第百一話 魔王らしい、らしくない
魔道具が転がる室内で、テラがふむふむと顎に手を当てた。
「強い吹雪の中で戦うのならば……寒さを完全に遮断するか、全身の体温を保持するか、もしくは常に全身を温める魔道具とかですかね」
中々に高難易度な事を言っているが、テラの表情に険しさはない。どうやらそれほど難しい話では無さそうである。我はテラに、『この国の北端でも寒さに震えない魔道具が欲しい』と依頼した。リサは不安そうな顔だが、バジルは自信ありげにテラの回答を待っている。
「まず、寒さを完全に遮断するのはボクの魔力が足りないので無理です。体温の保持は多分そもそも意味が無さそうですし……温めるのが確実なんですけど、どのくらい火力が出るか……」
んー、と唸りながら、テラは鉄製の作業台に向き合った。作業台にはいくつかの引き出しがあり、凹みや傷の目立つ台には鑿や金槌、丸まった紙や何かの破片が乗っていた。テラは引き出しから長方形の木片を取り出して、台の上に置く。続けて鑿と金槌を持つと、黒い瞳を静かに細めた。
「……」
すぅ、とテラが呼吸音を漏らした。本来ならばここでテラの体の中に巡る魔力がありありと動き出すのだろうが、我には見ることができない。感じとることも出来ない。故に我からすれば木片を相手に深呼吸をしているだけに見える。
しばらく己の内に眠る魔力を調律したらしいテラが、すっと金槌を持ち上げた。正確かつ慣れた手つきで鑿が木片を削り、一瞬だけ青い火花が散る。木片を削っているはずだが、刻む音はキィン、と澄んだ金属音である。
それらにリサが驚きに声を上げかけたが、なんとか自重したらしい。
続けてテラの細い腕が精密に動いて、二度、三度と火花を飛ばす。文字が刻まれる度に青い火花は大きくなり、遠くへ跳ねた。その様子にリサとバジルが一歩下がる。
もう三度、続け様にテラが文字を打って、さらに二度金槌を落とした。
「……よし。これで……」
最後に一際強く火花が飛び散って、テラが顔を明るくする。テラは道具を作業台に置くと、木片を手に取った。黒い瞳が文字を慎重に確認して、テラは恐る恐る木片を上下に振った。すると、テラの三色頭が風に靡くように軽く揺れた。予想であるが、熱風の一つでも体に纏っているのではないだろうか。
「……あー……うーん」
「どんな感じなん?」
「多分、外を歩くだけなら大丈夫です。街の中だと逆に暑い位ですね。……でも、これで吹雪に入ったら……仮に、白狼の森なんて場所に行ってしまったら、間違いなく力不足ですね。あそこは気温だけでもマイナス30℃位ありますから」
「禁足地辺りとかだと、無いのと同じくらいやな。大白狼が出たっちゅうなら、その二倍は寒くなるやろうし」
どうやら、予想よりも程度が低かったようである。渋い顔になったテラは「仕方ありません」と言った。
「あまり賢いやり方では無いですが……保温の魔道具と断熱の魔道具も合わせましょう。それなら多分大丈夫です。街中で熱中症になれる位の温かさは確保出来る筈ですから」
「……それをやると、どれか一つが壊れたらっちゅうリスクがあるなぁ」
「それが怖いので一つで済めば良かったんですけど、流石に無理がありましたね。……やっぱりボクはまだまだです」
どうやら、わざわざ魔道具を三つ作ることに決めたらしい。テラは肩を竦めながら材料を引き出しから探し、バジルは一段落、といった顔をしている。我としてはもう少し何か関与をしたかったが、生憎そんな隙間は無い。リサ共々、棒立ちで部屋の中を見回すことしか出来ないのである。
気を利かせたバジルが話題を振ってきたが、テラが作業を始めると流石に口を閉ざしたしまった。テラが文字を打ち込んでいるのは……見た感じ、楕円形の鞣し革である。少し古臭い色味の革に、一文字一文字丁寧に、魔道具としての根源を打ち込んでいる。
テラは最初こそ順調に、さも簡単といった風体で魔道具を作っていたが、三つの革に文字を刻み終わるときには、白いこめかみに汗が滲んでいた。流石に魔力を使いすぎたらしい。
しかし、仕事はきっちりこなしたのか、満足げな顔で三つの魔道具を手に取った。
