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金塊の夢  作者: 平谷 望
第一章 金色の魔王と砂漠の亡霊
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第四十九話 魔王と応急措置

 ……我は何度も沈黙を続けたが、結局ろくな言葉が思い付かなかった。思いつけていれば、我はこんなところに居ないのである。本当に、何度も考えたが、どうしたって我にはこの場での最適解を出せるようには思えなかった。

 だから我は深く沈黙を続けて……取り敢えずの所、ライゼンを起こすことにした。ライゼンは濁った瞳で路地に凭れており、放っておけば死に至ることは間違いないだろう。その上怪我だの酔いだのが混じってろくに立てすらしていない。


 我はゆっくりライゼンに歩み寄って、右手を差し出した。ぼうっと眼前の壁を見つめていたライゼンは濁った瞳を我に向けた。


「……あぁ?」


「……取り敢えず立て」


「……」


 ライゼンは何かを言おうとしたが、途中で止めた。そして汚い手のひらが我の手をしっかりと掴んで、鈍くその体が起き上がる。途端に倒れこみそうになった所を、我は渾身の力で支えた。力の抜けた人間の体は、酷く重い。とはいえ、我にも意地がある。ライゼンの肩を担ぐ形で踏ん張ると、なんとか体を支えることが出来た。

 ライゼンはそんな我の様子を見て、目を丸くしている。


「……おいおい、どうしたんだあんた」


「……我は最悪な程に非力でな。お前を支えるので一杯一杯なのである」


「……」


 浮き上がった沈黙を潰すように、我は聞いた。


「……家は何処だ」


「……それ聞いてどうすんだ?」


「お前を連れて行くのだ。ここでへばっていれば、一日も持たずに死ぬぞ」


「……酔っ払いなんざ、ほっとけよ」


 ライゼンはそう言ったが、我はこの男を放っておくつもりは無かった。この男は、あまりにも我に似ていた。結末や種族は違えど、最終的な形は酷似していたのだ。これを見捨てることは、我にとって己を見放すような気分であった。

 またエリーズにやったように、器に合わない手助けをすることを、我は決めたのである。……何、一人抱えてしまえば、二人も三人も変わらないだろう。


 そう自己弁護を考えた我の脳内で、いつかバストロスに言われた言葉が反芻される。


『お前は、我が語ったように、とても王に相応しい人間とは言えぬ。……だが、真面目な人間だ。真剣な男である。誰かの苦しみを見ては、文句たらたらに建前を繕って、裏で己が不都合をこうむるような――馬鹿に誠実で、不器用な男である』


 なんともムカつく言葉であるが、実際の行動はそれに沿っていた。そんな状況に我は痛切なため息を吐きながら、ライゼンに言った。


「酔っ払いならば、なおさらされるがままにしていろ。酔っ払いの『問題ない』という言葉ほど信じられぬものは無い」


「……はっ」


 確かにな、とライゼンは笑った。そして深々と咳き込むと、あぁ、と濁った吐息を吐き「まずは真っ直ぐ路地を抜けてくれ」と言った。

 我はその言葉に従って、ゆっくり前へ進む。直近のライゼンは酷く酒臭い。体はボロボロで、浮浪者そのものである。我の中の魔王的な部分が吐き気を催したが、黙殺する。


「……右の突き当たりまで」


 日の当たる場所に出ると、ライゼンは眩しそうに目を細めて言った。ライゼンはかなり小柄なので、肩を担ぐと片足が浮く。汚い中年の男が、美貌を振り撒く我に担がれている状況は、はっきり言ってかなり目立つ。だが、ふらふらと覚束ないライゼンを歩かせる訳にもいかなかった。


 無遠慮な視線を浴びながら我は沈黙を保ち、突き当たりまで進んだ。


「……悪いな」


「次は?」


「……右に曲がって、二つ目の十字路を左に行ってくれ」


 行く先を見てみると、そこは長い一本の道であった。我は無言で前へ進む。そろり、と幾つもの視線が束になった。


「……やっぱ、そこら辺で俺を置いてってくれよ。大丈夫だ。俺は寝れば全部治る」


「ならば、寝る場所がどこでも構わないだろう」


 変におどけた口調でそう言われようが、我の行動は変わらない。ここまで運んでこれたのだから、これから先も同じである。いいから黙って引っ張られていれば良いのだ、と我が言うと、ライゼンは鼻からため息を吐いた。


