プロローグ
プロローグ
僕と悠里は、幼稚園の頃からの幼馴染だ。母親同士の仲が良かったこともあって、僕らは小さい頃から兄弟のように一緒にすごしてきた。当時の僕は体が弱くて、しょっちゅう喘息の発作をおこして寝込んだ。そのうえ引っ込み思案で友達も少ない。一方、悠里は明るい性格で運動も得意。どこへ行っても人気者だった。僕は、いつも悠里の後をついて回っていた。
そんな二人の関係が変わったのは、僕らが小学四年の冬。
沙希さんが死んでからだった。
沙希さんというのは悠里のお母さんのことだ。友達のお母さんを名前で呼ぶなんて僕は少し変なのかもしれない。悠里は、ウチの母親のことを「祐一のおばちゃん」と呼ぶ。きっとその方がフツウなんだろう。確かにウチの母親はおばちゃん以外の何者でもない。
でも、沙希さんをおばちゃんと呼ぶなんてあり得なかった。沙希さんとウチの母親とじゃ、同じ生物に分類するのもおこがましい。
それで僕は、悠里のお母さんを「沙希さん」と呼んでいた。
沙希さんが最期に言葉を交わしたのは、まったくの偶然だけれども僕だった。
あの日、僕と母親はお見舞いに行って、そうしたら急に沙希さんの容態が急変した。母親は悠里のお父さんを呼ぶために電話に行って、僕と沙希さんはしばらく二人きりになった。
彼女の細い指が僕の方に伸びてきて、僕は自然に沙希さんの手をとった。彼女はもう既に目が見えていないようだったけれど、手を握って僕の名前を呼んだ。
「祐くん、ずっとずっと悠里と仲良くしてあげてね」
それを聞いて、子供の僕にも沙希さんの命の火が消えかかっているのがわかった。僕は怖くて、そして悲しかった。
「お願い」
最期に彼女はそう言った。
それから看護婦さんやらお医者さんが病室に雪崩れ込んで、僕は病室から追い出された。
悠里や悠里のお父さんがやってきたときに、まだ沙希さんの心臓は動いていたらしい。でも彼女の意識は既になかったんだそうだ。
忙しく立ち回る母親に放っておかれて、僕は病院の外で空を眺めていた。
すると厚い雲の間から光がさして、病院の一角を照らした。
後になってそれが「天使の梯子」といわれる自然現象であることを知ったんだけれど、その時は、素直に沙希さんが天に召されたのだと思った。
僕は沙希さんのことが好きだった。初恋といえばそうだったのかもしれない。
だから、それから彼女のお通夜やお葬式がおこなわれる間、ずっと悲しかった。悲しかったけれどゼッタイに泣かなかった。
なぜなら、僕は沙希さんに悠里を任されたんだ。
母親をなくして途方にくれる悠里を守ることが、僕があの美しい人から課せられた最後の任務だった。
そう思ったら、泣いてなんかいられない。咳なんかしている場合じゃない。
沙希さんが死んだ夜から、僕の喘息はぴたりと止まった。