「……これで一応完成なんですけど……使ってみますか?」
「うむ。……使い方は先程と同じか?」
「はい。止めたかったらもう一度、という形ですね」
額の汗を拭うテラから魔道具を受け取った。……やはり、見た感じはただの革である。よくわからん複雑な刻印がされているだけで、至って普通に見える。
我は試しに三つを纏めて振ってみた。その瞬間、ぶわりと下から熱風が現れる。熱風といっても、砂漠の熱に比べれば生易しいが、久々のそれは確かな熱量を秘めていた。そんな風が霧散せず、我の体の表面を器用に対流している。
その上、今まで外気から受けていた寒さがぐんと薄くなり、体が急速に温められていく。その熱は消えることなく我の五臓六腑へ行き届き、我は思わず声を漏らした。
「むぅ……!?」
「おー」
「よし……」
「……近づいたらあたしも温かくなるかな?」
これは……良い。寒さを通り越して、現在は暑苦しさすら覚えている。服装が服装なだけに当たり前であるが、実に感動的だ。うむ、これがあれば恐らく……雪原や吹雪での戦闘を継続できるに違いない。厚着を加味したとて、凄まじい断熱なのだ。まるで冷血である我の血に熱が灯ったような、そんな感覚さえする。
目を白黒させる我にテラが静かにガッツポーズを決め、バジルは嬉しそうに笑っている。……リサに関しては神妙な顔で、暖炉に当たるように我へ手を伸ばしていた。
「……あ。暖かい」
「ふむ……一応周囲の人間にも効力があるのか。中々範囲は狭いようだが、すれ違う程度ならば伝わるかも知れぬな」
我は蒸し暑くなってきた首元を煽りながらそう言った。さながら歩く焚き火のようである。リサも恐らく同じことを考えていたのだろうが、口には出していない。
あまりにも暑いので、我は静かに服を脱ぎ始めた。テラが居るとはいえ、ヤツは男だ。厚着した服を脱ぐだけである。それほど恥になることではない。一応尻尾が見えぬように工夫だけはするとしよう。
暑さに服を脱ぐ我に、どうしてか三人が慌てる。
「え、ちょ……何いきなり脱いでんの?」
「おぁ!? が、眼福や……」
「も、もう一回振れば元に戻るので! こう、ささっと!」
「厚着した分を脱ぐだけである。我としても『雪だるま』に見間違われる姿を晒すのは抵抗がある上、そもそも動きづらいのだ」
我の言葉にリサとテラは納得したようだが、バジルは機嫌の良さそうな笑顔で我を見ている。……なんだか気力が削がれるやつである。我の体と顔に惚れているらしいので、当然の反応なのか?
我はそれらについて考えることを放棄し、ようやくいつもの服装へと戻った。ミルドラーゼにて手に入れた服の上にローブを羽織っただけの軽装である。
しかしこれでも全く寒さは無く、逆に暑さで体が火照るようだった。改めて素晴らしいものだな、と三種の魔道具を見ていると、テラが声を挟んできた。
「コルベルト様、くれぐれもその魔道具にはご注意下さい。胸元にしまうなりして、傷が付かないようにしなくてはなりません」
「……もし、戦闘中にどれかが傷つこうものならば……最悪の結末を迎えるだろうな」
「すみません……本当は三つを一つに纏めるか、一つの練度を高められればいいのですが……それですと効果が三分の一になってしまうもので」
魔道具に刻まれた魔法使いの文字が崩れ、それが意味を失った時……魔道具は崩壊する。刻み直しや修理など決して出来ない。壊れればそれっきりである。もしも吹雪の中でそれをしでかすと、我は問答無用の活動不可能状態に陥る筈である。
我は一応、大きな弱点を背負うことになったのだ。我は真剣な顔で魔道具を懐にしまって――と、ここでバジルが口を挟んできた。
「……あぁ、そうか。あの店女物の服しか売っとらんもんな……あんたの服、見るからに砂漠の人って感じや」
「寒さが無い以上、服装に拘る理由は薄いな。当然相応しい衣以外に袖を通すつもりはないが、既にある程度の服はある」
確かにこの服装は場違いというか、違和感がある。が、決して寒い訳ではない。寒くないのならば、新たに服を買う理由は薄い……というのは建前である。実のところは、あまりバジルへの貸しを大きなものにしたくないという思いがあるのだ。
