白衣の魔女は可憐に微笑む③
その日決定的な瞬間が訪れる。
そう介は朝と同じように人に囲まれていた。
優木瑞穂を中心としたゆかり親衛隊、興味深そうに様子を伺う野次馬たち。そしてそう介の目の前に立つ一ノ瀬ゆかり。
場所は中庭。適当な場所で昼食を食べようとふらりと通りかかったのが運のつきだった。
朝の小雨が嘘のようにやんだ空には雲一つない青空が頭上に広がっている。校舎が陽射しを遮りそう介達のいる場所は影になっていた。
よりにもよって全校生徒果ては教師まで行き交う注目度大のこの中庭でゆかりに捕まり親衛隊まで駆けつけてきてこの運びとなった。
危険なフラグしかないこの状況に額を冷や汗が伝う。けれど全校生徒に恐れられる不良として情けない顔など出来ない。
ここで終わらせよう。そう介は覚悟を決めた。飽きてくれればそれでいいがいつ終わるともわからないこのやり取りに終止符をうつべくゆかりと対峙する。
不遜に腕を組み堂々とゆかりを見据えた。
ゆかりの放つ言葉なら容易に予測できる。始めの時こそ虚を衝かれたが言われ続けた今ならば冷静に対処するだけだ。
一触即発の空気の中、皆が固唾を飲んで二人を見守る。
先手はゆかりだ。いつものようにのほほんとした笑みを浮かべて口火を切った。
「篠宮くん、友達になってください」
おお、周囲にとどよめきが起きる。
「断る」
おお、とまたもやどよめきが起こる。
「どうして?」
とゆかり。
ごくり、と周囲。
「俺は誰とも友達にはならない。何度も言ってるが俺は一人でいたいんだよ」
うおぉ、と周囲。
というか外野うるせぇ。と、そう介が睨みを効かす前に
「ま、まあ。そんなに返事は焦らずともいいじゃないか。よく考えなよ」
と言って仲裁に入ろうとする優木瑞穂。親衛隊一堂もうんうんと必死に頷いている。
そんな一堂をそう介は冷ややかに睥藝した。
「そういうの大っ嫌いだ。押し付けがましい友達ごっこなんかに何で俺が付き合わないとならない?…いい加減にしろ」
親衛隊も騒いでいた野次馬も冷々としたその声に身を凍りつかせる。
しかし平然と微笑んでいるのが一人。忌々しく睨んでも笑顔で受けとめるその心臓は可憐な容姿に似合わず鋼鉄で出来てるのだろうか。
「わたしね、魔法使いを探してたの」
唐突な話題転換に誰も着いていけず頭にはてなを浮かべるが今度はそう介がぴきりと固まった。
ーー魔法使い。
始業式の日も言っていたその言葉があれ以来話題にのぼることはなかった。だから油断していたのだ。
へまをやった覚えはないがどこからか漏れたのだろうか。中学ではバケモノと噂されたが高校では不良で浸透したためその噂は流行らなかった。それに魔法を人に見せたのは物心つく前のうんと幼い頃と中二の時以来だ。
たまに制御できずに発動してしまうこともあるが気のせいですむ程度のもの。
なぜ今になって魔法使いなのだろう。柄にもなく不良ぶって人を遠ざけてまで隠していたのに、なぜ。
冬の残滓というように冷たい風が肌を撫でていく。そう介の背中を汗が滑り落ちる。
「篠宮くんは魔法……」
嫌だ。嫌だ。嫌だ!それ以上言うな!
恐怖、嫌悪、忌避。人ではない自分に向けられる目、目、目。お前はバケモノなのだとたくさんの目が突きつける。
ゆかりの言葉を遮るように木葉を散らしながら風がごおと吹き抜けた。
ゆかりの長い髪を巻き上げ、ジャケットがはためく。突然吹いた風にあちらこちらで悲鳴が上がる。
恐怖に全身が凍りつく。また、また誰かを傷つける。一度だって望んだことのないこの力が、
「ああっー!!分かったよ!トモダチになればいいんだろ!トモダチになれば!!」
遮るように自棄で叫んだのは自分でも予想外のもの。しまったと思った時にはもう遅い。
花が綻ぶような笑顔を浮かべた一ノ瀬ゆかりがそう介の手を取り「これからよろしくね」とそれは嬉しそうに見上げてくる。
ゆかりの笑顔を照らすように風のやんだ中庭に暖かな陽光が二人のもとに降り注いだ。
それと同時に大歓声が沸き起こる。
親衛隊がやったぞーと雄叫びをあげ、あちらこちらからおめでとう!幸せにー!という祝福するような声が飛んでくる。
よく見ると教師が目元に涙を流して拍手喝采を送っている。
公開羞恥プレイに連日の出来事で疲弊したそう介が抗えるはずもなく諾だくと受け入れるしかなかった。
そう介の目が虚ろだったのは言うまでもなく、ゆかりの手を振りほどく気力も残ってはいなかった。
かくして二人の攻防は衆人環視の下ゆかりが鮮やかな勝利を納めたのだった。