「……同情してんのか?」


 それは非難するような言葉だったが、込められた意味は質問に近かった。とぼとぼときつい日射の中を歩きながら、我は答えた。


「同情はしていない」


「……ならなんで、俺をわざわざ運んでるんだ」


「……我には、こうする他に考えが思い当たらなかったのだ」


 ライゼンは急に放たれた我の言葉に困惑していた。だが、だからこそ次に続く我の言葉を、落ち着き払って待っていた。


「我は、お前に掛ける言葉が見当たらない。のこのことお前の過去に首を突っ込み、話すだけ話させて、どうすればいいかさっぱりであった」


「……」


「どう考えても思い当たらない。だから、我は考えるのを止めたのだ。お前に掛ける言葉が見当たらないのだから、代わりに体を動かすことにした」


「……」


「それで我は、分からないなりに考えて、思ったのである。家に帰れば……そしてゆっくりと休めば、傷は癒えるだろうと」


 人を殺すことしか知らなかった我が、この世界に来て学んだ事の一つが、帰るべき場所があることの大切さであった。どれだけ大きな心の傷も、時間と休息が傷跡にしてくれる。時間が付けた傷は、時間で解決出来る筈だ。

 少なくとも、我の傷はそうしてふさがった。死んでしまいたいと叫んでいても、我らはどうにも鈍感である。その時を越してしまえば、激しい感情は色()せていくのだ。


 ……当然、これが正解だとは思っていない。我が考えた、我の持論でしかない。ライゼンの傷は治るか知らぬし、見方によっては逃げているだけにも見えるだろう。だが、元々模範解答など無いのだから、我がどう動いても勝手である。


 我の言葉を聞いたライゼンは、どうだかな、と言った。我も、どうだろうな、と返した。


「……確証はないんだろ」


「ああ、そうだ。治る確証などない。我はお前ではないから、お前の傷の深さが分からんのだ」


 そういう意味では、お前の傷を治せるのはお前自身だけである、と言うと、ライゼンは「なんだそら」と笑った。


「肝心の治療が患者頼みって、荒療治にも程があるんじゃないか?」


「我が医者に見えるのか?」


「……(やぶ)医者にも見えねえな」


 わはは、とライゼンは笑って、そこを真っ直ぐ行って右だ、と言った。指示通りに進むと、目の前に小さな家があった。本当に小さな家である。くすんだ砂岩の壁で、空いた窓には格子のように木材がはめられていた。

 どうやらここが、ライゼンの家らしい。よっこらしょ、とライゼンが我の手から離れて、木製の扉に手を掛ける。どうにか一人で立てる位にはなったらしい。


「……んで、あんたはどこまで着いてくる気だ?」


「お前がきちんと寝るかを見るまでである」


 ライゼンは驚いた顔で我を見た。だが、我の言葉に二言はない。我の責任ではないとはいえ、ライゼンに過去を話させたのは我である。そうして開いた傷をどうにかするのは、我にとって義務というか義理に近いものがあった。


「放っておけば酒を飲んで気絶するだけであろう。病んだ時くらいは、素面しらふで寝るべきである」


 ライゼンは図星を突かれたような顔をした。そしてため息を吐いて扉を開く。


「どうせ言っても帰らないだろうしな……ようこそ、我が家へ」


 酒しかねえけどな、と言って、ライゼンは家の奥へ進んだ。我もその後を追って家の中に入る。家の中に照明は無く、薄暗い上に狭苦しい。玄関の先に台所がひとつあって、あとは玄関側に開いた引き戸と部屋が一つだけである。

 ライゼンの家の中は予想通り、埃と黴と酒の臭いが強かった。


 一つだけの部屋を覗いてみると、箱が幾つかと布団、棚のような物が一つある以外に物は無かった。殺風景と形容される質素さである。そんな部屋をライゼンは横切って、部屋の中央にある布団に寝そべった。


「……んで、寝ればいいのか?」


「……少し待て」


 こちらを見上げるライゼンの言葉に、我は待ったを掛けた。そして、玄関から見える台所へ向かい、そこにある棚や箱を開いて中身を確認した……が、何もない。ようやく何かを見つけたと思ったら、しなびた根菜と大量の酒瓶であった。

 寝る前に何か適当な物でも食っておくべきだろうと思っての行動であったが、あてが大外れである。


「……お前、普段は何を食っているのだ」


「……俺が料理とかすると思うか?」


 我とて流石に、食材自体が無いとは思わなかった。我は料理など塩を振って焼くくらいしか出来ぬが、軍隊育ちのライゼンならばまあ、大丈夫だろうと踏んでいたのだ。

 だが、この有り様ではどうしようもない。流石によくわからん野菜を焼いて食わす訳にはいかないのだ。


 一応鍋だの包丁だのはあるが、見事に新品同然である。包丁に至っては布に包んで木箱に入っている有り様であった。我は嘆息しながら、一応水道周りを確認すると、なんとか水は出る。ツマミを回せば炎も出た。料理自体が出来ないという最悪の結果は回避できたようである。


