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ゼロゼロ! ~距離感ゼロの如月さんと自己評価ゼロのオレ~【改稿版】  作者: 空色いろはに


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50話 ゲームセンター 、見てるだけじゃ分からない①

 休日の昼間、駅前は人通りが多かった。

 イヤホンから流れる曲のおかげで、人の話し声も車の音も、薄い壁の向こうみたいに遠い。


 外へ出た目的は、駅前のCDショップで新譜を買うこと。

 それだけのはずだった。


 買い物通りにさしかかったとき、視界の端に何かが引っかかった。

 カフェのテラス席。

 帽子にサングラス、軽いメイクの人。

 変装でもしているのだろうが、すぐ分かった。


 肩を揺らすように笑う仕草。

 ストローを意味もなく噛む癖。

 コップを両手で持つところ。


(……如月さんだ)


 確信した瞬間、耳元の曲が急に邪魔に思えて、イヤホンを外した。

 とたんに、耳へ流れ込む街の音。


 如月さんの向かいには、知らない男が座っていた。


 筋肉はついているのにスラッとした体型で、茶髪の短髪。

 耳にはピアスがいくつも並び、首には太いシルバーのチェーン、手首にもブレスレットが光っている。


(いかにもチャラそうなやつだ)


 それになんといっても、腹が立つことに顔がいい。

 はっきり言って、美形。

 人と話し慣れているのが、遠目にも分かる。

 如月さんを相手に、気負いなく笑っている。


 テーブルには肉料理が並び、如月さんも楽しそうに喋っていた。

 学校で見る、周りに合わせた笑顔とは違う。

 気が抜けていて、遠慮がなく、見ているこっちが戸惑うほど飾り気のない表情。


(……いや)


 仕事関係かもしれない。

 読者モデルの撮影か打ち合わせか、その延長ならおかしくない。


(気にする必要はない)


 そう処理して通り過ぎるつもりだった。

 しかし、男が何か言えば、如月さんはすぐに笑う。


(……打ち合わせで、そんなに笑うか?)


 いや、知らない。

 読者モデルの打ち合わせの内容なんて、オレが知るわけがない。

 それでも、あの距離とあの笑い方を《仕事》の一言で片づけるには、さすがに無理があった。

(……彼氏、とか)


 思考が勝手に、余計な方向へ進む。

 あらためて男を見る。

 如月さんの向かいにいても浮かないどころか、最初からそこにいるのが当たり前みたいに見える。


(……こういうのを、お似合いって言うのか)


 思った瞬間、自分で嫌になった。

 余裕のある雰囲気で、オレとは違う種類の人間だ。


(オレが入る余地、ないだろ)


 そう考えた自分に、またうんざりした。


(入る余地って何だ)


 そもそもオレは、そこに入る予定なんてない。

 手の中で、イヤホンのコードを握りしめた。


 見なければいい。

 分かっているのに、視線が外れなかった。


 男の一言ごとに、如月さんの顔がほころぶ。

 オレの知らないところで、如月さんはずっとこんな顔をしていたのか。

 なんでそんなことが気になるのか、自分でも説明できず、足は止まったままだった。


(……如月さん)


 心の中で、名前だけを繰り返す。

 如月さんがあの男の前で笑っているのを見ていると、胸のあたりが落ち着かない。


(だから何なんだよ、これ)


 この感覚が何なのかは分からなかった。


◇


 男がナプキンを置き、少し遅れて如月さんもフォークを下ろした。


 連れ立って席を立つ二人。

 気づいたときには、オレも動いていた。


(……行くのか)


 ついていく理由は、うまく言葉にならない。

 呼び止めたいわけでも、話しかけたいわけでもなかった。


(いや、じゃあ何してんだよ)


 買い物袋を提げた人や、自転車を押す人の間をすり抜けながら、前の二人との間隔だけは保ち続ける。


(これ、完全に尾行だろ。違う。偶然、同じ方向に歩いてるだけだ。いや、距離空けてる時点で偶然じゃない)


 人の背中に隠れるようにして、信号待ちをする。


(CDショップに行くんだろ。新譜買いに来たんだ、オレは)


