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舘家の三兄弟  作者: トウリン
女の子サイドSS

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唯香:……威嚇?

 その日は、唯香(ゆいか)が春から参加することになっているNPOの壮行会だった。

 卒業後にボランティアをしていた病院で三年間働いた後、彼女は東南アジアを中心に活動している医療NPOに入ることを決めた。それは唯香が学生の頃から考えていたことで、三年間国内で働いたのは、まったく経験がない者が行っても迷惑なだけだろうと思ったからだ。

 会の参加人数は百名前後で、そのうち、現地に赴くのは半分程。唯香のような看護師が二十名、医師が五名、事務スタッフが十名、そのほか雑務をこなす者が十五名、だ。

 半年ほど前から事務所に出入りするようになって、ちょっとした雑務などは手伝ったりしているから、会場の人たちのほとんどは顔見知りだ。たまに全然見たことがない顔があるけれど、きっと、普段は接することのない後援者なのだろう。そういった人たちは大きな企業の偉い人たちがほとんどだ。


 大きな企業の偉い人、と言えば。


 唯香は隣に立つ人を見上げて、眉根を寄せる。

 すらりと背が高く整った顔立ちをした彼、優人(ゆうと)には、あちらこちらから女性陣の熱い視線の矢が注がれている。そして、それらがことごとく跳ね返されているのが目に見えるようだ。出逢ったころに「他人に興味がない」と公言していた彼のその部分は、四年が経っても全くブレがない。

 優人は唯香が大学を卒業すると同時にIT関係の会社を立ち上げて、今では日本国内でその名を知らない者はいないだろうというほどの人になっている。たった三年でみるみる成長を遂げた企業のトップというだけでなく、若くて容姿も並外れているのだから、当然だ。


 そんな彼の、今回の選択は――


「……本当に良かったの?」

 ためらいがちな唯香の問いに、優人の視線が彼女に下りてきた。途端に、冷ややかだったその眼差しが温かくなる。『恋人同士』という関係になって三年と少し経つ今でも、彼のそういう温度差著しいところには未だに少しばかり戸惑ってしまう唯香だ。

「何がですか?」

「だって、優人さんの会社、この間ニュースで見たよ?」

「ニュースって?」

 眉をひそめた優人に、唯香は口ごもる。

「ほら、先週の夕方の、フィッシング詐欺とかの特集で……」

 そう、あれは、ネットのセキュリティとかの話だったと思う。コメンテーターとして出演していた優人は、まるで別世界の人だった。


 唯香の台詞で、優人は頷く。

「ああ、あれですか。でも、良かったのかというのは何なんです?」

 優人は心底訝しげだ。

「会社、だよ。せっかく大きくなったんだし……」

 大企業の上に立ち、マスコミにももてはやされている、そんな彼は、互いに忙しい合間を縫っての食事の席で唯香がNPOのことを切り出すと、その場で自分も行くと言い出したのだ。もう募集期間も終了間際だったし、唯香は無理だよと笑ったけれども、いったい何をどうしたというのか、三日後に会った時には、彼はそれまで存在していなかったコンサルタントという身分を確保していた。しばらくしてから、会計係の人が予算が大幅に潤ったとか何とか言っているのを耳にしたのは、偶然の一致だったのだろうか。

 微妙な疑問を残しつつ、優人と一緒にいられるのだということを喜びつつも、唯香がどうしても気にしてしまうのは、彼の会社のことだ。これまでも、唯香か仕事かというときは、八割方優人は彼女を優先してきてくれた。けれど、今回のことは、二年という長い時間だし、日本を離れもする。流石に、ここは会社を優先すべきなのではないかと思う。

 しかし、そんな唯香の懸念を優人は笑った。

「大丈夫ですよ。優秀なスタッフが育っていますから。ネットもありますし、いざとなったら日帰りで往復も可能な距離ですしね」

 自前の飛行機を使えば、と、優人は事も無げに答え、肩をすくめた。


 彼は自転車を使うかのような感覚でプライベートジェットの話をする。普段の彼があまりに普通なだけに、たまにこういう話題になると完全なる庶民の唯香はその感覚が理解できなくてめまいを覚える。

 多分優人にとっては自転車も飛行機も同じ『移動のための道具』に過ぎないのだろう。

 それに、と彼は続ける。

「それに、あちらに行ってしまったら、あなたが帰ってくるのは二年後でしょう? こちらにいてあなたに逢いたくなった時に逢いに行くより、あちらに行って日本で用ができたら戻る方が、効率がいいじゃないですか」

 当然のように言われて、唯香は首を傾げる。

 そうだろうか。

(何か、違う気が……)