「……」


 さて、問題の食材であるが……これはしょうがない。買うしか無いだろう。幸い、ここから市場はそう遠くない。我はため息を吐いて、布団に入っているライゼンに言った。


「市場に行く。待っていろ」


「おいおい……流石にそこまでは――」


 ライゼンの言葉を聞きながら、我は玄関の扉を押し開いた。そして懐にリサから受け取った布袋があることを確認した。ちゃりんと音がして、銀貨の所在が明らかになる。

 市場の場所を脳裏に描きながら、我は一歩を踏みしめた。



 少しして、我は市場にたどり着いた。が、何を買えばいいのかはさっぱりである。我には物価が分からぬ。そもそも料理の腕が素人であるので、何を買えばいいのかも同時に悩むところだ。……適当に肉と野菜を焼いて、果物の一つでも齧らせればいいか。


 そう決めて市場を歩くが、肉や野菜が見当たらない。あるのは家具だの照明だの、そういった物ばかりだ。我は上流の市場での一幕を思い出した。確か、売られている物は場所ごとに違う筈である。ここにそういった概念があるかは別として、商品が偏っているのは事実だ。


 我はうるさく勧められる商品を無視しながら、食品の集まりを探した。視覚で探しても人間があちこち歩き回ってうるさいので、嗅覚で探る。血生臭い臭いを探り、その臭いが強い方へ向かう。何度か人間と肩をぶつけ、面倒を起こしそうになったが、なんとか目的の場所にたどり着いた。


 見回せばあちこちに肉や魚が見えるが、どれが幾らか、どんなものかは分からない。手始めに我は、目の前の肉屋に向かう。


「……おい」


「ん? 何だ?」


「この大きな肉は何だ」


「こりゃあラクダ肉だな。一塊で銀貨七枚と銅貨二十枚って所だ」


「ではこいつはなんだ」


「羊肉だ。一塊で銀貨五枚――」


「三枚でどうだ」


 手始めに我は四人前程度の肉の塊の詳細を聞いて、続けてそれよりも小ぶりな肉を指差した。銀貨五枚と言われたが、リサ曰くこういうのは交渉前提なのだろう。思い切って値切ると、店主は雷に触れたような顔をした。


「いや、あんた……銀貨二枚まけろってそりゃ無いだろ」


「では幾らならば良いのだ」


「あ? まあ、まけられて銀貨四枚と銅貨五十枚だな」


「銅貨二十枚」


「おいおい……まあ、いいか。あんたの顔に免じてまけてやらあ」


 時間が無いので手荒に交渉をしたが、どうにかなったようである。もっと時間を掛ければ銀貨一枚分はいけただろうが、ここは諦めることにしよう。我は銀貨四枚と銅貨二十枚を手渡して、羊肉を手に入れた。次は塩と水、果物である。

 幸いなことにどれも近くに店があった。水は思ったより高く、水筒一杯分で銅貨三十枚であった。代わりに塩は安く、おおよそ一掴みで銅貨二十枚であった。


 ミルドラーゼが多少海に近く、塩を作りやすいことが起因しているのだろう。続けて口直しの果物と肉と合わせる野菜を買った。酸味が多少ある赤い野菜を幾つかと、瑞々しい葉を持った野菜を選んだが……これがどんなものなのかは分からない。我は基本的に肉以外を食わないのである。

 殆ど勘と値段と品質で選んだが、我には一つ算段があった。悩む我を前に、店の女が一つレシピを教えてくれたのである。それに合う野菜がこの二つであり、無謀な賭けという訳ではない。


 仕上げに我は果物屋へ向かい、優しい甘さと勧められた桃色の果物を買った。野菜と合わせると、合計で銀貨一枚と銅貨四十枚である。そこそこ高いと思ったが、水がかなり高かったのである。砂漠で農業は、教会のように魔道具がなければ大変なのだろう。


 かくして両手に食材を持ち、我はライゼンの家に戻った。流石に重さという面での問題は無かったが、何度か道を間違えた。やっとのことで家の扉を開けると、布団の中のライゼンは暇そうに座っており、我の両手を見てぎょっとした顔をした。


「本当に買ってきたのか……」


「気にせず座っていろ」


「へいへい」


 どこか浮き足立ったようなライゼンの声を背後に、我は食材を台所に並べ、箱から包丁を取り出した。いかにも料理が出来そうな雰囲気を漂わせているが、我は料理など殆どしない。壊滅的とは言わずとも、素人かそれ以下であることは間違いないのだ。

 この期に及んで、エリーズの料理への誘いを断ったことに後悔することがあるとは思わなかったが、この際しょうがない。


 我は深呼吸をひとつして、薄暗い台所に向かい合った。

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