズはとぼとぼと階段を下り、水を一杯飲み干した。続けてまた階段の辺りまで行き、時計と階段の上を交互に見ている。二度寝をするか考えているのだろう。うーん、と小さく唸ったエリーズは、ちらりと我を見た。当然、目が合う。


「……」


「……えっと」


「……?」


 エリーズは何かを言おうとしたが、その前に我から目を逸らした。そして、跳ねた後ろ髪を手櫛で直しながら、ちょこんとテーブルの椅子に座る。

 互いに話すことは無いようで、暫く沈黙があった。だが、少しうつむきがちだったエリーズは、何度か我の方を見ている。


「……何だ、言ってみろ」


 そんな仕草をずっと目の前で続けられてもしょうがない。我は一旦欠片の事をおいて、エリーズに聞いた。エリーズは答えるのに少し時間を掛けて言った。


「あ、えーっと……コルベルトさん。……この国の王様のこと、何か知ってたり……するかな?」


 我は驚いた。どうしてエリーズがそんなことを聞くのかというのもあるし、まるで我の思考を読んだようにバストロスの話をしてきたこともある。とにかく我は驚いて、少し答えるのが遅くなった。それをエリーズは否定ととったのか、慌てて「ごめんね」と謝った。


「いや、謝るな。……王というと、バストロスのことであろう?」


 確認の意味を込めてそう言うと、今度はエリーズが驚いた。大方、どうして我がバストロスの名前を知っているかについてだろう。


「え、あ……エストさんの事、知ってたんですね」


「……殆ど知らぬが、面識はあるぞ」


 我の言葉に、重ねてエリーズは驚いた。我はエリーズから『エスト』の名前が出たことに少し驚いたが、この国の王の名前ならば知っていて当然だろう。


「い、いつ……知り合ったの? 昨日……じゃないと思うんだけど」


「いつ、と言われればどう答えれば良いか分からんが……エリザベスを探していた時だったな」


「え、あの時?」


「そうだ。エリザベスを抱えたままバストロスに向かって突っ込んでしまったな」


 流石にあの時ばかりは胆が冷えた。我は別に良いが、我に関わった人間の命が真剣に危ぶまれたのだ。今ならばバストロスが無関係な人間を巻き込むことは無いだろうと分かるが、そのときは血の気が引く思いであった。

 我の言葉を聞いたエリーズも顔を青くしたが、その後のやり取りを詳細に……いや、我に関するバストロスの評価はぼかしたが、説明した。


「そ、そんなことがあったんだね……知らなかった」


「聞かれなかった上、言わなかったからな。知らなくて当然である」


 我がそう言うと、エリーズは何かを考え始めた。一瞬我の言葉に機嫌を悪くしたのかと思ったが、どうやら普通の考え事のようである。会話の流れでエリーズを見ていると、その雰囲気が変わるのが分かった。黒い瞳の奥で、何かが組み込まれていくのが見える。


 積み木を積むように、扉が開くように、何かが……恐らく未来が演算されていくのを感じた。少しの間、考えを深めていたエリーズは、ゆっくりと瞳を上げた。先程までとは異なった、醒めた瞳である。


「……あと一人、足りないかもしれない」


「……あと一人?」


「マスターさんか、ライゼンさん。それ以外は……多分大丈夫」


 我は何が何だか分からなかったが、エリーズの言葉には確信めいたものがあった。なんとかその言葉の真意を探るために、我は静かなエリーズに質問をした。


「何に対して一人足りないのだ?」


「……コルベルトさんが亡霊と戦えるようになるまで、あと一人足りない」


「……お前の計算には、他に誰が居る」


 我は聞いた。その声は少しだけ畏怖を孕んでいたのかもしれない。エリーズは我の言葉に瞬きをして、こう答えた。


「……今大丈夫なのは、ロダキノさんとアーカムさん。コルベルトさんがエストさんに面識があったら、ヌトさんも多分大丈夫」


「……」


 どういうことだ。どこからその三人が湧いてきた。我はほとほと驚愕に飲まれてしまって、質問責めをするようにエリーズに聞いた。


「待て、ヌトはまだなんとか分かる。だが、ロダキノとアーカムがどうして戦力になっているのだ」


「……昨日、お話ししたから」


「昨日……昨日出掛けたあの時に、ロダキノとアーカムを説き伏せたのか?」


 我がそう言うと、エリーズは大変だったと言って肯定した。


「ロダキノさんは口説いてきて大変だったけど、お友達だった黒龍さんのお話をしたら頷いてくれたよ。でも、アーカムさんは少し問題があって……」


「……」


「教会に寄贈されたって魔道具に『アーカム』って銘があったから、教会に援助するって約束で助けて欲しかったんだけど……証明が無いって断られちゃったんだ。だからエストさんを通じてお願いして欲しかったんだけど……」


 本当に、エリーズは何者なのだろうか。気がつけば、二人の男がこちらの戦力になっている。我自身はなにもしていないのに、裏で依頼と対価が天秤に掛けられて、確かな糸になっていた。まるで蜘蛛が張った糸のように、いつの間にか我の周りの全てがエリーズの計算に絡め取られていた。


