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白衣の魔女は可憐に微笑む①


「篠宮くん、友達になって」

「嫌だ」

「篠宮くん、友達に」

「嫌だったら嫌だ」

「篠宮くん」

「いい加減、俺に近づくな!」


二年生に進級し幾日か過ぎた。あれ以来ゆかりは友達になってコールを飽きずにそう介に向けている。

そう介もその都度拒絶し、言葉がどんどんときつくなっていく。


罪悪感に胸が疼いたとしても、ゆかりの言葉を受け入れる訳にはいかなかった。


揺らぎそうになる心を叱咤してあの日を思い出して己を戒める。

俺は狼の皮を被ったバケモノだ。親しくなったとして俺がバケモノだと知ったらゆかりはどう思うだろう。

魔法使いか確かめると言った。でもそんなおとぎ話のような存在じゃないんだ。

この力は誰かを傷つけることができる。

子供だった俺から自分の子供を遠ざけた親たちは正しい。

ゆかりもまた傷つける日がくるかもしれない。


それなのに、ゆかりは毎日毎日飽きもせずそう介に友達になってと繰り返す。

なるべくゆかりに話しかける機会を与えないように朝はギリギリに登校し、休み時間は教室を出てふらふらした。

篠宮が獲物を探して徘徊していると生徒たちに恐れられたが避けられていることに安堵する。

授業が終わればさっさと帰っているはずなのに…。


「友達になってくれる?」

言い方は下手なのに有無を言わせぬ響きを滲ませてゆかりは上目使いでそう介を見る。

そう介は否定の言葉も面倒になり、無言でゆかりを一瞥するとさっと横を通りすぎて帰ろうとする。

が、がしっと制服の裾を捕まれ転びそうになった。なんとか持ちこたえ、ギッとゆかりを振り返ればその凶悪な目つきにまだ多く残っていたクラスメイトが荷物を鞄に突っ込み、早足というか韋駄天もびっくりのスピードで教室から出ていく。

あっと言う間に二人きりになった教室は廊下や外から響くざわめきから隔絶されたような沈黙が降り注いだ。

「…何度も言ってるけど俺はあんたの友達にはならない。だから俺に近づかないでくれ」

「どうして?」

「どうしてって…。こっちが聞きたいんだけど。どうして俺と友達になりたいとか言うわけ?他に友達になってくれるやついくらでもいるだろ」

「あたしが友達になりたいのは篠宮くんだけなんだけど」

「……っ!!だっからっ!!」

なんだろうこの会話の噛み合ってなさ。

ここ数年そう介がまともに話す相手と言えば両親と家で飼ってるインコのトムぐらいだ。

圧倒的に会話量は少ないが、ゆかりのそれがずれていることは分かる。

トムでさえおはようと言えばおはようと返してくれるのに、ゆかりの場合昨日の夜ご飯はデザートにプリンを食べたのと聞いてもないことをいきなりぶちこまれてる気分だ。

だからつい意地の悪い言葉がぽろっと口をついて出る。

言い過ぎだと解っていても止められなかった。

「あんた、友達いないんだろ。そんなだから会話が続かないんだ。でもその見た目だもんな。男は言い寄ってくるし、そのせいで女子からは睨まれてろくに会話も出来ない。だから同じように人から避けられてる俺と友達になりたいとか言うんだ。友達のいない寂しいやつだと思って俺だったらころっと友達になってくれるとたかをくくってるんだろう?でも残念だったな。俺は友達なんかいらない。一人でいたいんだ。だから金輪際そんな戯言をほざくな!」

一気にまくしたてればゆかりは怯え目に涙を浮かべてそう介から逃げていく。

これでいいんだ。ゆかりをそれ以上傷つけないために。心に小さな傷をつけてでも心身ともに大きな傷をつけてしまわないように突き放すしかないのだ。



そう思ったそう介は甘かったのしれない。



ゆかりは逃げるどころか泣きもせず怒りもしなかった。

それどころか今までで一番いい笑顔を向けてくる。

なぜだろう、とびきりの笑顔なのに背筋にうすら寒い何かが走る。

「篠宮くんは優しいね」

「………………は?」

優しい?直前まで面と向かって罵倒していた相手に言う言葉だろうか。

それともゆかりの耳は頭の出来と引き換えに言葉の意味をねじ曲げて解釈する機能でもついているのだろうか。

「優しいよ。なんだかんだ言ってあたしに付き合ってくれるもの」

無言の問いにゆかりは始めてまともに返した。




そしてそう介は、逃げた。


二度目の逃走は多くの生徒に目撃された。

早い時間だったためそう介のクラス以外の生徒はまだ教室棟に残っており、猛然と走ってくるそう介を慌てて避ける。

しかし、そう介にはそんなもの気にしている余裕がなかった。

優しいっておかしいだろあいつ!