既にこれほどまでに優秀な魔道具を三つ、対価も無しに受け取っている。さらにここから服まで贈られては……もう、返す宛が無いのだ。いや、元々宛など欠片ほどもないが、我は宛の無い借金をしない。
必ず出来ることだけをする。その性分からして、これ以上の施しは受けられないのだ。
――と説明したのだが、バジルは全く意に介さない。『いやいや、平気や』だとか『今さら魔道具に比べたら安いやん』だとか言ってくる。挙げ句の果てには……『お仲間さんの服はどうするんよ』とまで言われてしまった。リサを引き合いに出されてしまっては、我は唇を噛む他無いのだ。
バジルはニコニコとリサに同意を求め、なんならあんたも来るかぁ? とテラまで誘っていた。テラは髪色や世間体を考えて断ったが、リサの方は少し考える仕草をして頷いてしまった。
何か考えがあるのか、無いのか。どちらにせよ、この女が頷いてしまえば、もうどうしようもない。
我らは新たな目標を定め、テラとの別れを迎えたのである。テラは顔こそ笑顔であったが、雰囲気は少しばかり寂しそうであった。奴の言う通りあの見た目で店を訪ねるのは勇気が要る。テラにはその勇気が無かったのだろう。
そうやって我らは店を後にし、バジルの馬車に乗ってあちこちを進むことになった。あちこち、という言葉でどうにか経緯は察して欲しい。我らは服を買いに向かい、買ったは買ったで食事まで連れて行かれ、我らが泊まる『埃星の帚』にたどり着く頃には夕方となっていた。
相も変わらず、嵐のような女である。性質が悪いことに奴は口が上手く、気遣いも金遣いも上手いので、不快感や面倒さは無かった。至って自然な流れで出掛け、帰ってきた気分である。少しばかり愉快という感情を覚えないことも無かった。
繰り返すようだが、そこがやはり性質の悪さである。
我らは両手に服を抱えながら、呆然と立ち尽くしていた。バジルは先程接吻を我に投げ付け馬車でこの場を後にしており、後はさらりと宿に入るのみだ。……売られるだけ、恩を大量に売られてしまった。これは本当に対価が怖いところである。
四、五年、自分の隣に居ろ、だとかを言ってくるやも知れぬ。恐ろしい上に勘弁して欲しい所だ。
我はルゥドゥールを討伐した曉に、カトラスへ何か報酬の一つでも出させようか、と本気で考えながら宿へ向かった。リサが慌てて我を追い、バランスを崩して倒れかける。
「……っく……気を付けろ」
「あっ……うん……ごめん」
「……」
両手は塞がっていたが、服を幾らか脱いで身軽になった我ならばさらりとその体を受け止められる。……さらり、というのは誇張したが、リサの体を受け止めることは出来たのだ。我は自慢の一つでもしてやろうかと思ったが、それが発されることは無かった。胸元から我を見上げるリサの顔にはらしくない色があり、それは恥じらいや、それに起因する怒りではない。何かを思案するような、憂惧するような色である。
我はそれが気になったが、リサはすぐさま体勢を整えると、そそくさと宿へ向かってしまう。残された我は降りしきる雪が体表で溶け、その水が滑らかに落ちていくのを横目に、リサの後を追った。
部屋に戻ると、魔道具を切って衣服の整理である。当然のように、我はバジルの熱い勧めで大量の服を買わせてしまった。あちこちを引っ張られて試着室へ押し込まれるものだから、着せ替え人形のようでたまらない。しかも当人に関しては悪意など一片もなく、我は物質的な借りを作っている以上強く出るわけにもいかず、あれよあれよという間に我の衣服や防寒具は積み重なり、要らぬというのにこの有り様だ。
我は服を棚に詰めてため息を吐いた。なんともまあ、魔王らしくもない。というか最近は魔王らしさが薄まっている気さえする。堂々と、悠々と、憮然として高峻たる様が無いのだ。
これに関してはカトラスやバジルなど、“魔王“という存在にに気後れしない特異な者のせいであるが、そういった言い訳はどうでもいいのである。
結局、魔王らしく傲慢に振る舞ったところで周囲との亀裂を生むだけだとは分かっているが、それはそれで自らの在り方を否定するようで……どうにも気乗りしなかった。