 エリーズはロダキノの事を思い出したのか、少し渋い顔をしていたが、続いてその顔に悔しそうな影を落とした。


「……でも、私じゃ絶対エストさんに交渉なんて出来ないし、だからなんとか情報だけでも手に入らないかなって……」


「……」


「私はやっぱりダメダメだから、もしコルベルトさんがエストさんと会ってなかったら……本当に、どうすればいいかわからなかったよ」


 ダメダメだと、エリーズは本心から自分をそう称した。我からすれば、全くもってあり得ない。もはやこの場において、エリーズに畏怖すら覚えているのだ。

 我が固まっていると、エリーズが我の名前を呼んだ。


「コルベルトさん……?」


「……何だ」


「……えぇと、本当に申し訳ないと思うんだけど……エストさんとお話って、出来るかな?」


「問題は無い。無いが……何を話せばいい」


「あ、うん。それは今から説明するね」


 何が何だかさっぱりだが、エリーズはエストに対しての交渉の手札も持っているようだった。益々エリーズの出自が気になるが、恐らく聞いてもはぐらかされるだけだろう。

 我は深呼吸をひとつに、今の状況を整理した。整理して、呼吸と共に深く吐き出す。よし、落ち着け。取りあえずはエリーズの説明を聞くのだ。


 エリーズは我が聞く態勢になったのを見てから話を始めた。


「えーっとね……まず、今回エストさんにお願いすることは二つだよ。ヌトさんの力を貸してもらうことと、アーカムさんに力を貸してもらえるよう、お願いをすること」


「……うむ」


「その為に……コルベルトさんがエストさんに出すのは……『太陽の宝玉』だよ」


「太陽の宝玉?」


 聞きなれぬ単語に鸚鵡返しをした。何だ、太陽の宝玉とは。言葉の流れから察するに、エストがエーテルホワイトに求めているものであることは間違いないが……。

 疑問符を浮かべる我に、エリーズが説明をする。


「えーと……コルベルトさんは、エストさんに会ったことがあるんだよね?」


「そうだが?」


「じゃあ、エストさんが首から下げてた首飾りとか……覚えてる?」


 首飾り? ……思い返してみれば、エストは銀細工の首飾りを着けていた。真ん中には穴が空いており、相変わらずに質素であるな、と拘束されながら思ったものである。

 我が首飾りを思い出せたと思ったらしいエリーズは、こう続けた。


「その首飾りにはね……元々、金色の宝石がついてたんだよ」


「……それが、『太陽の宝玉』か?」


「うん。……あの首飾りはね、エーテルホワイトの王様達から受け継がれた、王様の証なんだよ。……分かりやすく言ったら、王冠みたいなものなのかな」


「成る程、話が読めてきたぞ」


 今から数十年前、エーテルホワイトは魔族と魔物の進行で滅びた。その時に王位を示す首飾りの宝石を、エーテルホワイトに置いてきたのだろう。


「太陽教はね、派手な色を禁止してるんだ。でも、神様の色の金色だけは、神様を崇める意味でほんのすこしだけ使うことを許されてたんだよ。でも、王冠みたいなピカピカしたものは下品なんだって」


「……我もその辺りについては知っているが、金色がどこまでいいのかについては分からぬ」


「私も詳しくは分からないよ……でも、だから砂漠の王様は王冠を使わなくて、首飾りに着ける『太陽の宝玉』も、お祭りとか王位継承の時以外は外してたんだって」


「その結果、宝玉だけを置いてきた、というわけか」


 エリーズは頷いた。つまるところ、バストロスも我も、状況は変わらなかった訳か。我は魔王の証明である権能を欲し、バストロスは王位を証明する太陽の宝玉を求めている。どちらも王族である我々にとって必要不可欠であり、意地でも取り返したいものの筈である。

 だが、宝玉のあるエーテルホワイトには亡霊がいる。調査と探索を含めて偵察を送った結果、兵士を無駄死にさせる結果となった。


 元々このミルドラーゼは五年前に生まれた国であるので、兵力が乏しいのだろう。国の維持や発展に尽力しつつ、出来れば王位の証明である宝玉を回収したいが、それほどの余裕はない、と。

 エリーズは納得する我に、こう付け加えた。


「それにね、他にもエーテルホワイトには沢山の物があったりするんだ。オアシスとか、魔道具とか、お金とか……それを置いたまま逃げちゃったから、きっとエストさんはなんとかして亡霊をどかしたい筈なんだよ」


「利害が一致している、というわけだな」


 資源が欲しいが、兵隊は動かせない。であるのなら、少数精鋭で落とすか、完璧に隠密をするしかないが、将来を見越せば亡霊は邪魔である。エストからすれば、忙しくて手が回らない障害物である亡霊を、ほぼ無償で退治する願い届けという訳だ。


 思った以上に、エーテルホワイトにはバストロスの求めていた物があった、という訳だな。……であれば、なんとか交渉が出来るだろう。これだけ情報を受け取り、弱い点を理解していれば……いける。

 我はエリーズの目を見て、言った。


「……分かった。そういうことならば任せるがいい。伊達に魔王はしていないのだ。交渉の経験などざらにある」


「……うん、お願い」


 我がにやりと笑うと、エリーズは少し固まって、柔らかく笑い返してきた。沈黙の理由は知れぬが、まあいい。エリーズにはまた一つ……いや、二つ分程度の借りを作ってしまった。どうしてそこまで我の事を手伝うのかは知らぬが、聞けばどうせ呆れる理由が返ってくるに違いない。

 大方、リサの件に関して我を利用した礼だとか、謝罪だとか言うのだろう。馬鹿馬鹿しいが、それを振り払う意味もない。今はただ、力を取り戻すときである。


 こちらに笑顔を向けるエリーズに、我は確かに頷いた。

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