友達なんていなくて当然だと馬鹿にしたのにどこに優しさの要素があったのか。

マゾか!巷で流行っているというマゾなのか!?

罵られて喜ぶという人種が本当にいたとは…。

頭が混乱しそれこそ馬鹿馬鹿しいことを考える。

走っているためかそう介の頬はまだ日が落ちていないにも関わらず赤く染まっていた。

それを見た誰かが明日は雨が降ると呟いた。




夜が明ける前から雨は静かに降り始めた。

厚い雲に覆われた空にも朝が来たことを示すように明暗が生まれる。

桜は散り新緑の葉を繁らせ夏が目前に迫っていると言っても朝はまだ肌寒い。

しかしそう介は薄い上着を羽織っただけでパジャマのまま傘もささずに屋上に立っていた。

陽の光の下ならばキラキラと輝く金髪も、雨に濡れくすんで見えた。

そう介の家は坂の上に建っている。

正面から見て右側は同じような住宅が並んでいるが、左側の地面は遥か下にある。

住宅、マンション、ビル、公園、駅、地平線を辿れば今はうっすらとだが晴れれば山の輪郭も見えるだろう。

そんな中で大きく面積を占めている場所がある。

それが一ノ瀬学園だ。

今の理事長の曾祖父が設立し、親子代々経営してきた一ノ瀬学園は県外からも受験者が来る近隣屈指の進学校だ。

偏差値は言わずもがなその自由な校風も人気の理由の一つだ。

すべては自己責任のもとに、それぞれのやりたいことを率先してやらせてくれる。

極論を言えば一定の学力を保っていれば何をしてもいいということだ。

部活動に心血を注ぐものもいれば、勉学に励むものもいる。

受けられる科目も多岐に渡っており、他の高校では学べない専門的な分野も多数ある。

広大な敷地には教室棟、専門棟、部室棟がコの字を描くように建ち、各階が渡り廊下によって繋がっている。

運動場が第一から第三、体育館は大小合わせて五つ。

敷地は学園にそって立つ小さな山を中心にぐるりと塀で囲まれていた。 私立高校と言っても学力も設備も充実したそこはエリートを育てる要塞と言ってもいい。

だからこそなのか一癖も二癖もある生徒が数多くいるがそのなかでも筆頭は彼女だろう。


癖になってしまったため息も雨に溶ける。

そう介の足元では雨は屋根を伝い落ちはせず水溜まりを作りウサギの姿でそう介の足をよじ登ろうとする。

魔法といっても普通の生活で役に立つ訳ではない。昔ならいざ知らず今なら何だって文明の利器が叶えてくれる。火を興すにもライターがあれば一発だし、蛇口を捻れば水が出る。

そんな現代で魔法が使えたところで何になるのだろう。

漏れ出た魔力が形作るこのウサギがそう介に何をもたらしてくれるのだろう。

儘ならない現実をそう介は今日という日も進んでいかなければならない。

なぜこんな力があるのか。

なぜそう介にだけこんなにも強く受け継がれてしまったのか。

母は笑って人とは少し違うだけよと言う。

そう介にはそうは思えない。

自分が人だとは思えなかった。

しかし両親には言わない。いや、言えなかった。

母はわざとらしく目尻をハンカチで抑え、父はそんな母の肩を抱き延々小説の語り口調で説教するのだ。

その目に涙は流れていなくても、語る目に面白そうな光が宿っていたとしても。どんなにわざとらしくたって言葉が、態度が真実だと知っているから。


やはりゆかりはどうにかしなければ。

ほだされるわけにはいかないのだ。

決意もあらたに二階の窓から部屋に戻る。

先程まで濡れていたはずのそう介の頭から滴が伝い落ちることはなく、裸足の足が部屋を濡らすこともなかった。


ウサギは元いた場所へ帰るように雨雲へ向けて跳ねていった。

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