我は僅かばかりの疲労と大きな心労を抱え、とにかく部屋にある椅子に腰かけた。ベッドに寝るなり腰掛けるなりをするのは、なんとなく憚られていたのだ。ちらりと見たリサは無言で棚を整理すると、ちらりと我を見た。焦げ茶の瞳が座り込んだ我を映して、僅かに揺れる。
我は一瞬気まずい気分になって、そこにリサが言葉を差し込んできた。
「……先にお風呂場見てくる」
「……うむ」
そう言われては、賛同以外の返事を返すことは出来ない。リサは我に背を向けて、部屋の角にある扉を開けた。奥をちらりと見て、中に入る。向こうがどんな構造かは知らぬが、すぐに知ることになるだろう。
リサが姿を見せない間に、我は先程のリサの顔を思い出した。あれは、どういった顔なのだろう。我が何かをやった……という訳ではないだろうが、それ以外であんな顔をされる覚えはない。
怪しむようでいて納得するような、苛立っているようで不安げな、そんな顔である。似た顔に『心配』があるのだが、それとはまた違った色をしていた。
我はそれについて深く考えようと尻尾を揺らしたが、その前に扉が開かれる。
「金髪」
「何だ」
「先、お風呂入っとくから」
「……分かった」
一番風呂をとられるようで癪であるが、その時は水を入れ換えれば良い。この宿はどうやら水道代まではとらぬようだからな。遠慮無く使わせて貰うとする。
というか、やはり向こうの部屋は便所と浴室であっていたのか。
一つ壁を隔てて水音が聞こえる。勢いよく水が流れる音だ。流れる水は冷水で、ぬるま湯に変わり、最後に湯に変わった。耳のいい我は分かるが、水というのは温度で音が変わる。冷たい水ほど重い音が鳴るのだ。と、ここまで考えて、我は流石に不味いかと思った。
こうして水音をじっと聞いているのは、かなり下卑た行為に思える。とはいえ、聞こえてしまうものは聞こえてしまうのだ。我はせめてあまり意識しないように、と部屋の窓際へ向かった。そこに被さっている黒いカーテンを軽く払うと、二階からアルベスタを見下ろす。
恐らく時刻は夕方頃なのだろう。首を伸ばしても、時計塔は城の影にある。人々の時間を示す時計塔はもう少し高い物にすべきだと馬鹿でもわかるだろうに、全くもって理解できぬ。
まあ、時刻が理解できたとて、空の色が欠片ほども変わらないのでは実感が沸かないだろう。
見上げた空には雲があり、雪がある。急勾配の屋根に雪が降り積もっては、限界を越えてずり落ちていく。朝も夜も変わらないそんな光景に、我は退屈だと思った。
活気はある。人々も満足そうである。危険も殆ど無いに違いない。アルベスタは貧しいミルドラーゼに比べて余裕があるというのに、それが起因してかつまらない国であった。
ここには市場が無い。あっちこっちへ入り組む積み木の家がない。猫や子犬がちらりとこちらを見てくる裏路地もない。
そんなこと思っていると、不意に水音が止んだ。続けて小さい音が鳴る。リサが湯船に……待て、考えるな。落ち着け。確かにリサの家には湯船も何も無かったが、それを考えるのは邪である。魔王というのは魔族の王であって、野蛮な魔物の王ではないのだ。
だから、壁一枚を挟んでリサが湯船に浸かっているということを考える訳はないし、気にもしていない。我は何度か深呼吸をした。無理矢理にでもつまらない外を見る。……見れば見るほど、統一された街並みである。一つくらい面白味のあるものはないのか。どれもこれも三角屋根に煙突で……。
……とまあ、いい具合に慌ててしまう辺りが魔王らしくない。我らしくないのだ。これでは第三王女に『全然王様っぽくない気がする』と言われても仕方があるまい。
この程度のことにグラグラと心が乱れる馬鹿らしさに、我は深々とため息を吐いた。これから一週間は確実にこうして暮らすのだ。この程度で堂々としていなければ、魔王として立つ瀬がない。
我は心機一転に、我の中の我らしさを考えながら外を見た。――が、その瞬間にチャポンと水の跳ねる音が鳴って、我の新機軸は早々にへし折れてしまうのだった。