 どう答えたらいいのか判らずにいた唯香に、横から声がかかる。

「藤崎さん」

 そちらに目を向けると、立っていたのは三十代前半の男性だ。早川という名の外科医で、優人と同じくらい背が高いけれども、怜悧な容姿の彼と対極的に、少し濃い目な男らしい外見をしている。

 小柄な唯香が力仕事をしているとどうも気になるらしく、何かと手を貸してくれようとする。ちょっと押しが強い人で、大丈夫だと答えても、いいからいいからと抱えていた荷物を奪われてしまうのが常だった。


「早川さん、こんばんは」

「こんな隅で何してるんです? それ、烏龍茶ですよね。あっちのバーでカクテルも作ってくれますよ。行きませんか?」

「あ、いえ、お酒ダメなんです」

「大丈夫ですよ、酔ってもちゃんと世話しますから」

「ええっと、あまり好きでもないので」

「それならなおさら、色々飲んでみないと」

 そう言って早川は唯香の手から烏龍茶を取ると、近くのテーブルに置いてしまう。そうして彼女の腕をつかんだ。酒が入っているせいなのか、いつも以上にグイグイ来る。そして、たまたま、というにはあまりに近い距離にいる優人には、まったく気を留めていないようだった。

「あの、ホントに、お構いなく――」

「これから二年、一緒に頑張る仲間じゃないですか。親睦深めましょうよ」

 彼はいつも強引だけれども、酔いがそれに輪をかけているようで、唯香の返事もきかずに掴んだ彼女の腕を引っ張った。


 困ったな、と思ったその時。


 唯香の顎にひんやりとした手がかかり、早川とは反対の方向へ――優人が立つ側へと、顔の向きを変えさせられる。

「優人さ――」

 フッと目の前が暗くなり、彼の名を呟きかけたその口に、温かなものが重なった。


(――……え?)


 目の前には、端正な優人の顔。

 シンと静まり返ったように思われたのは、きっと、唯香がプチパニックに陥ったから、だけではない。

 多分、たっぷり十秒間はそうしていたはず。

 いや、本当は、もっと短かったのか。

 少なくとも、唯香が我に返るよりは短い時間だったのだけは確かだ。


 呆然と目を見開いたままの唯香から離れると、優人は彼女の肩に手を回して彼の腕の中に引き寄せた。早川も呆気に取られているのか、唯香はすんなりと解放される。

「彼女には、僕がいるので」

 短い台詞のその声は氷柱さながらで、落ちた瞬間その場の空気を凍り付かせた。

「え、あ、そっか。そりゃ、失礼……」

 滑舌悪くそう言って、早川がそそくさと離れていく。


 そこまでいって、唯香はようやく目をしばたたかせる。


 恐る恐る周囲を見渡すと、かなりの視線が集中していた。


「ゆ、うと、さん……?」

「はい?」

 微笑みながら答えてくれたけれども、笑っている場合では、断じて、ない。

「何、やってるんですか!? こんな、こんな――皆の目の前で!」

 優人のシャツを掴んで詰め寄ると、彼は一瞬目をすがめてからにこりと笑った。

「皆の前だから、ですよ。ああ、一人一人にあなたは僕のものだからと言って回った方が良かったですか?」

 何なら今からそうしましょうかと悪びれた様子皆無で優人は告げ、辺りを見渡した。

「僕はあなたを束縛してその自由意思を奪うつもりはないですが、それ以上に、あなたを誰かに渡すつもりがないですから。二年間寝起きを共にするうち、勘違いする輩が出てきたら困るでしょう――さっきの彼みたいに。最初にしっかり牽制しておかないと」

 優人が眼を向けると、その先にいた者がサッと視線を逸らせる。まるで、蛇から逃れようとしている子ネズミのように。


 彼は再び唯香を見た。

「自覚してください。あなたは皆から好かれるに値する人です」

「それは……優人さん、買い被り過ぎです」

「そうですか? でも、ヒトに全く興味がなかった僕がこんなにも愛しているくらいですから、かなりのものだと思いますが」

「またそんな――!?」

 唯香は優人の台詞を聞き流しかけ、息を呑む。


(今、愛してるって言った? こんなところで、サラッと?)


 ポカンと見上げた唯香を、優人がしげしげと見返してくる。

 と、彼の頭がヒョイと下がったと思った瞬間、また、唇が重なった。今度は瞬き一つほどの時間でしかなかったけれど、確かにそれも、キスだった。


 頬を熱くして目を丸くする唯香に、優人が言う。

「そういう顔をするのは、僕の前でだけにしてください」


(そういう顔って、どういう顔……?)


 火が出ているのではないかと思ってしまうほどに火照った頬を両手で覆って眉根を寄せた唯香の前で、優人はふわりと微笑んだ。



予定していたSSもようやく書き上げました。

これにておしまい、です。


最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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