 CDショップは、さっき通り過ぎた。

 それでも、ここで見失うほうが落ち着かない気がした。


 男が何か言う。

 内容までは聞こえなかったが、如月さんはすぐに笑った。


(……まただ)


 肩の力が抜けた笑い方。

 胸の底が、またひとつ重くなった。


 二人が足を止めたのは、見覚えのある建物の前だった。


(……ここ)


 ゲームセンターだ。

 学校帰りに、気分転換で何度か来たことがある。


 最近は如月さんと帰ることが増えて、足が遠のいていた場所でもあった。


(……なんでここなんだ)


 二人が自動ドアの奥へ消えるのを見届けてから、オレも入口をくぐった。


 電子音とボタンの連打音、誰かの笑い声。

 色の強いライトが台ごとに点滅する中で、二人はすぐに見つかった。


 入口からそう遠くない、リズムゲームの筐体の前。

 男が如月さんの顔の横に落ちた髪を、邪魔にならないように払った。


(……何してんだ)


 如月さんは嫌がる様子もなく笑っている。

 ざわついた店内で、二人の声が切れ切れに届いた。

 最初に耳に入ったのは、軽い調子の男の声。


「お前ほんと下手だな」


「もう、バカにしないでよ」


 如月さんはむくれた顔で、男の腕を軽く叩く。

 怒っているのに、声は本気じゃない。

 男もそれを分かっているみたいに笑っていた。


「マジでセンスねぇよ」


 如月さんはむっとして頬を膨らませるが、すぐ笑う。


(彼氏だろ、これ)


 男が今度は、如月さんの頭へ手を伸ばす。

 からかうように、髪の上へぽんと手を置いた。

 如月さんは笑いながら身をよける。


「やめてってば」


 その声すら楽しそうだった。

 仕事関係とは思えない。

 たまたま一緒にいるだけ、とも片づけられない。


 足元へ目を落としてみたが、視線はすぐ如月さんへ戻ってしまった。

 気づけば口が動いていた。


「……オレが教えてやるのに」


 誰かに聞かせるつもりもない、独り言だった。

 だけど、口にした自分の言葉に、何かが残る。


(あの筐体なら、あの男より……)


 そこまで考えて、すぐ止まった。

 違う、そこじゃない。

 ゲームが上手いかどうかで、如月さんがあんなふうに笑っているわけじゃない。

 下手だと言われても怒りきれずに笑っているのは、相手があの男だからだ。


(……好きだから、ああやって笑ってるんだろ)


 固いものを飲み込んだみたいに、喉がつかえた。


(分かったところで、どうすんだよ)


 如月さんの声が、店内の騒音を突き抜けてきた。


「もー、バカにして! ちゃんと教えてよ!」


「はいはい、暴れんなって」


 勢いのまま振り上げた手を、男が手首をつかんで軽く止めた。

 手慣れた動き。


 そのとき、如月さんの目線が横にずれた。

 立ち尽くしたままのオレと、目が合う。

 如月さんの動きが、ぴたりと止まった。

 驚きと焦りの表情。


「え、松前くん……?」


 男も興味深そうに目を動かして、オレを見た。


「へー、キミが松前くん?」


「ま、松前くん偶然だねー」


 そう言いながら、如月さんは慌てて帽子を取り、サングラスを外す。

 ふわりと髪が揺れ、隠れていた顔立ちがはっきりした瞬間、人の多い店内でも目を引く存在になった。


 如月さんはオレの反応をうかがうように目を向けて、もじもじと指先を絡めた。


「えっと、その……これは」


 言い訳を探して目を泳がせる如月さんの横で、男が肩をすくめる。


「お前、隠すの下手だな」


「ちょ、黙っててよ!」


 頬を膨らませる仕草は、怒っているはずなのにちっとも怖くなくて可愛い。

 張りつめかけた場が、それだけでほどけた。

 けれどオレの中には、別の引っかかりが生まれた。


(隠す? なにを?)


 その言葉を聞いたとたん、今まで信じていたことが怪しくなってくる。


(彼氏いないって言ってたのに……)

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